16話 王都で情報収集(裏)
商業区、酒場
いつの間にか暗くなっていた空を背に、俺は酒場の扉を開く。
酒場――と言うよりはバーの方があっているか。
椅子が6個並べられたカウンター席に、カウンターの後ろにあるテーブル席。
狭く静かな酒場の中には、2人の人間がいた。
夜のお店にしては客が少ないが、こんな路地裏に店を構えていれば、酒場の存在を知る者も限られているだろう。
だが、それにはある理由がある。
「いらっしゃ……い」
席に着くと、俺を見た店主が驚いたような顔をした。
まあ、そりゃあ驚くだろうな。
「久しぶりだな、見つけるのに時間がかかったよ」
ここに来るまで、ほぼ半日を使ってしまった。
ある程度当たりを付けていたのに、これだからな。
距離という面ではなく、場所を知るのにかなり時間がかかってしまった。
「そういう商売だからな、しかし……まさかお前がここに来るとはな、魔王様の命令か?」
魔王の命令。
そんなことを言われ、俺はつい鼻で笑ってしまった。
「まさか、俺がそんなわけあるか」
「ははっ、そうか」
店主は笑いながらジョッキにお酒を注ぐと、俺の前に置いた。
注文はしていないが……サービスか。
「最近、父さんのお墓にはいったか?」
「……いや、あの戦争以来1度も、すまないな」
「いつかは寄ってくれよ? 父さんも喜ぶ」
「ああ」
俺と、リマリア王国で店を開いている酒場の店主。
俺はこの店主は3年前からの知り合いだ。
そう、この店主は人族ではない、魔族だ。
彼の名は『ベルガ』。
エルフェンリル戦争で俺の小隊にいた魔族の息子だ。
彼がここにいるのは魔族を裏切った――わけではなく、リマリア王国に潜入している――わけでもなく、リマリア王国との融和のためだ。
長年争い続けている両国だが、長年相手を敵と認識する一方で、落とし所を探す動きもある。
同盟は無理でも、不可侵条約を、と。
博愛主義によるものではなく、主に戦争を嫌う者達によって、裏でひっそりと融和の動きは進んでいた。
ベルガが王都にいるのは、彼が融和のために魔族から遣わされたリマリア王国との仲介役だからだ。
「仕事はうまくいっているのか?」
「いいや、それどころが悪化する一方だ。この3年、魔族側はリマリア王国の勇者に魔王の矛を殺されすぎているからな、融和派でも疑問視する声が出ている」
変化なし、どころが悪化する一方か。
しかも、リマリア王国の勇者――リヴィアのせいで。
ヘルガがこの仕事をしているのは、
ベルガの部族は魔族の中では大した力を持たない部族であり、あまりいい扱いを受けていない。
しかし、エルフェンリル戦争による父親の功績で、ベルガの部族はある一定の評価を得た。
ベルガは最後のひと押しをして、自分達の部族が魔族にとって唯一無二だと知らしめるために、王都という危険な場所にいるのだ。
「勇者を止められれば、それが一番確実なんだがな」
「そうか、まあ……頑張ってくれ」
勇者と一緒にいる俺としては耳が痛いな……。
さらに、俺はその勇者の記憶戻すために行動しているのだから。
だが、だからといってやめる気は無い。
リヴィアと、死んだ仲間の息子。
どちらに天秤を傾けるかを考えると、俺の天秤は少しだけリヴィアの方に傾いているからな。
俺は気まずさを誤魔化すようにお酒を飲んだ後、ここにきた本題を話し始めることにした。
「この酒場、情報屋でもあるんだよな?」
「情報屋……とは違う、魔族の大使館だ。国交は成立していないが、そのための場所だからな」
「それでもいい、リマリア王国についてある程度の情報は持っているんだよな?」
情報屋でも、大使館でも、どちらでも構わない。
重要なのは情報の有無だ。
「ああ、魔国から定期的に送られてくる情報と、俺達も自力で情報を集めているからな」
仕事的にリマリア王国の情報は絶対に必要だからな。
魔族の俺にとって、ここほど情報を得られやすい場所もないだろう。
結果的に考えると、今日はリヴィアが一緒にいなくてよかったな。
勇者の素顔は知らないと思うが、万が一リヴィアが勇者だと気づかれれば面倒ごとになるのは間違いない。
「知りたい事があるんだ、教えてくれないか?」
「タダは無理だぞ? 割引ならいいけどな」
「いや、お金はしっかり払う、教えて欲しい事は3つだ」
俺は懐からお金が入った巾着袋を取り出す。
情報量がどれくらいになるか、足りない事はないはずだ。
「よし、じゃあ――っと、その前に……」
俺の話を聞こうとしたベルガだが、そういうと指を鳴らして魔法を発動した。
俺とベルガの周囲を覆うように膜が張られたように見えたが、一瞬で見えなくなる。
「防音の魔法だ、プライバシーは守らないとな」
「助かる」
「で、知りたいことは?」
そう聞かれ、俺の中に緊張感が生まれる。
知りたい情報について聞くのを躊躇っているのだ。
もちろん、情報を得るためにここにきた。
だが、俺の問いに対するベルガの答えによっては、決定的に敵対することになってしまう。
ここまでの会話の中でベルガが言っていた「勇者を止められれば」という言葉。
あの言葉通りなら、何の問題もないが……。
「……まず、勇者の正体、そして現在の動向だ」
「あと1つは?」
「この2つとは別の話だ、後で聞くよ」
後で聞く、というかベルガの回答次第だな。
「勇者の正体だが、これは何もわかっていない。外見、年齢、性別もな、女……と噂されている程度だな」
「王都の住人も何も知らなかったな」
「多分、知っているのは大臣や騎士団長クラスだけだ」
隠している、というよりは知る機会がない。
リヴィアは勇者になってからずっと魔族と戦い続けていたからな。
……勇者の正体は知らない、と。
「そして、今の勇者の動向だが、これもわからん」
「……それもか? 情報が少なすぎないか?」
「はぁ……そもそも勇者の動向が掴みづらすぎるんだ。物理的な備考は足が追いつかず、魔法は感知されて破壊される、リマリア王国すら把握できないらしいぞ」
「それは……勇者ならあり得るのか」
なるほど、だからこそ3ヶ月に1度の定期連絡か。
俺はリヴィアが言っていたことを思い出す。
誰も勇者についていけないのなら、本人の口から報告してもらうのが1番手っ取り早い。
そして、だからこそ勇者を殺そうとした魔王は俺を餌にして強制的に勇者の動きを絞り、罠を張ったのか。
「つまり勇者の正体も動向もわからないって事だな」
ここまでの会話で確信した。
ベルガは魔王の協力者じゃない、リヴィアを殺そうとした事とは無関係だ。
リヴィアを殺そうとしたなら、あまりに知らなすぎる。
それに、目、口、鼻、指、どこを見ても嘘を吐いているようには見えない。
この分なら、聞いても問題ないだろう。
俺は、最後の1つを聞くことにした。
「じゃあ最後、記憶を戻す方法って、知っているか?」
「記憶? なんだそりゃ」
「魔族の固有能力でも、魔法や魔法道具でも何でもいい。何か知らないか?」
俺の質問に、ベルガは空になった俺のジョッキにお酒を注ぎながら考え込む。
「いや、知らないな。魔族にも記憶を操作できる部族はいないはずだ。そうだな……魔法や魔法道具について調べたいなら魔法国に行けばいいんじゃないか?」
俺と同じような事を言っているな。
やっぱり、魔法国に行くのが一番いいのか。
……俺が王都で集められる情報には限りがある。
ここで集められないとなると、他でもそう変わらない
リヴィアに頼るのは論外。
リヴィアの家族は……ないな、ステーノさんは頼れない。
「どうするかな……」
「何でそんな方法を求めているのかは聞かないが、これ以上王都で情報を集めるつもりなら気をつけろよ」
「ああ、俺達はあまり下手に動けないからな」
「いや、そうじゃない」
そうじゃない?
そうじゃないならどういう話なんだ。
「ここ最近、王都で失踪事件が多発している。子供、大人、騎士、年齢や職業に関係なく、な」
「失踪事件? 物騒だな……」
「ああ、それと、失踪事件と同時期に異形の怪物が王都の中に出ている。遭遇しないように――って言ってもゲリラだから無理か、遭遇しても戦うなよ?」
「目立たないために、だろ? わかっているよ」
それにしても、王都の中で、か。
王都の外ならまだしも、中なのは変だな。
あの高い城壁に阻まれ魔物が入ってくる事はない。
だが、それなのに王都の中にでたという事は……。
「怪物はリマリア王国の騎士団長が倒しているから安全だけどな、失踪事件の方は気にしておけ」
「わかった、気をつけるよ」
「おう、ちなみに情報量のついでに食事を提供できるが、どうする?」
食事か……リヴィアの家に帰っても、な。
今日の朝も昨日の夜もステーノさんが気を利かせてくれたが、そこまで世話になるのは俺の心臓に悪い。
罪悪感がボディーブローを放ってくるからな。
ここで食事を済ませてしまおう。
「じゃあ、頼む……っていうか情報量って言っても、全部答えは知らない、だったよな? 飯代だけにしろよ」
俺が知らなかった情報といえば、この王都で起きている失踪事件と、異形の怪物の事だけだ。
それも別に求めた情報じゃないからな。
「ちっ……気づいたか」
ベルガは舌打ちをすると、指を鳴らして周囲に張っていた防音の魔法を解除し、厨房の方を振り返った。
……やっぱりボッタくるつもりだったのかよ。
◇
酒場でベルガの料理を食べた後。
俺は情報収集を終え、リヴィアの家に戻っていた。
「けっきょく欲しい情報は集まらなかったな」
教会、情報屋として向かった酒場。
そのどちらでも記憶に関する情報は得られなかった。
収穫といえば、勇者の正体も、その動向も誰も知らないって事を再確認できただけだな。
そもそも、それをベルガに聞いたのもそのためだ。
“勇者は、勇者として活動することができない”。
もしそれが公になっていれば、リヴィアの家族はリヴィアが記憶を取り戻す、戻さないにかかわらず、生きていくためのお金を得られなくなってしまうからな。
「さて……」
そうして今日集めた情報を頭の中で整理していると、リヴィアの家までたどり着いていた。
俺は玄関の前に立ち、ドアノブに手をかける。
……静かに開けるか。
間違っても「ただいま」なんて言えば朝よりも激しい魔法が飛んでくるに違いない。
しかし何も言わずに入るのもなぁ……。
礼儀に欠けた人間だとは思われたくない。
だが、ニアに気づかれるのは避けるべきだ。
「後で、リヴィアに帰ったことを伝えればいいか」
悩んで、俺は気づかれないように入ることにした。
ドアノブを握る手に力を入れ、少し玄関を開き――、
「どうしてお姉さまはあいつのことをかばうのさ!」
「だから、ラウディオは私のことを助けてくれたって言っているでしょう!?」
玄関の扉を少し押した瞬間、言い争う声が聞こえた。
「でもっ、あいつは魔族なんだよ!」
「しかし、ラウディオはラウディオです!」
「意味わかんない! 魔族は敵でしょ!」
リヴィアの家に戻ると、そこではニアとリヴィアが姉妹喧嘩を繰り広げていた。
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