25話 リマリア王国騎士団長


 意識を失ったニアを、リヴィアはそっと寝かせた。


 聖剣に貫かれた穴は……ないのか。

 というか、今更だが裸なんだよな。


 俺は視線を逸らしつつ、リヴィアに聞いた。


「どうだ?」

「……どうやら上手くいったようです、目が覚めたら元に戻っているでしょう……と」


 今まさに誰かに聞いたような話し方だ。


「話しているのは勇者か?」

「はい、勇者の私です。記憶を消した魔法に対して抵抗した結果、少しだけ以前の私が残ったと言っていました」


 なるほど、そういうことか。


 でも、今まで出てこなかったということは、その少しだけ残った勇者のリヴィアはそう簡単に表に出てくることはできないってことか。


「しかし、それもももう……」

「消えるのか?」

「はい……」


 やはり、そうらしい。

 記憶が戻るかと思ったが、そう上手くはいかないな。


 だが、そうなると……。


「あと、どれくらいもつ?」

「……十数秒、ですか、えっ? だからあとは任せるわ? 何を言っているのですか?」


 勇者の自分が何を言っているのかわかっていない。

 リヴィアは自分に対して首を傾げている。


 だが、俺はその言葉の意味がわかっていた。

 俺は勇者のリヴィアに対して、頷きを返す。


「ああ、任せろ」


 そう言った瞬間、リヴィアから感じていた威圧感のようなものが消えた。


 残りたった十数秒と言っていたからな。

 今ので完全に消えたというわけか。


 そして、それと同時に水を弾く足音が響く。

 俺でもない、リヴィアでもない、第三者の足音。


「えっ!?」


 リヴィアも気づいたらしい。

 だが、その時は俺は足音の方へ体を向け、残りの魔力を振り絞っていた。


「リヴィア! ニアを連れて地下を出ろ!」


 そう叫び、俺は足音の方へ走る。


 そして、突っ込んできた足音が振り下ろしてきた剣を、掌破を使って弾き、地下空間の奥へ吹っ飛ばした。


 剣を素手で弾かれた事が予想外だったらしい。


 ろくな防御もせずに掌破の衝撃を受けた騎士団長・・・・は衝撃で後ろへ飛ぶが、火魔法の砲弾が飛来した。


 追撃は許さないか……さすがだな。

 しかも、斜線にリヴィアが被っている。


 魔力の消費は抑えたいが……仕方ない。

 俺は火魔法に魔弾を撃ち、火魔法を散らす。


 攻防に余裕が生まれ、俺はリヴィアに視線を向けた。


 だが、リヴィアは止まったままその場から動いていない。


 倒したはずの騎士団長が襲ってきた事に驚いている。


 こういうところは勇者の時とは明らかに違うな。

 緊急時の思考と行動が遅い。


「行け! 早く!」


 強く言うと、リヴィアは状況を理解したらしい。


 吹っ飛んでいった騎士団長。

 そして、俺とニア。


 3者に視線を送った後、ニアを抱き抱えた。


「絶対に助けに来ます!」


 そう言い、リヴィアは地上への階段の方へ走った。


「家に帰ってくれるのが1番なんだけどな」


 助けに来ると言ってくれたリヴィアに笑みが浮かぶ。

 俺としては、リヴィアとニアが安全に逃げきってくれないと、勝利条件は永遠に満たせない。


 ……まあ、ニアがいるなら無理はしないだろう。

 あのままどこかに置いてくるわけないからな。


 ニアを連れて家に帰り、ここに戻ってきたとしても……その頃にはこっちも終わっているはずだ。


「俺が死ぬか、あいつが死ぬか……」


 再び、水を蹴る足音。

 騎士団長がリヴィアの方へ向かっていた。


 相手はあの騎士団長。

 このリマリア王国で、勇者のリヴィアに次ぐ実力者とされている人族。


 だが、俺は騎士団長の進行方向に入ると、剣を握る騎士団長に対し、素手で正面から攻撃を仕掛けた。


 掌破を使い、剣を弾く。

 だが、今度は驚いた様子もない。

 衝撃に耐え、リヴィアの方へ向かおうとしていた。


 執拗にリヴィアを狙って……!


 俺はリヴィアに気を取られる騎士団長の腕を掴み、足を踏んで強引に体の動きを止めた。


「邪魔をするな! 俺は、俺は勇者を……!」

「なぜ勇者を殺そうとする! リヴィアはこの国の勇者――魔族と戦う絵で1番重要な戦力だろ!


 騎士団長なら、それがよくわかっているはずだ。

 それなのにリヴィアの記憶を消し、魔族を使ってまで殺そうとする理由、それがわからない。


 だが、騎士団長は俺の言葉にさらに表情を歪ませた。


「そのっ……それが許せなかったんだ!」

「ぐっ……!」


 抑えきれないか!


 このままだと強引に拘束を解かれると判断し、俺は力が強くなった騎士団長に掌破を放つ。


 だが、寸前で防御された掌破は騎士団長を後ろに下がらせ、距離を取らせただけでダメージにはなっていない。


 騎士団長は剣をリヴィアが逃げた方へ向け、大きく声を荒げた。


「魔族と戦うための戦力だと!? ふざけるな! 力とは守るためのもの、決して戦争を導くためじゃない!」

「……どういうことだ?」


 急に、何を言っている?

 騎士団長の言葉に、俺は素の疑問が口から出た。


 すると、騎士団長は俺を睨みながら少し落ち着いた様子で話を始めた。


「……お前は、なぜあの勇者があそこまで魔族を憎むか知っているか?」


 こいつは……そうか、知っているのか。

 たしかに、ステーノさんがエルフェンリル家の人だと知っているこいつなら、それもありえるだろう。


 騎士団長という立場のおかげでリヴィアの心情を知る機会は十分にあったはずだからな。


「その顔、知っているらしいな」

「ああ」

「あの勇者の身に起こったことはたしかに悲劇だ。魔族を憎むのも当然だろう」

「……」

「だがな……あいつの復讐心は度がすぎている!」


 騎士団長は歯を擦らせ、再び語気を荒くした。

 それだけ騎士団長にとっては許せない事なのだろう。


「エルフェンリル戦争から3年、戦争後は牽制程度の戦いだったのが、あの勇者が戦場に出てからは規模は戦いの規模が膨れ上がっている! いつまた戦争が起こるかわかったものじゃない!」


 騎士団長の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。


 リヴィアを殺そうとした人間だ。

 どんな理由があるかと思えば、その理由が戦争を嫌っての事だったらからだ。


 ここの実験のことも知っている様子だったからな。

 どんなサイコパスかと思えば、まさかそうも人道的な事を言うとはな……。


「俺は一度勇者に言ったんだ! これ以上魔族と戦うな、また戦争が起こるぞ、とな!」


 リヴィアを止めようとしたこともあるのか……!

 しかし、今リヴィアの記憶を消し、殺そうとしたということは……。


「だがな! あいつは『そうなればもっと魔族を殺せる』と、そう答えた!」


 ステーノさんも言っていたな。

 リヴィアは魔族を殺す事に喜びを感じていると。


「俺は二度と戦争はごめんだ、もう、二度と……!」

「リヴィアを殺そうとしたのはそういう事か」


 つまり、騎士団長はリヴィアのせいで未来に起こるかもしれない戦争を阻止しようとしたのか。


 戦争を止めようとする想いは理解できる。

 俺もエルフェンリル戦争で大事な人を失ったからな。


 もし過去に戻ってエルフェンリル戦争を止める事ができるのなら、俺はそうするだろう。


「意外と人の心があるんだな、こんな実験を認めているぐらいだ、もっと外道なのかと思ったよ」

「……勇者を殺した後、勇者が死んだせいで魔族が攻め込んでくる可能性もある。俺にとってこの実験はその抑止力となる戦力を手に入れる新たな方法だ」


 そうか、だから“新たな勇者”を作る実験か。


 つまりアガラハと騎士団長は協力者……そうか、ニアを唆したのは多分、騎士団長だな。


 騎士団長の言葉なら、その信憑性も高い。

 力を得ようとして信じてしまう人もいるだろう。


「王都で頻発している誘拐事件も、異形の怪物の暴走もお前のせいと知れば、国民はどう思うだろうな」

「平和のためだ、納得するだろう」


 淡々と、騎士団長はそう口にした。


「……ニアは戦争の影響を受けた子供だ。戦争のせいで不幸になった子を、人の言葉が届かない怪物にして……お前はそれで本当にいいと思っているのか」

「ああ、必要な犠牲だ」

「それが――」

「話は終わりだ、逃げた勇者を殺さなければならない」


 ……話を長引かせようと思ったが、無理か。

 だが、会話だけでこれだけ稼げれば十分だ。


 このままリヴィアが離れる時間を――、

 

「お前の力は面倒だ、時間はかけないようにしよう」


 騎士団長はリヴィアに斬られた剣を投げ捨てた。

 なにを――と、そう思った瞬間、騎士団長の体が膨張を始めた。


 両腕が巨大化し、剣のように。

 顔は鬼の仮面をつけたのかと思えるほど変化し、その鬼の顔は憤怒を浮かべている。


「実験体……お前もか!」

「ああ、この力が魔族を抑えるための抑止力なら、俺がその力を手に入れるのも当然だろう?」


 騎士団長は剣になった腕を天井に向ける。

 すると、先端に作られた大岩が天井に放たれた。


 足がふらつくような轟音と共に天井を貫く。

 大岩がこの地下空間と地上を繋ぐ風穴を作り、さらにはこの地下空間の崩壊を巻き起こしていた。


「お前はここで埋まっていろ」


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