18話 失踪


 騎士団長……この人が。


 長く切り揃えられた金髪に、輝く碧眼。

 一言でイケメンだと言ってもいいぐらいの顔に、自信を感じさせるか表情。


 リマリア王国の騎士団のよりに身を包んだ男性。

 それが、土壁で俺を守った騎士団長だった。


 周囲の感性に手を振りながら応えていた騎士団長は俺の目の前までくると、手をさしだしてきた。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ、はい、ありがとうございます」


 俺はその手を取り、立ち上がる。


 動きから声の掛け方まで完璧だ……って、なぜか周囲の女性が俺を羨ましそうな……恨めしい目で見ている。


 な、何で男の俺が嫉妬されなきゃいけないんだ。


 それにしても、苦もなく俺を持ち上げられるぐらいの力だった。さすが、リマリア王国のNo.2か。


 騎士団長の力強さに感心していると、騎士団長が歩いてきた方向からステーノさんとシリンさんもやってきた。


 ……騎士団長と一緒にいたのか?


「ラウディオさん、それにニア、リヴィア……」


 ステーノさんは路地の全員の足が止まってしまっている現状を見ると、周囲に頭を下げた。


「お騒がせしてしまい申し訳ございません。彼は私の娘ニアに魔法を教えている客人なのですが、少しヒートアップしてしまったようです」

「お母様!」


 ステーノさんがそう言うと、ニアが声を荒げた。

 しかし、ステーノさんは静かに、それでいてはっきりと聞こえる声をニアに向けた。


「ニア、家に戻りなさい」

「でもっ――!」

「ニア」


 再度、ニアの名前を呼ぶ。

 すると、ニアは唇をかみながら俺を睨み、リヴィアから強引に離れて家に戻って行った。


 あれは……かなり俺への不満が溜まっているな。


 俺は家の前で呆然としているリヴィアを見ていると、ステーノさんが周囲に頭を下げながら俺の方に来た。


 ステーノさんは、俺が魔族だと気づかれないようにするためか、わざわざあんな嘘をついてくれた。


 俺は隣の騎士団長に気づかれないように、頭を下げる。


 ステーノさんは俺に笑顔を向けた後、騎士団長に視線を向けた。


「彼を助けていただきありがとうござます」

「いえいえ、しかし町中での過剰な魔法の使用は犯罪になる場合があります、気をつけてくださいね」

「はい、以後気をつけます」

「ところで、ご息女に魔法を教えているのですね、それなら私も力になれますよ」


 騎士団長の視線が、俺の方へ向く。

 この目……気がいいものじゃないな。


 俺が教えるより上手く教えられると思っているのか。

 まあ……実際はニアに魔法は教えていないけどな?


「騎士団長のお手を煩わせる事はありませんよ」

「そうですか」

「はい、大丈夫です」

「……そうですか、では、何かあればいつでも」


 そう言うと、騎士団長は家と、リヴィア、そして再び俺に視線を向けた後、俺達から騎士団長に関心が移った住人の声に応えながら歩き出した。


「ラウディオ! 大丈夫ですか!?」


 玄関の前で呆けていたリヴィアが俺の方に駆け寄る。


「ああ、大丈夫だ」

「本当ですか!? まともに受けていましたよね!」

「まあ、不完全でも防御はできたし、多少傷は負ったけど……あとで治せばいい」


 リマリア王国の人間の前のため、ここでは意図的に自己治癒を抑えているが、視線がない場所に行けば自己治癒で勝手に治る程度の傷だ。


 しかし、リヴィアは俺の体をペタペタと触ってくる。


 服の上から見ても傷はわからないと思うけど……別に嫌ではないからこのままでいいか。


「ラウディオさん」


 そのままでいると、ステーノさんに声をかけられる。

 おっと、親の前で魔族が娘と親しくするのはまずいな。


 リヴィアから離れようとして……腕を掴まれる。

 強引に話すわけにもいかず、俺はそのままステーノさんと視線を合わせた。


 すると、ステーノさんは俺に頭を下げてきた。


「この家に滞在していいと言った上で勝手ではあるのですが、今日は別の宿をとって貰えませんか?」

「……え?」


 リヴィア、痛い痛い、握る力が強い。

 これじゃあ今度は骨折するぞ。


「今のニアは同じ家に貴方がいるだけでストレスになってしまいます、だから……お願いします」

「でも、お母様……!」

「リヴィアも今日はニアとは別の部屋で寝なさい、魔法を使った原因はリヴィアにもあるのではないですか?」

「それは、そうですが……」


 リヴィアが俺の腕を握ったまま上目遣いで見てくる。

 ニアへのやるせなさと、俺への申し訳なさ、それらが混じった顔だ。


 しかし、今は俺だってステーノさんの意見に賛成だ。


 先程の事から、というより最初からわかっていた。

 やはり俺はこの家にいない方がいい。


 というか俺と一緒にいても表面上だけでも平気な顔をしているニア以外の家族がおかしいのだ。


 俺は上目遣いで見てくるリヴィアに頷く。

 リヴィアは少し何かを言おうとしたみたいだが、少しして俺の手を離した。 


「ステーノさん、おすすめの宿屋ってありますか?」

「そうですね、この路地を左に曲がった道の先にある山兎の尻尾亭がオススメです」

「ありがとうございます、じゃあそこにいるので何かあれば呼んでください」

「わかりました」


 そうして、俺はステーノさんにおすすめされた山兎の尻尾亭に向かった。



 ◇



 次の日。

 俺は山兎の尻尾亭で久しぶりに深い眠りについていた。


 ここはリマリア王国の王都であるため、そんな油断しきった行動をしていると足元をすくわれかねない。


 例えば部屋に入られ、角を見られれば即終わりだ。

 悲壮なBGMと共に「GAME OVER」の文字が流れ、俺の人生は牢屋ENDになるだろう。


 しかし精神的にはようやく1人になり心が休まったからか、俺はこの眠りを止めることが出来なかった。


 自然に眠りから覚め、再び眠りに落ちるこの瞬間。

 これだけはどんな悪党だろうと、人の心がない奴だろうと幸せに感じてしまうだろう。


 だが、その心地の良い眠りは唐突に破られた。


「ラウディオ! ラウディオ!」


 幼馴染の可愛い声―――などではなく、太鼓のように叩かれている扉の音によって。


「ラウディオ! 起きて下さい!」

「なんだよ、起きてるよ……」


 多少の悪態をつきながら鍵を開ける。


 すると、すぐに扉が開き、扉が俺の鼻先スレスレをかすめた。


「あっ、危ないな!」

「ニアがっ、ニアがいなくなったのです!」

「はぁ!?」


 リヴィアは、ひと目でわかるほど焦っていた。

 体を起こした俺の両肩を掴み、揺さぶってくる。


「にっ、ニアに昨夜の事を謝ろうと部屋に入ったのですが、いなくなっていて! お母様もシリンもニアがいないことを知らなかったのです!」

「た、ただ出かけているだけじゃ?」

「そうも思いましたが部屋の中にこれが!」


 そう言ってリヴィアは1枚の紙を俺に見せた。

 紙には『しばらく帰りません』とそれだけ書かれている。


 誰がどう見ても完全に家出だ……。


「ニアを探せばいいんだな? 俺も手伝う」

「ありがとうございます! ラウディオが王都を探すのは危険だと思いますが……!」

「いや、そもそもの原因は俺だろう」


 ニアは昨夜の喧嘩が原因でつい家を飛び出してしまったのだろう。


 子供らしいと言えばそうだが、家出をされた方は心配でたまらないだろう。


「私がニアの事をあまり考えてなかったせいで――いえ、反省はあとにします! お母様から技術区を探してほしいと言われています、私は町の人にニアの姿を見ていないか聞いて回るので、ラウディオは人目の届かないような場所をお願いします!」


 それだけ言い残すと、リヴィアは部屋を出ていった。

 部屋の扉も開けっ放し、普段のリヴィアからは考えられないような行動だ、かなり焦っているな。


 ベッドから立ち上がり、目を覚ますために水で顔を洗うと、ニアを探すために俺も宿屋を早足で出かけた。


 その後、俺はリヴィアに言われた通り技術区の中で人目が届かないような場所を中心に探し回り、一定の時間ごとにリヴィア達と合流してどこを探したか、目撃者はいなかったか、等の情報交換を行った。


 探し、探して、探し回って…………、


 しかし、日が昇っている時間を全てかけてニアを探してもニアは見つからず、ニアが帰ってくる事もなかった。


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