24話 勇者に託す、魔王の矛
俺がリヴィアにどうすればいいか聞くと、リヴィアは少しして話を始めた。
「はい! 私がこの力とこの聖剣でニアの心臓を貫きます、そうすればニアは元に戻る……そうですよね」
また、誰かと喋っていのか。
リヴィアの力、聖剣の力を知る人。
そして、俺には全く聞こえない誰かの声。
……おいおい、まさか勇者のリヴィアか?
勇者、聖剣、もう1人の自分って、どこまで主人公要素を盛り込めば気がすむんだよ。
「……ラウディオ」
「ん、なんだ」
「ニアを元に戻す力を使うには集中する必要があります、しかし今の私だとニアに近づく間、攻撃を避ける事も防ぐ事もできなくなってしまいます」
つまり、俺に頼みたい事は、リヴィアがニアにゼロ距離まで近づき、心臓を貫くまでリヴィアを守る事。
「わかった。……いいんだな?」
“ニアの心臓を貫く”。
それができるのか、俺はリヴィアに問うた。
目の前のリヴィアと、もう1人のリヴィアに。
「はい、ニアの心臓を貫く事さえできれば、間違いなくうまくいきます」
リヴィアは、そう断言した。
方法に関して、俺が心配することはないという事か。
「しかし……」
だが、続けた言葉と共に、紛れもない自信に満ちていたはずのリヴィアの顔に陰りがでていた。
「ア゛ア゛ッ、アアアッ!」
ニアの呻きが、叫びに変わる。
ニアは再び水を操り、俺達に攻撃をしてきた。
リヴィアが作り出した風の防壁がニアの攻撃を防ぐ――が、風の防壁にヒビが入るように、ニアの攻撃によって風の隙間ができてしまっていた。
そう長い時間は持ちそうにない。
だが――、
「なんだ、言ってみろ」
俺は、リヴィアの迷いを聞く事を選択した。
ニアを戻す方法に問題はないと確信している。
それなら、リヴィアの迷いとは?
それを晴らさなければ、きっと失敗する。
そう思ったのだ。
「ニアを元に戻し、一緒に帰りたい。私はそう願う事で、今は使えないはずの勇者の力を一時的に使っています」
願った事で……か。
「しかし、ニア自身の意思は? ニアがあんな事になっているのは、私のためです。私の助けになりたいと、力を願って行動したニアを……その私が否定していいのでしょうか」
そうか、リヴィアが迷っているのは精神的な部分か。
そして、それはニアの想いを汲んでこその言葉だ。
たしかに、納得できるところはある。
「ステーノさんが言っていたな、俺と、リヴィアと、家族、それぞれが今回の原因をつくっていた、と」
リヴィアに促し、その結果のニアを見る。
獣のような涎を垂らしながら俺達への攻撃を繰り返し、今にも風の防壁を破りそうなニアを。
「……でも、ニアは家族を心配させた、迷惑もかけた、力が欲しいにしても、もっとやり方はあったはずだ」
たとえば、リヴィアの助けになる力が欲しいからこの人体実験を受けたいと、ステーノさんに一言言えばそれでよかった。
もちろん首は横に振られるが、代替案は出たはずだ。
だが、そういう事だろう。
ステーノさんやリヴィアがニアの想いをちゃんと汲めていなかったと言うように、ニアはちゃんと自分がどうしたいかと話、相談するべきだった。
「ニアは
「はい……」
「ニアの想いを否定する必要はない、ただ、その方法が間違っていると正面から怒ってやればいいだけだ」
妹に対してそう気負いすぎる必要はない。
姉として、普通の事をすればそれでいい。
「……私は、まだちゃんと、ニアと話していません」
そういったリヴィアの顔からは、迷いが消えていた。
そして、リヴィアは聖剣を握ると、無言で頷いた。
「いけるな」
「はい、迷いは消えました」
「よし、じゃあやるぞ! 道は作ってやる」
その瞬間、風魔法の防壁が破られた。
だが、タイミングはバッチリだ!
「いくぞ! しっかりついてこいよ――リヴィア!」
深呼吸を一つ、俺はリヴィアの前を走り出した。
「ガア゛ァァァァッ!」
ニアのとの距離はそう離れていない。
せいぜい20メートル、すぐにたどり着ける距離だ。
しかし、今まで一番激しく荒ぶっているニアの攻撃がそれを困難している。
そして、俺の後ろにはリヴィアがいる。
回避という選択肢はない。
防御か迎撃、俺の選択肢は限られる。
その選択を謝れば、そこで終わり。
刃のように鋭い攻撃によって俺の体は斬り裂かれる。
残りの魔力から考えても、生き残れる確率は低い。
逃げた方がいいと、俺の理性は言っている。
……だが、ここで逃げる事は、レガリアで決めた俺の生きる意味を否定する事と同じだ。
あいつらが繋いだ命に、恥ずかしい真似はできない。
そう……だから、死力を尽くせ!
「ハアァァァッ!」
気合いと共に、魔力を振り絞った。
残された魔力で、ニアへの道を作る!
二歩、魔弾で飛来する刃を迎撃、掌破で迎撃。
四歩、魔力残量が四分の一に、防迎と迎撃に成功。
五歩、魔力の過剰消費で頭がふらつく、一度だけ防御に失敗、軌道はずらして攻撃をそらす。
七歩、三度迎撃に失敗、攻撃を体で受ける。
八歩、リヴィアを庇おうとした時と同じ激痛が走る、強制的に魔力が練れなくなる。
九歩、肉壁になるが倒れる、
「リヴィアッ!」
「はい!」
俺が倒れるのと入れ替わり、リヴィアが前に出た。
いつの間にか聖剣は光り輝き、リヴィアはその聖剣をニアの心臓に向けて突き刺そうとしていた。
だが、俺の一歩が足りなかった。
その差は、確実な障害となって表れる。
「ガアッ!」
狂気のニアが見せる、確実な攻撃。
水の刃がリヴィアの心臓を貫こうとしていた。
だが、その攻撃を受けても、リヴィアは止まらない。
その決意が、今のリヴィアから漲っていた。
心臓を貫かれたとしても確実に聖剣を届け、目的を果たすだろう。
しかし、俺はリヴィアに任されたのだ。
あれだけ格好つけて、これじゃあまりに情けない。
俺は倒れたまま、魔力を宿した手を、リヴィアの胸へ向けて伸ばした。
「巨魔の王権……!」
魔力だけで作り出した手で、本来なら届かないはずの水の刃を握り潰し、最後の一歩を作り出す。
そして、それによってリヴィアは無傷のままニアの心臓を聖剣で貫いた。
「…………」
一間の静寂の後、宙に浮いていた水が地面へと落ちた。
ニアに宿っていた力が消えたのだ。
「…………ニアは、ただお姉様を助けられるようになりたかっただけなの、なのに、なんでかなぁ」
心臓を貫かれたまま、流暢な言葉でニアが呟いた。
「私は、ニアには平和な場所で、危険な事とは無縁で平穏な暮らしをしていてほしいのです」
「……守ってもらうだけなんて嫌だよ、お姉様だけに辛い思いはさせたくないの、だから、力が欲しくて……」
そのニアの言葉には、後悔の念があるものの、自分の行動自体は間違っていないという想いも感じられた。
「……守りたいものがあるのなら、まず力を得るのではなく守るべき力の身に着け方を学びなさい。誤った道で身に着けた力は必ず扱い方を間違えるものなのです。…………ですよね? ラウディオ」
俺の言った事を拡大解釈していないか?
……だが、別に間違っているわけでもないな。
「そうなの、かな……」
「今は眠りなさい、帰って……ちゃんと話をしましょう、今度は落ち着いて、互いに怒らずに、ね?」
「うん……そうしよう、かな。ちょっと、疲れたよ」
納得したのか、納得したのかわからない返事。
しかし、そう返事をした後、ニアは瞳を閉じた。
意識を失ったのか、もしくは死んだのか。
聖剣の力を理解していない俺にはわからない。
「おやすみ、ニア」
それを理解しているはずのリヴィアは、自分へ体を預けるニアの頭を撫でた後、ニアの胸からゆっくりと聖剣を引き抜いた。
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