13話 止まらない怒り


 王都の入り口である大門から続く大通り。


 商業区と呼ばれるその区画の横には、居住区と呼ばれる王都で暮らす人々の家が並ぶ区画がある。


 その居住区にある1つの家の前に俺とリヴィアはいた。


「……では、呼びます」


 なぜか少し躊躇いながら、リヴィアは玄関の扉を少し弱めにノックした。


「少しお待ちください!」


 ノックの後、家の中から澄んだ声がとどく。

 控えめなノックだったが中の人には聞こえたみたいだ。


 だが、リヴィアは声が聞こえると顔を強張らせた。


 緊張しているようにも見える。


「どうした?」

「今の私は以前までの勇者ではありません、以前と違う私を見てどう思われるのか……」


 なんだ、そういうことか。


「まあ、やっぱり驚くんじゃないか?」

「で、ですよね」

「それでも……4ヶ月だったか? 久しぶりに娘が帰ってくるんだ、喜ばないわけがない」


 そうだろう、いや、そのはずだ。

 それがあるべき家族の形だろう。


「……まあ、勇者だった時と比べてお淑やかになったリヴィアには驚くだろうけどな」

「な、なんですかそれ!?」

「戦った時のリヴィアは色々と凄かったからな」

「勇者の時の私って……」


 俺の腕を磨り潰して喜ぶような人間だったな。

 ああ恐ろしい恐ろしい。


 あの時の戦いの事を思い出したせいで身震いしていると、リヴィアが俺の事を不思議そうな顔で見ていた。


「今度はどうした?」

「いえ、そういえばラウディオは家に帰ら――」

「お待たせしました」


 と、言葉の途中で玄関の扉を開いたのは”凛”としたという第一印象を抱かせる女性だった。


 黒を基調としたメイド服に、白いフリルの前掛け、切り揃えられた雪のように白い髪。


 この世にここまでメイド服が似合う人間がいるのか……そう思ってしまうほどだ。


 その女性は玄関の前に立つリヴィアを見た瞬間、最初の凛とした印象から一変し驚きからか目を見開いた。


「――リヴィア様!?」


 驚いた顔は喜色へ変わり、リヴィアの手を取る。

 メイドにしては距離感が近いな。


 ああ、そうだ、メイドはリヴィアにとってもう1人の母親って言っていたな。

 この人がそうか。


「いつの間にお帰りなられたのですか!? 連絡をくださればお迎えにあがったのに……!」

「ついさっきですよシリン」


 そうリヴィアが答えると、シリンが首を傾げた。


「リヴィア様……?」

「言いたい事はわかっています、その事も含めて話があるのですが、皆は家に?」

「はい、皆様家におります……そちらの方は?」

「事情を話すのに必要なのです、彼も家に招きます」

「……かしこまりました」


 シリンと呼ばれたメイドが鋭い視線を向けてくる。


 め、めちゃくちゃ警戒されているな。

 普通、ただの客人にこんな視線は向けないだろう。


 そんな視線を向けられる覚えもない。

 あるとすれば……。


 ……まさか俺が魔族だって気づいているのか?


「お、おじゃまします」


 警戒されながらも家の中に入る。

 すると、俺が家の中に入ろうとしたのと同じタイミングで、リヴィアに何かが飛びついた。


 足を止め、後ろからその何かを覗き込む。


 リヴィアと同じく腰まで伸びた黒い髪。

 黄金よりも眩しい銀色の瞳を輝かせた少女。


 その少女はリヴィアの腰に抱きつくと、先程のシリンが真顔に見えるほど顔を喜色でまみれさせた。


「お姉様……!」


 妹……たしかニアだったか。


 リヴィアは妹をの口の端についた食べカスを取りながら顔を綻ばせた。


「食事中だったのでしょう? はしたないわよ」

「おかえりなさい! お姉様!」

「もう、反省しているの? ……ただいま、ニア」


 リヴィアの「ただいま」を聞いた瞬間、ニアは先程よりもさらに顔を笑顔にする。


 さらに上があるのかと言いたくなる程の眩しい笑顔だ。


 リヴィアは自分に抱き着いたニアの頭をなでると、家の中に入っていく。


「どうぞ、こちらに」

「あっ、はい」


 俺も家の中に入ると、シリンが玄関の扉を閉めた。


 家の中は玄関からそのまま部屋がある構造。

 ワンルームの家だが、階段や、他の部屋への扉もある。


 外からもわかったが、ごく一般的な王都の家。

 高級でも、貧乏でもない2階建ての家だ。

 元貴族の家としては……少し貧相にも思う。


 そして、この部屋の中にいたのは、リヴィアを成熟させたような女性、彼女がリヴィアの母親だろう。


 髪色では、リヴィアは母親譲りらしい。

 雰囲気もどことなくリヴィアと似ている。

 しかし、足が悪いのか、傍らに杖がある。


 リヴィアの母親は手に持っていたフォークを置くと、慈愛に満ちたような顔でリヴィアに笑顔を向けた。


「おかえり、リヴィア」


 リヴィアはその声を聞き、唇をキュッと閉めた。

 そして、一言。


「ただいま、お母様」


 この家は元貴族とは思えないほど小さい。

 レガリアの屋敷と比べても天と地ほどの差がある。


 しかし、それでも家族のいない灰色の家ではなく、リヴィアは自分の家に帰ってきたのだ。


 泣きそうになっているリヴィアの表情に、俺はその嬉しさがあるように見えた。



 ◇



「そうですか、リヴィアの記憶が……」


 ポツリと、俯きながら、ため息を吐くようにリヴィアの母親であるステーノさんが呟いた。


 俺、リヴィア、母親のステーノさん、妹のニア。

 そしてステーノさんの後ろに立つメイドのシリンさん。


 静まり返っていた家にステーノさんの声はよく響いた。


 リヴィアが家族と4ヶ月ぶりに再会し、少し会話を交わした後、リヴィアはすぐに話を始めた。

 話の内容は、もちろんリヴィアの記憶について。


 しかし、話を切り出したのはリヴィアだが、何があったのかを全て知る俺がリヴィアの現状を話した。


 俺との戦いから、この家に来た経緯まで全てだ。


 俺がリヴィアの現状を話している間、リヴィアの家族は俺の話を黙って聞いていた。


 リヴィアが記憶を失ったと話した時、俺が魔族だと話した時、その時は驚いたもののそれ以外は黙って、だ。


 しかし、シリンだけは俺が魔族だと話した時の反応が薄かった。


 多分、最初から魔族だと気づかれていたのだろう。


「まず、リヴィア」

「はい」


 ステーノさんは、顔を上げてリヴィアを見る。

 その顔には動揺の色が浮かんでいるのがわかるが、すぐに朗らかな表情に変わった。


「貴方が帰ってきてくれてよかった」

「……はい」

「そしてラウディオさん、リヴィアをこの王都まで連れてきてくれてありがとうございます、なぜ魔族が勇者のリヴィアを、と思いましたが……貴方、4年前にリヴィアと一緒にいた魔族ですね?」

「「「「えっ!?」」」」


 俺も含め、ステーノさん以外の全員が驚いていた。

 だが、1番驚いているのは俺だろう。


 俺は魔族。

 そしてリヴィアとその家族は当然人族、リマリア王国の人間だ。


 大事な娘が魔族と一緒にいればどうする?

 殺すか、せめて捕らえようとするのが普通だ。


 なにより、当時のリヴィアはまだ貴族の娘だ。

 親の対応もそれ相応になるはずが……、何もしてこなかった? そんな事ありえるのか?


 俺のそんな感情が表に出ていたのか、ステーノさんが俺に向けて話を続けた。


「ラウディオさんの疑問はわかります。もちろん最初に知った時は排除――いえ、対処しようとしました」

「排除っていいましたよね」

「対処、です」


 いや、訂正出来ないけど……まあいいや。


「しかし、待ったをかけたのが夫、リヴィアの父親です。あの人はリヴィアが貴方と楽しそうにしている事を知り、無害な限りはそのままでいいと言ったのですよ」

「お、お母様……!」


 ステーノさんからかつての事を言われ、リヴィアが顔を赤く染めて恥ずかしそうにしている。


 俺もあの当時のリヴィアがそう思っていてくれた事を知り、思わず笑みが出てしまう。

 だが、それとこれとは別だ。


 リヴィアの父親の対応は甘すぎる。

 無害な限り、ではなくて、害がありそうなら。


 そういう対応にしないと、痛い目を見るのはリヴィアだ。


「もちろん、何かあればすぐに排除していましたが」

「あ、そうですか……」


 もう今度はハッキリと、隠さずに言ったな。


 だが、そうハッキリ言われてしまえばそれはそれで何も言う気が起きない。


「あの当時、何も起きなかったのは事実。だから、貴方がリヴィアのための力になりたい、記憶を戻したいという言葉も信じましょう」

「……!」


 これは……、ちょっと予想外だ。

 俺は魔族、リヴィアとどんな関わりを持っていようがそれは変わらない。


 嫌味のひとつ、罵倒の10個や20個。

 軽く言われるものだと思っていた。


 それがまさか、最初に俺への感謝を口にし、信じるとまで言ってくれるとはな。


「ありがとうございます」

「しかし、貴方を信じていいと、本当の意味で確信するためにも、1つ聞かせてください」


 そう言うと、ステーノさんの目が鋭くなる。

 睨む、とまではいかないが、俺を見極めようとしているのがわかる。


 何を聞かれるのか。

 身構えるように、俺の背筋が少し反った。


「……貴方にとって、リヴィアはなんですか?」

「大切な人です、数少ない」


 そう間髪入れずに答えると、細まっていたステーノさんの目が驚いたように見開かれた。


 そして、瞬きを数度繰り返した後、ステーノさんは「そうですか」と言いながら笑った。


「いい友人がいてよかったですね、リヴィア」

「は、はい……」


 茹でダコのようになっているリヴィアを見て、俺も思わず笑ってしまう。


 さすがに照れるか、俺も少し恥ずかしい。


 ステーノさんが言ったように「大事な友達!」と言った方が俺もリヴィアもダメージが少なかったかもしれない。


 俺とリヴィアのせいか、気まずいようでそうではないような、微妙な空気が流れる。


 すると、ずっとリヴィアの膝の上に乗っていたニアが、リヴィアの胸元から勢いよく立ち上がった。


「なんで!?」


 床に立ったニアは、憎しみと怒りがこもった眼で俺を睨んでくる。


「お母様、お姉様! こいつ、魔族だよ!?」

「ニア、ラウディオは魔族だけど――」

「そうだよ、ニア達をこんな目に合わせた魔族! お母様を歩けなくした魔族、お父様を、お兄様を殺した魔族、お姉様がいつも戦っている魔族なんだよ!?」

「ニア……」


 リヴィアがか細い声でニアの名を呼ぶが、ニアはさらに温度が増したのか、俺をその小さい拳で叩いてきた。


 必死に腕を回し、何度も、何度も叩いてくる。

 それでも子供の力だ、痛くはない。


 だが、その肩叩きのような衝撃が俺の体に響くたびに心臓が握られるような感覚に陥る。


 戦争で被害を受けたのはリヴィアだけじゃ無い。

 リヴィアがそうなら、ニアもその被害者だ。


 俺が率いた小隊。


 その小隊が俺のためにと行動し、レガリアの城壁を破壊した結果、リヴィア、ニア、ステーノさん、シリンさんは、家族と今までの生活を失った。


 だから、これは受けなければならない拳だ。


「なにさその顔、お前が悪いんでしょ! なんで魔族がお姉様と一緒にいるの! なんで、なんでなん――」

「ニ、ニア! ちょっと外に行きましょう! ね!?」

「止めないでよお姉様!」


 ニアのあまりの荒れように焦ったのか、リヴィアがニアを抱きかかえ、俺から強引に引き離した。


「外に行きます! 夕食前には戻ってきます!」


 そう言い、リヴィアはニアを抱えたまま玄関の扉を開け、外へ出ていった。


「シリン、2人についていきなさい」

「それはっ…………いえ、わかりました」


 シリンさんは俺の事が気になるのか、外に出ていく際、少し強めに俺の事を睨んできた。


 一応、何もしないと目で答えたが、伝わっただろうか。


 そして、この家は俺とステーノさんの2人だけになる。


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