14話 家族の会話、親の想い


 玄関の扉が閉まり、空気が重く変化している事を感じ取っていると、ステーノさんがいきなり頭を下げた。


「ごめんなさい、ニアはまだ4年前の事を受け入れられていないから、強く当たってしまいました」


 ニアが怒ってから一言も発さなかったステーノさんが優しい声音で謝りながら頭を下げてくる。


 建前で謝っているのではない。

 本気でニアのことを悪いと思っているのがわかった。


「頭を下げないでください! 恨まれて当然ですから!」


 この人に謝罪なんてされるわけにはいかない。

 むしろ、なんで謝罪ができるんだ。


 だが、そんな俺の気持ちとは逆にステーノさんはしっかり頭を下げた後にゆっくりと頭を上げた。


「……では、タイミングよくリヴィアがこの場からいなくなったので、少しだけ話の続きをしましょう」

「タイミングよく?」


 リヴィアがいない方がいいって言い方だな……。


「ラウディオさん、貴方はこれからリヴィアの記憶を取り戻すために行動するという話でしたね」

「はい、まずは王都で情報を集める予定です」


 わざわざ再確認をするという事は、それについて何か言いたいらしい。


「それなのですが……」

「はい」


 身構え、言葉の続きを待つ。

 だが、ステーノさんはその言葉の続きを少し言いづらそうに口を開き閉じるのを繰り返していた。


 何を言われるのか……、まあ、想像はつく。

 魔族の俺に協力して欲しくない、という話だろう。


 なんともまあ、耳が痛い話だ。


「ラウディオさん」

「は、はい」


 改めて名前を呼ばれ、背筋を伸ばす。

 最初から伸ばし続けているせいか、そろそろ背中がつりそうだ。


 そう身構えていると、今度は言い淀むことはなく、ステーノさんはハッキリとその言葉を口にした。


「その旅、止めてもらうことはできませんか?」


 案の定、それは俺のやろうとしている事を否定する言葉だった。



 ◇



 リヴィアの家族の元まで来た日の夜。

 俺は貸し与えられた一室で横になっていた。


 魔族の俺にわざわざ客間を用意してくれたのだ。

 この家に泊まるのは避けたかったが、ステーノさんに押し切られ泊まる事になってしまった。


「はぁ、それにしてもなぁ……」


 ベッドの上で寝そべり、窓から見える空を眺めながらついため息交じりの独り言を漏らす。


 すると部屋の扉を小さくコツコツとノックする音が聞こえ、それと同時に扉の向こうから声が届いた。


「あの、ラウディオ、今大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、入っていいぞ」

「ありがとうございます」


 部屋の扉を開け、リヴィアができるだけ音を立てないようしてゆっくりと部屋の中に入ってくる。


 恰好は今まで見てきた鎧姿や鎧のアンダーウェア、または村娘スタイルでもない。


 肌が透けて見えるネグリジェに、カーディガン。

 今まで見た事がない格好をしていた。


「ずいぶんと過激な格好だな」

「えっ!? ……あの、見つめられると恥ずかしいのですが」

「えぇ?」


 じゃあそんな格好で部屋に入ってくるなと言いたい。

 それに、女の子が夜に1人で男の部屋を訪ねるものじゃありませんよ?


 男っていうのは狼……いや、ケダモノなんだから。

 狼なんて、そんなかっこよくない。


 俺のそんな考えを知らず、リヴィアは頭を下げる。

 その拍子に胸元の谷間が見えてしまう。


「ニアの事、すいませんでした」

「…………」

「……ラウディオ?」

「いっ――うん、いや別に気にしていない」


 リヴィアが顔を上げると、俺は慌てて答えた。


「そういってもらえると助かります」

「それで、わざわざそれを謝るためだけに来たのか?」

「あっ、いえ、もう一つ話がありまして」

「なんだ?」


 できる事ならこれからの話は避けたい。

 リヴィアの母親にあんな事・・・・を言われた後だからな。


「夕食時、家族と話して記憶の整理も済みました」

「そうか、どうだった?」


 ニアの事もあり、俺は一緒に夕食を食べていない。

 保存食をこの部屋で寂しく1人で食べていた。

 だからその時の話を聞いていない。


「私が失っていた記憶は勇者としてのものだけでした、正確に言うと王都で聖剣を抜いてからの記憶です、それ以降から先日までの3年間の記憶が曖昧になっています」

「曖昧って事は、やっぱり全てじゃないんだな?」

「はい、無くなっているのは勇者として過ごして・・・・・・・・・いた時の記憶だけ・・・・・・・・です」


 最初に考えていた通りだな。

 これで、取り戻す必要があるのは勇者としての記憶だけだと確信できた。


 ……取り戻すとすれば・・・・・・・・、だが。


「そうか、じゃあ――」

「はい、私の記憶を戻すために王都での情報収集をどうするか、それを話にきました」


 やっぱりその話をしに来たのか……。

 話を逸らそうと思ったが、それができなかった。


「あー……そういえば今更な話だが、リヴィアが勇者の記憶を失った事は国に知られていないのか?」

「知られていないと思いますが……」

「リマリア王国にとって勇者は現状行方不明になっているわけだろ? そんな状態で大丈夫なのか?」


 勇者が活動をしなければ、お金を得られない。

 リヴィアが記憶を戻すのが遅くなれば、それだけリヴィアの家族は困るだろう。


「元々勇者は1人で動いていたらしいので問題ありません、3ヶ月に1度だけ定時連絡をする必要はあるみたいですが、それは虚偽の連絡をお母様から国に行ってもらう事になりました」

「そ、それでいいのか」


 家族を守るためとはいえ、その相手が相手だ。

 気づかれれば間違いなく極刑に処されるだろう。


「ですが、いつまで気づかれずに済むかわかりません、できるだけ早いうちに記憶を取り戻すためにも――」

「明日にしないか? 色々あったし休憩が必要だろ」

「そうですか? 特に疲労は感じていないのですが」

「いいや、気づかないうちに体は疲れているものだよ」

「でも、話をするぐらいは……」

「さあ戻った戻った、妹さんが不貞腐れるぞ」


 俺はベッドから立ち上がり、少し強引にリヴィアの背中を押して部屋の外に追い出し扉を閉めた。


 扉の前からリヴィアが去る足音が聞こえると、俺は再びベッドに横になって昼間のことを思い出した。





『――その旅、やめてもらうことはできませんか?』





 そう言われ、やっぱりと思ってしまう。

 だが、いくら引け目があるとはいえ、俺にも譲れない部分はある。


『魔族の俺が協力するのは不安だと思いますが……』

『いえ、そういう事ではありません』


 えっ、違う?

 そういうことじゃないならどういうことなんだ?


 ステーノさんが何を言いたいのかわからない。

 だが、ステーノさんは話し始めてからずっと苦しそうな表情をしている。


 ステーノさんの、2度目の沈黙。

 2度目は最初よりも長く黙っていたステーノさんだが、意を決したように顔を上げた。


『ラウディオさん、私はリヴィアに勇者としての記憶を取り戻してほしくないのです』

『はっ?』


 全く考えていなかった事を言われ、つい素で疑問の声が出てしまった。


 嘘を言っているのかと思い、ステーノさんの顔を凝視するが……やっぱり嘘を言っている顔じゃない。

 本気で言っているのか?


『リヴィアの記憶が消えたままでいいと?』

『……はい』

『なぜ? ステーノさん達はリヴィアが記憶を戻せないと暮らしていけないんですよね? お金だって……』


 リヴィアの家族は、リヴィアが勇者であることで得られたお金で暮らしているはずだ。

 リヴィア自身がそう話していた。


『そうです、私達家族はリヴィアのおかげで日々を暮らしていけるお金を得ています。そして……あの子が勇者であるおかげで、私達はリマリア王国からの・・・・・・・・・保護・・も受けています』

『保護?』


 リヴィアはそんなこと言っていなかったが……。


『リヴィアは知らない話です。私達家族は元辺境伯の貴族、一般には知られていない他国についての情報や、リマリア王国の貴族が不利になる情報を持っています』


 貴族だった時の名残か。

 たしかに、貴族ではなくなったとはいえ、いままで身につけてきた物全てがなくなるわけではない。


 貴族としての品格、教育、情報もその一つだ。

 だが、残ったものが全て有利に働くとは限らない。


『つまり、その情報を持っているせいで他国や他の貴族から命を狙われる危険性がある、だけどリヴィアが勇者であるおかげで国から守ってもらえている、と?』

『理解が早くて助かります』


 リヴィアに話していないのは……多分、今以上に必要以上に責任感を抱かせないためか。

 この話を聞けば、今よりさらに気負いそうだからな。


『でも、それなら尚更じゃないですか?』

『…………あの子と戦ったラウディオさんならわかると思いますが、あの子が抱く”怒り”と”憎しみ”、あれは異常といえるほど凄まじいものです。それを抱いたままあの子にはこの先の人生を歩んでほしくない、今日、家に帰ってきたあの子を見てそう思ったのです』


 ステーノさんの声は震え、頬には涙が伝っている。


『以前のリヴィアを否定するわけではありません。ですが……っ、あの子はどれだけで自分が魔族を殺し、苦しめたのかを嬉しそうに語るのです……! お父様は喜んでくれるかな、お兄様は報われたかな、と』

『それは……』

『ああなってしまうのなら……私は、あの子に記憶を取り戻してほしくなんてはありません』


 多分、ステーノさんは以前からそう思っていたのだ。

 記憶を消したいというわけではないが、リヴィア勇者の怒りと憎しみを消す事はできないか、と。


 そう思っていたからこそ、俺の話を聞いたすぐ後に俺にこの話が出来たのだろう。


『どうでしょう、ラウディオさん』

『そう、ですね……』


 ――その後、俺は答えを出す事ができなかった。


 答えを先延ばしにして、ベッドに寝そべっている。

 リヴィアの記憶を取り戻すと、リヴィア自身に誓った矢先にこれだ。


 これがリヴィアとは関係のない、友人や恋人の願いだったらリヴィアを優先するのだが……。


 親の願いという部分が実に厄介だ。

 親の願いは叶えるもの、と俺は考えてしまう。


「はぁ、ままならないな」


 俺はベッドの布団をかぶり、考えがまとまらないまま眠りについた。


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