19話 ニアの行先


 玄関の扉が勢いよく開かれた音が響き、すぐにリヴィアがリビングに駆け込んできた。


 リヴィアはサファイアの髪を揺らし、銀色の瞳でリビングを見回した後、顔に影を落とす。


「お母様! ニアは!?」

「まだ、見つかっていません」

「っ……もう一度探してきます!」

「待ちなさい、これから情報と状況のすり合わせを行います、休憩しながら聞きなさい」

「……わかりました」


 リヴィアは唇をかみながらも頷くと、俺、ステーノさん、シリンさんが囲むテーブルまで来る。


 テーブルの上には王都の簡易地図が広げられ、今日1日探し回った場所にばつ印がついている。


 そこへすかさずシリンがリヴィアに濡れたタオルを渡し、リヴィアは汗が滴る顔や体を拭く。

 だが、その間も視線でステーノさんを急かしていた。


「3人には1日かけてニアがいきそう場所を探してもらいましたが、ニアはいませんでした」


 俺達――ステーノさんを除く3人で、ステーノさんの指示のもと、ニアがいそうな場所を探し回った。

 リヴィアとシリンさんは聞き込みもしたはずだ。


「はい、今日は誰もニアには会っていないと……」

「私も同じです、誰もニア様を見ていないと」

「おそらくニアは私達が知らない場所にいます。そして、何者かがニアがいなくなった事に関わっています」


 ステーノさんの「いなくなった」という言葉に、俺はベルガに聞いた失踪事件のことを思い出した。


 王都で多発している失踪事件……。

 まさか、ニアはこれに巻き込まれたのか?


「その何者って、誰ですか?」

「わかりません、手がかりが少ないですから」

「わからないって! それじゃあニアは!」

「落ち着け、リヴィア」


 声を荒げるリヴィアを制止する。

 リヴィアは俺を睨んでくるが、冷静とは程遠いリヴィアに、俺はわかりやすく説明することにした。


「ステーノさんは手がかりは少ないって言ったんだ。ないわけじゃない、何か当てはある、そうですよね?」


 そう聞くと、ステーノさんは頷いた。


「ラウディオさんの言う通りです、3人がニアを探している間、私はニアの部屋でニアの行き先を特定する手がかりを見つけました、それがこれです」


 ステーノさんは膝の上に置いてあった木箱をテーブルの上に置くと、上部の蓋となっている部分を外した。


「ッッ!!」


 “それ”を見た瞬間、シリンさんが露骨な反応をした。

 しかし、逆に俺とリヴィアは首を傾げていた。


 なぜ、シリンさんそんな反応をしたんだ?


 そこにあったのは、たった1枚の羽根だ。


 その羽根は白鳥の羽根よりも白く、美しい。

 魔力を帯びているのか輝いているようにも見える。


「これは?」

「その羽根は、天使の羽根・・・・・です」

「「天使の羽根!?」」


 声を荒げ、羽根を凝視する。

 一瞬ランドセルが脳内に浮かび……いやいや違う!


 天使の羽根、つまりこれは天使の翼の一部という事。

 いや、そんなのは当たり前だ!


 何をそんなに驚いているかといえば、目の前に天使の存在の欠片が存在しているからだ。


 天使とは、この世界にいる代表的な5種族の一つ。

 しかし、天使は代表的な種族の一つでありながら、天使の存在は謎に包まれている。


 住処、姿、力、何もかもがわかっていない。

 一生姿を見ない事が当たり前の種族、それが天使だ。


 むしろ俺が知る『天使』と、この世界の『天使』が同じ白い翼を持つ事に驚いたぐらいだ。


 こうなると他にも光輪とか、羽衣とか、俺の知る天使と同じような特徴を持っているのか?


「天使の羽根……そ、それで、これが何なのですか」


 リヴィアは驚きつつも、話を先に進めた。

 ま、まあ、確かに今はこの世界に”いる”という事しかわかっていない天使より、ここにいないニアだ。


「これを見つけたことで確信しました。ニアは近頃王都を騒がせている失踪事件に巻き込まれたのです」

「天使の羽根と失踪事件がなぜ……?」


 リヴィアがステーノさんに聞く中、俺はベルガに聞いた失踪事件について詳細な情報を思い出す。


 ベルガの酒場で料理を食べている最中、失踪事件について情報を貰っていたのだ。


「たしか、失踪した人はいなくなる以前に『力が欲しいか』って声をかけられているらしいですね。そして、その人達は共通して自分の無力さに嘆いていた時期がある……と」


 失踪した人全員に確かめた訳では無いが、友人や家族に話を聞くとその共通点が多いらしい。


「よくご存知で……!」


 ステーノさんが目を見開き俺を見ている。

 魔族の俺が王都で情報を得ている事に驚いているのだろう。


「その通りです、おそらく“失踪”とは言われていますが、いなくなった者達は皆自らの意思でその誘いに乗ったのでしょう」

「じゃあ、ニアも……」


 たしかに、ニアにはその様子があった。


 魔族の俺がリヴィアの記憶を取り戻すための旅について行くが、自分ニアはついていけない。

 それを自分に力がないからだと思ったのだろう。


 事実、それは何も間違っていない。


 高位の魔法を使えるが、幼さがある。

 力があるというのは、単純な戦う力だけではなく、1人でもこの世界を生きていける力の事だ。


 簡単に言えば独立できるか否か。

 その点で言えば、リヴィア、ステーノさん、シリンさんは合格点の半分すら与えられなかったはずだ。


 しかし、それをわかっていないニアは、単に力が足りないからだと思いこみ、その誘いに乗ったのだとしたら……。


「天使の羽根を渡された時に『天使の力を得られる』といったような事を言われ、ついていったのでしょう」

「たしかに……説得力がありすぎますね」


 大金を持つ者に、お金を稼ぐ手段があると言われれば、ついて行ってしまうようなものだ。


 大人なら、その誘いを怪しいと思うかもしれない。


 しかし、子供や弱った者は違う。


 判断力に欠けた子供や、ましてや実際にお金に困っているような者からすれば、その言葉は蜂蜜たっぷりの甘言になるだろう。


「そして……、これは騎士団長から聞いた話で公にはなっていないのですが、失踪した者の多くは後々異形の怪物となって王都に現れています」

「「「ッッ!」」」

 ステーノさんの絞り出すような声で言われたその言葉は、俺達の誰もが息を呑んだ。


 ……異形の怪物を倒しているのは騎士団長だ。

 その彼だからこそ、その繋がりに気づいたという事だろう。


「「俺(私)のせいで……」」


 俺と全く同じ言葉がリヴィアの口から出た。


「いや、俺がいたせいでこんな事になったんだ」

「違います! 私がニアを否定したから……」


 だが、リヴィアの言う事は間違っていない。

 リヴィアに責任は無い、ニアが出ていったのは間違いなく俺の影響だ。


 許してもらえはしないが、せめて頭を下げようとすると、俺よりも早くシリンさんが頭を下げた。


「も、申し訳ございません! 私のせいです!」


 まるで、この世の終わりといった様子でシリンさんは膝と手を床についた。


 体は異常なほど震え、ステーノさんが座る椅子に縋るように泣きついている。


「ステーノ……! 私は、私が……!」

「シリン、落ち着いて」

「でも、ステーノ!」


 この数日で見てきた印象とはまるで違う。

 喋り方も崩れ、ステーノさんへの様付けも無くなっている。


「それを言うのなら、私はニアの心のケアをもっとするべきでした、ニアの無力感をどうにもできなかった親の私にも原因があります」


 そう言うが、シリンさんは首を横に振る。

 俺だって同じだ、ステーノさんは悪くない。


 シリンさんは……俺の考えが間違っていなければ、もしかしたら要因の一つではあるのかもしれないが、それよりも直接的な原因は俺だ。


 今度こそ、と思い前に出るが、そんな俺を見てステーノさんは手を出して制止してきた。


「今回の件は、動機と機会、それらが運悪く重なったのと、私達一人ひとりの行動が原因です、誰が悪い、誰が悪くない、という事ではありません」


 ステーノさんはリヴィアを手招きで呼ぶ。


 リヴィアはリヴィアで罪の意識を感じている表情でシリンさんの傍らに行き、シリンさんを立たせ、倒れそうになる体を支えた。


「ですが、最も悪と断ずるべきはニアをそそのかした何者かです。そして、今大事なのはニアを探し連れ戻す事、そうですね?」


 その言葉に、俺も、リヴィアも、ステーノさんも首を縦に振った。


「まずは何をしてでもニアを連れ戻しましょう。皆が感じている責任はそれからです」


 ……その、通りだ

 失踪した人が異形の怪物になるのなら、時間はそうかけられない、今、この瞬間もそう。


 後悔している時間は、無い。


 俺は深呼吸をして、1度瞬きをする。

 リヴィアは大きく頷きを返した。

 シリンさんは涙を拭き、自分の力で立った。


「それで、お母様、ニアの居場所は?」

「近いうちに、騎士団が異形の怪物の発生源と思われる建物に乗り込むと言っていました、失踪事件と異形の怪物に繋がりがあるのなら、その建物にいるはずです」


 ステーノさんはテーブルの上の簡易地図、技術区と呼ばれている地区の中でも周囲からう離れた場所を指差した。


「よく教えてもらえましたね」

「元辺境伯婦人の知恵を借りたいと相談されたのです」


 昨日、騎士団長と一緒にいたのはそういうことか。


「しかし、ニアがいなくなってしまった以上、それを待っている事はできません。今日……今すぐにでもニアを連れ戻さなければなりません」


 そう言うと、ステーノさんはシリンさんに視線を向けた。


 シリンさんはそれができる実力者、という事か?

 やっぱり、この人……、


「お母様! 私が!」


 リヴィアが身を乗り出す。

 姉として、ニアを連れ戻しにいきたいのだろう。


 だが、勇者の記憶を失う前なら何も言うことはないが、今のリヴィアには……。

 ステーノさんモ同じ結論を出したのだろう。


「リヴィア、今の貴方では無理です」

「でも!」

「ここは、シリンに……ッ!?」

「ステーノ様!」


 突如、ステーノさんが胸を抑えて苦しみ出す。


「お母様!」

「ステーノさん!」


 ステーノさんは大きくいきを吸い込み、吐き出す。


 だが、それは呼吸を整えようとしている様子ではなく、呼吸がうまくできていないがゆえの深い呼吸なのは医者じゃない俺の目にもわかる。


「ステーノ様、落ち着いて息を吸ってください!」 


 しかし、ステーノさんはそのままテーブルに上半身を倒し、意識を失った。


「お母様!」

「リヴィア様、ここは私が」


 どうすれば……と思ったが、すぐにシリンさんが倒れたステーノさんの背中に触れる。


 すると、シリンさんの手が淡い炎のように輝き、ステーノさんの体を包み込む。


 治癒魔法を使ったのだろう。

 顔色が悪くなっていたステーノさんの顔が色味を取り戻し、意識を失いながらも呼吸のリズムも整う。


「し、シリン、お母様は?」

「一先ずこれで大丈夫です、ステーノ様をベッドに運んできます。……話の続きはステーノ様の部屋でお願いします、私は……そばを離れられないので」


 そう言われ、シリンさんがステーノさんの体を優しく抱き抱え、部屋に運ぶのに俺とリヴィアはついていった。


 そして、ステーノさんをベッドに寝かせると、リヴィアが前にでて眠るステーノさんの顔を覗き込んだ。


「お母様はここまで体調が悪くありませんでしたよね? どうして……」

「ここまでの症状はエルフェンリル戦争の時だけです。おそらく、リヴィア様の事と、今回のニア様の事が重なり……精神に体の体調が引っ張られたのだと思います」


 リヴィアの記憶喪失、そしてニアの家出。

 親として心労を重ねるには十分な理由だ。


 一見、気丈に振る舞っているように見えたが……。


「私は、どうすれば……」


 そして、いつ今の症状が再発するかもわからない。


 定期的に治癒魔法をかけ続ける必要がある以上、シリンさんはステーノさんのそばを離れる事はできない。


 つまり、ニアを連れ戻せるのは……。


「俺が行きます」


 この場では俺だけだ。

 ニアが素直に着いてきてくれるとは思えないが、そこは気絶させてでも連れ戻そう。


「ラウディオ、私も!」

「駄目だ、ステーノさんも言っていたが今のリヴィアを連れて行く事はできない」


 そう言うと、リヴィアは唇をかみながら俯いた。

 だが、こればっかりは仕方のない事なんだ。


 俺は俯くリヴィアの頭をポンポンと撫でたあと、シリンさんと、眠るステーノさんの方を向いた。


「シリンさん、魔族の俺は信用に足りないかもしれませんが任せてもらえませんか」

「…………わかりました、どうかニア様をお願いします。ニア様に何かあれば、私は……!」


 リヴィアの話では、この人はリヴィアとニアにとっては母親と変わらない存在だと言っていた。


 そして、シリンさんにとってもそうなのだろう。

 それがよくわかる声をしている。


「絶対に、連れ戻して見せます」


 リヴィアの妹。

 それだけで、命をかけようと思うには十分だ。


 俺は体内の魔力を漲らせる。


 ……いや、異形の怪物とやらがいる場所だが、戦うのは最後の手段だ、最優先はニアを連れ戻すこと。


 魔力を落ち着かせながら部屋を出ようとすると、服の裾を掴まれる。


「……ラウディオ」

「リヴィア、何度言ってもお前は――」


 ……なんだ、この魔力の感じ。

 リヴィア……から発せられているのか?


 懐かしい、とは言いたくない魔力がリヴィアの体から漏れ出し、リヴィアの手に集まっていく。

 俺を殺しかけた時と同じ、あの勇者の魔力が。


「私はニアの姉です、ニアを連れ戻す責任がある」


 手に集まった魔力が、形になる。

 細く、鋭く、宝石のような輝きを放つ剣に。


 それは、勇者との戦いでも見た、勇者の剣。

 あれ以来、一度もさやから抜いたところを見ていない剣が、リヴィアの手に収まった。


「私も行きます、ラウディオ」

「リヴィア様、これは……」


 ……勇者の力は無くなったわけじゃない。

 勇者の記憶を失い、使えなくなっているだけだ。


 そして、ここにはなかったはずの聖剣が、まるでリヴィアに応えるように現れた。


 今のリヴィアは……、


「リヴィア、魔法はどれくらい使える」

「ラウディオに教えてもらった魔法は全て」


 俺は4年前のことを思い出す。

 自分が使えない魔法を教えた時のことを。


「……行こう、リヴィア」

「はい!」


 リヴィアと共に、向かう判断をする。

 そして、家を出た俺とリヴィアは、夜闇の中技術区に向かった。


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