23話 聖剣を持つ勇者の姉


 私の目の前で、ラウディオが斬られた。

 いつの間にか、私の後ろにいた誰かに。 


 ラウディオは体からすごい量の血を流して、斬られた勢いで私の方に倒れてくる。


 私には、ラウディオが倒れていくその光景が遅く、はっきりと、ゆっくりと見えていた。


 なぜラウディオは私を庇ったのか。

 なぜ庇われる状況になってしまったのか。


「っゥ……!」

「ラウディオ! ラウディオ!」

「チッ、邪魔をしやがって」

「血が……! 待って、止まって、止まって……!」


 自分の服を破って斬られた部分を抑えても、真っ赤に染まるだけで血は全く止まらない。


 ううっ……どうして私は治癒魔法が使えないの!?

 基本魔法ならなんでも使えるのに!


「そもそもお前はなんだ、なぜ勇者と一緒にいる?」


 っ!? な、なんですかこれ!?

 どうしてラウディオの体から煙が!?


「治癒魔法……じゃないな、人族じゃないのか?」

「お前、勇者だとわかって、リヴィアを……」

「ラウディオ! 喋らないで!」


 傷が広がってしまうかもしれない!

 血がもっと出てきたらラウディオが死んでしまう!


「魔族を使ってリヴィアを殺そうとしたのは……!」

「それを知っているのか、あいつが喋ったか」

「っ!? この、実験の事も知っているのか……」


 ラウディオと、誰かが私のことを話している。


 でも、そんな事はどうでもいい。


 このままじゃラウディオが死んでしまう。

 私を庇ったせいで、ラウディオがっ!


『情けないわね』


 そう思った時、頭の中に声が響いた。


 ラウディオの声も、誰かの声も遠くに聞こえる。

 それなのに、その声は私の頭に直接届いているかのようにハッキリと聞こえた。


『それはそうよ、その通りだもの』


 っ、何を言っているのですか!


『本当に何もできないわね、戦えないし、挙句の果てには庇われるなんて……貴方、何をしにきたの?』


 っっ! 言われなくてもわかっています!

 それでも、私はニアを……!


『そのニア、今にも私達を殺しそうよ。最初よりも、さっきよりも酷くなっているわ、もう、私と魔物の区別もつかないぐらいに錯乱しているわね』


 ニアを見ると、確かにその通りだった。

 叫び声が、獣のそれと変わらないように聞こえる。


 そして、周囲の水を全て一点に集め、集めた水を掴めるぐらいの塊に圧縮させていた。


『目の前の、なんでいるか分からない騎士団長もね』


 騎士団長……ど、どうしてここに。

 まさか、私を襲ったのは騎士団長だったのですか。


『ラウディオに夢中で気づいていなかったのね』


 騎士団長は、剣を振り上げている。

 ラウディオではなく、私に。 


「――お前が何者なのかはどうでもいい、俺は勇者が死ねばそれでいいからな」

「はっ、そんな事させると――ッ」


 喋っていたラウディオの口から血が溢れる。


 ……今、ラウディオは私の前に出ようとしていた。

 こんな傷を負ったのに、それでもまだ私を守ろうとしていた。


「ラウディオ、どうしてそんな……!」

「逃げてくれ、リヴィアっ」


 逃げたくない、でも逃げないと殺される。


 ニアを連れ戻したい、でもニアと戦うための力の使い方が分からない、戦い方がわからない。


 どうしようもない、自分の情けなさが憎い。


『今の貴方は力があるだけ、無力よね』


 ……。


『無力なら、仕方ないのかもしれないわ』


 …………でも、私は逃げたくありません。


『戦い方を知らない貴方にできることなんてないわ』


 それでも、です!


 ああなってしまったニアを置いて行っても、私を庇ってくれたラウディオを置いて行っても、私が助かるだけ!


 そんな事できるわけがありません!

 たとえ、今の私にはできない事だとわかっていても!


『じゃあ、今の貴方には何が必要なのかしら?』


 ……戦うための力。

 持っているだけでは意味がない、私の力!


 今、私は力が欲しい!


『そう、それよ……! 全ての魔族を殺したいと思った時と同じ! 今、貴方は過去と同じくその身に余る願いを抱き、私と同じになった!』


 頭の中で誰かの――いえ、私の嬉しそうな声が響く。

 そして、その声と共に体の底から力が漲ってくる。


『1度だけ、力の使い方を教えるわ! でも、これが最初で最後、私という記憶ができる手助けはこれだけよ』


 溢れ出しそうな力を感じながら、私は騎士団長が剣を振り下ろす瞬間をハッキリと捉えている。


 ……私は、騎士団長が剣が振り下ろす時間よりも長く、今の私に欠片だけ残っていた記憶を失う前の私と話していた。


 でも、それはそういうもの。

 これは、誰かとの会話ではない。


 私の中でだけの、心の声。

 私自身の思考は、一瞬で繋がる。


『だから、1度で学びなさい、自分の力の使い方を!』


 瞬間、私が握っていた聖剣が輝いた。

 私の中から溢れ出る力と同じく、聖剣からも今までは感じられなかった力を感じていた。


 そして、私は自分が操られているような感覚の中、騎士団長の剣に向かって聖剣を振った。


「なっ!?」


 斬り飛ばした剣に、騎士団長は驚いている。


 その様子は、今の私にとってなんでもできる程の時間の余裕を与えてくれる隙になっていた。


「どうしてきお――ウぼぁッ!」


 一歩地面を蹴り、トップスピードに達した私は目の前の騎士団長のお腹を全力で蹴り飛ばした。


 体が折れたように曲がった騎士団長はこの地下空間の入り口まで飛んでいくと、壁に埋まった。

 そして、崩れた壁に埋まって姿が見えなくなる。


『次は、ニア!』


 振り向きながら、私は詠唱をせずに魔法を使う。


「ウっ!?」


 私の発動したたった1つの岩の礫が、拳ぐらいの大きさしかない水の塊を貫いて霧散させる。


 極限まで圧縮していた反動で、水が弾け飛ぶ。


 でも、私は風魔法でつくりだした防壁で飛んできた水飛沫を全て別の方向に逸らしていた。


『……こんなものなのね、勇者の私の欠片だけだからかしら、自分の体なのに違和感があるわね』


 そうは言うけれど、それでも凄まじい。


『でも、これであとはニアを大人しくさせるだけよ』


 ……今、魔法を発動する時だけは、操られているような感覚はなかった。


 でも、体の動きや、使用する魔法の選択。

 それらは、今の私にはできない事であり、選択という事が戦った経験が全くない私でもわかる。


 勇者の記憶を持つ私と今の私は、戦うという事に関して言えば、別人と断言できるほど違っていた。


 これが……私の失った、3年近い勇者の記憶。

 これから私が取り戻そうとしている、私の記憶。



 ◇



 突如、リヴィアがとんでもない力を発揮した。


 いや、”とんでもない力”ではない。

 今の動き、これは紛れもなく”勇者の力”だ。


「リ、リヴィ……ア?」

「ラウディオ!」


 勇者に戻ったのかと思ったが、あれだけの事をして多はずの今のリヴィアは心配そうな顔で俺を見た。


 この目……変わっていない。

 俺がよく知るリヴィアのままだ。


 勇者に戻ったわけではないリヴィア。

 騎士団長に斬られた俺の傷を心配してか、俺へ近寄り――リヴィアはその顔のまま聖剣を振り下ろした。


「「えっ」」


 ……俺のすぐ横の地面に、聖剣が突き刺さっていた。


 反応は、もちろんできなかった。

 というか、警戒すらしていなかった。


 無言のまま、俺はリヴィアと視線を合わせる。


 リヴィアの表情は「なんで?」と言っていた。

 俺も同じ顔をしているはずだ。


 いや、なんでリヴィアがそんな顔をしているんだよ!

 お前がやったんだよ! 


「ちょっ、私の体で何を――失敗したわね、じゃないですよ! えっ、それよりもラウディオの傷?」


 なんだなんだ、誰と喋っているんだ。


 私の体って……何を言っている?

 まさか、こんな時に厨二病か?


「ラウディオ、傷が……」

「あ、ああ、ちょっと本気で自己治癒をな」


 口の中に溜まった血を吐きながら体を起こす。

 すると、リヴィアは俺の体をまじまじとみていた。


「あの傷を治したのですか?」

「塞いだだけだけどな」


 騎士団長に斬られた瞬間、俺は自己治癒のみに集中し、すぐに傷口を塞ぎにかかった。


 勇者の時のリヴィアにやられた時と同じだ。

 違うのは、意識があるかないか。


 ただ、そのせいで魔力の大半を消費してしまった。

 少しだけふらつくし、傷は残るかもしれない。


 だが、死ぬよりはよっぽどマシだ。

 まあ、リヴィアが助けてくれなければこの自己治癒も意味がなかったけどな。


 しかし、魔力の消費に反して治癒の効果が低い。

 さっきの毒のような激痛といい……、まさか、な。


「ア゛ッ、アア゛ッッ……!」


 聖剣を見ていると・・・・・・・・、ニアが呻き出した。


 今までのとは違う。

 狂気ではなく、苦しんでいるような声だ。


 なにより、ニアの体から漏れ出るように淡い光が薄く立ち昇っていた。


「あれ、なんだ?」

「私の力です、正確には、勇者としての私ですが」


 ……ニアから感じていた威圧感が薄れている。


 勇者の力でニアに埋め込まれた何かを消しているのか。


「さて、動けますか、ラウディオ」

「ああ」

「ニアを止めます、力を貸してください」

「いや、待て。リヴィアは――」


 ニアとは戦わせられない。

 ……と、そう言おうとして、やめた。


 止める必要がないと思ったのだ。

 今のリヴィアは、さっきまでとは明らかに違う。


 騎士団長やニアを軽くいなした力の事じゃない。


 もちろんそれもある。

 だが、何より違うのはリヴィアの自信に満ちた表情。


 今のリヴィアになら、任せられるな。


「わかった、俺はどうすればいい」


 リヴィアを止めようとした言葉を飲み込み、一緒に戦う言葉を投げかけると、リヴィアは嬉しそうに笑みを浮かべた。


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