17話 ニアの憎しみ


 4ヶ月ぶりに、お姉様が帰ってきた。

 お姉様はいつも国王様から命令を受けて遠くに行って、数ヶ月したら帰ってくる。


 帰ってきたお姉様は少しだけ変わってた。

 優しくて、元気で、ホッとする笑顔を浮かべるお姉様。


 レガリアにいた時のお姉様に戻ってた。


 4ヶ月前まではピリピリしてたのに、今は違う。

 もちろん、前のお姉様だってニアのお姉様だ。


 優しいのは変わらなくて、でも昔より強くて、強い力でニアを抱きしめてくれるお姉様。


 少し遠い存在になったお姉様だけど、遠くなった分だけニアにはできない事をやってるって事。


 だから、そんなお姉様もニアは好き。

 どちらのお姉様だってニアが大好きなお姉様だ。


 でも、帰ってきたお姉様は……、魔族と一緒だった。


 なんでニア達を苦しめた魔族と一緒にいるのか。

 それがわからなくて、それよりも魔族がいるって事だけで怒りが沸き上がってきて……。


 でもいい、お姉様が返ってきた事の方が嬉しい。

 王都に魔族がいる事だって、どうでもいい。


 お姉様が帰ってきてくれた事に比べれば、魔族なんかがいる事なんてどうでもいい。


 でも、だから許せなかった。

 お姉様が、魔族を信頼しているような顔をするのが。


 しかも、お母様も魔族を信じるなんて言った。

 魔族は私達を苦しめた元凶なのに!


 お姉様が魔族に優しい笑みを浮かべる、ニアに向ける時と同じ笑顔を浮かべてる。


 その事が許せなくて、その魔族に魔法を使った。

 魔族は嫌い、魔族は死ね、魔族は……生きていちゃいけない奴らだ。


 ――ニアは、魔族が嫌い。

 魔族はお父様を殺した、お兄様と会えなくした、お母様を歩けなくした。


 そしてお姉様を苦しめ、戦わせ、少しだけ変にした。

 だから”魔族が嫌い”。


 ――4年前の戦争で、お父様が帰ってこなかった。

 お兄様まで帰ってこなくなった時、お姉様はすごい泣いてた、1日も、2日も、1週間も。


 ニアはその時はまだ実感がなかった。

 でも、寂しかった、お兄様に頭を撫ででもらえなくなって、お父様に抱っこをしてもらえなくなって。


 だから”魔族が嫌い”。


 ――お姉様はすごい。

 お姉様はニアと同じ年齢の時には魔族と戦ってた。

 勇者になって、それからずっと。


 でも、お姉様が家に帰らないのは魔族のせい。

 だから”魔族が嫌い”。


 ――ある時、お姉様がお母様と楽しそうに話してた。

 ニアといる時とは違う笑顔で、楽しそうに。


 「ころ――」「なぶって――」とか、よく聞こえなかったから、ニアも一緒にと思ったら、シリンお母さんに止められた。


 なんでって聞くと、「聞いちゃいけない」って。

 お姉様がその話をする時は、必ずシリンお母さんがニアを外に連れて行く。


 ……きっと、ニアには聞かせたくないんだと思う。

 最近、それがわかるようになってきた。

 魔族の話をする時のお姉様は、少し怖いから。


 お姉様が怖くなるのは、魔族のせい。

 だから”魔族が嫌い”。



 ◇



 王都での情報収集を終えてリヴィアの家に戻ると、リヴィアとニアが激しく言い争っていた。

 保護者2人はどこだ、止める人がいないのか?


「このまま部屋に行くのもな……」


 この空気の中、それを無視して部屋に戻れるほど俺の神経は太くない。


「少し様子を見るか」


 俺は玄関の扉を少しだけ開けたまま、聞き耳を立てた。


「だからっ、ラウディオは私の恩人です! 魔族である以前の話なのです!」

「魔族は魔族だよ! なんでわからないの!?」

「ニアこそなぜわからないの!」


 ……うん、昨日と話している事は同じだな。

 昨日の事からもわかっていたが、ニアは俺――というか魔族が本当に嫌いらしい。


 勇者の記憶を失う前のリヴィアと同じぐらいに。


 まあ、リヴィアと同じ被害を受けたのだから当然だ。

 ただ、その「嫌い」を発散させる手段がないからリヴィアほど苛烈になっていないだけなのだろう。


「わかるよ! お姉様は記憶を取り戻しに行こうとしてるんでしょ!? さっきも聞いたからわかってるよ!」

「だったら――」

「ニアはなんであいつがついていくのか聞いてるの! 魔族がお姉様の記憶を取り戻すわけがないじゃん! お姉様はいつからそんなに馬鹿になったの!」

「ばっ、馬鹿!?」


 馬鹿とまで言われ、リヴィアが狼狽えている。

 しかし、たしかにそれはニアの言う事の方が正しい。


 普通魔族が勇者のために動くわけが無いからな。

 リヴィアが馬鹿と言われてもしょうがないな……。


「お姉様がどこかに行っちゃうのはいいよ、いつものことだから、我慢できる」

「ニア……」


 落ち込んだ様子のニアに、リヴィアは言葉を失っていた。


 “我慢”という事は、ニアはリヴィアが魔族との戦いに行くのを寂しがっていたという事だ。


「でも、でもっ!」


 ニアは顔を歪ませると、テーブルを叩いた。


「今度は違う! なんでニア達の人生をおかしくした魔族はよくて、ニアは駄目なの!?」

「ニアは子供です、貴方を連れては行けません」

「それで、なんで魔族のあいつなの!」

「ラウディオは私を守ると約束してくれました」

「魔族でしょ!? そんなことするわけないよ!」

「だからラウディオは私を助けてくれた人で……」

「魔族は魔族! ニア達の敵でしょ!」


 話している内容がこの家に入った時に戻っている。

 もしかして、何度も同じことを言い合っているのか。

 これじゃあいくら話しても堂々巡りだろう。


 しかし、この喧嘩をどうしようか。

 俺では止められない、俺が前に出て2人の仲裁をするなんて……それこそ火に油を注ぐことになる。


 保護者のどちらかが帰ってくるまで家の外――あっ。

 玄関を閉じようその時、ニアと目が合ってしまった。

 やばいと思っても、もう遅かった。


「ッ――! なんでこんなやつが!」

「えっ?」


 ニアが、俺に向かって手を向けてきた。


 ――またここで魔法を使うつもりか!?


 リヴィアもそれは理解しただろう、ニアの手元で渦を巻くように水分が集まりだしたのだから。


 だが、リヴィアは俺がいる事にまだ気づいていない。

 それどころがニアの魔法が自分に向けられていると勘違いし戸惑っていた。


「ニアじゃなくて、魔族がお姉様を守るなんて……!」


 歯を擦らせながら、ニアは憎しみの籠った目で俺を睨む。


 そして、ようやくリヴィアは魔法が自分ではなく後方に向けられている事に気づいたみたいだが、もう遅い。

 リヴィアが振り向くと同時に、魔法は放たれた。


水刃乱舞ウォーターブレイク!」


 水刃乱舞――!?

 あの年齢でその魔法まで使えるのか……!


 まともに受ければ、かすり傷程度じゃすまない。

 本気の防御をしようと、魔力を高める。


「魔……」


 しかし、この魔法を防いでいいのか悩んでしまった。


 防ぐべきではない――そんな考えが浮かび、防御のための魔力をただ放出しただけで止まる。


 結果、無数の水の刃が俺の体に叩きつけられた。


「グッ……!」


 放出した魔力によって、刃は防いだ。

 だが、高位の魔法による衝撃は俺の体を路地の反対側まで吹っ飛ばした。


 っ……いいダメージが入るな……。


 路地のど真ん中に転がった体を起こそうとすると、家の外に出ていたニアがさらに魔法を放とうとしていた。

 あれは……今度はどうする、防ぐか……!?


「ニア! やめなさい!」

「水刃乱舞!」


 リヴィアの制止も聞かず、ニアが魔法を放った。


 さっきと同じ水の刃――だが、今度は防げない。

 俺は立ち上がる事すらせず、完全に無防備まま覚悟を決めた。


「ラウっ――!」

土壁アースウォール


 しかし、覚悟を決めた俺の前に鉄のような壁が立つ。


 そして、それと同時に目の前に壁に水の刃が連続でぶつかる音が響く。


 10度の衝突音の後、俺の目の前にあった壁が崩れ、リヴィアに抱きしめられているニアが見えた。

 この魔法――いったい誰が……。


 リヴィアじゃない、しかしかなり練度が高い魔法だ。

 土魔法の基本魔法で高位の水魔法を防ぎ切っている。


 そう思っていると、答えは周囲から聞こえ始めた。


「騎士団長!」

「騎士団長様だ!」


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