12話 王都マリアの町


「本当に誰も勇者の素顔を知らないのか」

「そのようですね……」


 違和感があったのは、レガリアから別の町に行った時だ。


 誰もリヴィアを見て勇者と言ってこなかったのだ。


 田舎町だからと最初は思ったが、商隊の人も、次の町でも、リヴィアが勇者と気づかれる事はなかった。


 そこでリヴィアが気になる事を言ったのだ。

 イリスと村の村長は、剣に鎧を見て自分が勇者だと気づいた様子だったと。


「王都で誰にも話しかけられないって事は、一般的には誰もリヴィアが勇者だって知らないと思っていいな」

「はい、私も顔を隠して歩かなくていいので楽です」

「もしかしたらそのためだったのかもな」


 リヴィアの目的は、勇者としてお金を得ること。

 そして魔族と戦うこと。


 勇者として名を示すことは気にしていない。

 王都での生活が不自由になりそうな事は避けていたのかもしれない。


 それに、リヴィアの勇者としての活動実績を思えば、常に魔族と戦うために王都の外にいたはずだ。

 そもそも王都の住人も勇者を見る機会が少なかっただろう。


「たしかに、それなら納得できます」

「それか……実は勇者自体あまり有名じゃなかったり?」

「いやいやそれは無いですよ! だって……」


 リヴィアは声に詰まるが、ある方向に目を向けた。

 そこでは露店で串焼きを食べている王都の住人が興奮した様子で話している。


「ほら! ラウディオ! あっちを見て下さい!」


 リヴィアに言われ、視線を向ける。

 どうやら勇者について話しているみたいだな。


「勇者様、次はいつお姿を見せてくれるんだろうな」

「前回お姿を見たのはもう4ヶ月前か? 魔族との戦いに向かってからまだ帰ってこないのか……」

「あの高貴なお姿! 威風堂々たる立ち住まい! 早くお目にかかりたいわぁ〜、できればそのご尊顔も!」

「ああ、どれほど可憐な女性なんだろうな!」

「きっと俺たちが出会ったことも無い美少女だぞ!」


 その話を聞き、リヴィアの口角が吊り上がる。

 俺に向かってドヤ顔を見せていた。


「何を言ってるの、勇者様は男性よ! 強く気高く美しい……ああっ、勇者様!」


 まるで流行の話をするように勇者の話をしている。

 王都では『勇者』が1つのトレンドになっているらしい。


 あまり知られていないなんてものじゃないな。


「どうです! すごいでしょう!」

「勇者様は人気だな、でも戦った俺からすれば勇ましいってよりは狂戦士って感じだったけどな」

「うっ……ですが、だからこそですよ。リマリア王国にとって、魔族とはそれほどまで倒したい“敵”なのです」

「魔族も似たようなものだな、人族に対する印象は普通でも、リマリア王国に対する印象はかなり悪い」


 これは4年前に戦争があったからというだけではない。


 魔族――魔国サタナスへルクでも、リマリア王国でも、産まれた時からそういった教育をされる。


 互いの国にとってそれが常識なのだ。


「まあ、それはいいとして、そうやって聖剣を布で隠しておけば勇者だと気づかれる事はないな」

「はい! それに結果論ですが鎧はなくて正解でした!」

「たしかに、そうですね」


 勇者として、リヴィアが身につけていた鎧。

 あの鎧はバーレアの魔法で壊されてしまったため、適当場所に埋めて捨ててある。


 壊れた鎧を持ち歩くのは、単に荷物になるからな。


 今の俺達が何よりも避けなければならないのは、リヴィアが勇者として活動できなくなってしまっている事を、家族以外の誰にも気づかせないことだ。


 リヴィアの家族が生きていくため。

 これだけは絶対に隠し通し――


「そこのお2人さん! うちの串焼き食べないかい!」


 ふと、先程の串焼き屋から声がかかる。


 串焼きを食べている人を見ていたせいか、俺達も食べたがっていると勘違いされたのかもしれない。


「「…………」」


 俺とリヴィアは互いに顔を見合せる。

 そして、無視をするのも気が引けたためその屋台まで歩いていった。


 屋台の前まで来ると、俺たちに声をかけた40代と思われる男性がニカッと笑う。


「綺麗なお嬢さんだな、どうだい? 1本?」


 店主の言葉に誘われ、俺とリヴィアの視線は今まさにジュウゥと油の跳ねる音が鳴る鉄板に引き寄せられた。


 ……いい匂い……それに火が弾けるいい音だな。


 そう思った瞬間、空いていなかったお腹に、いきなり空間ができたような感覚に襲われた。


 そういえば、ここ最近はこういう食事をしていない。

 王都までの移動中、経由した町で何度かお店に寄ったが、この1ヶ月は移動時間が大半を占めていた。


 そのせいで主な食事は簡素な栄養食であり、こうやって目の前で脂ののった肉が焼かれているのを見ると……。


「リヴィアはいるか?」

「い、いえ! 私は遠慮しておきます」


 そう言うリヴィアだが、視線は串焼きにくぎ付けだ。

 瞳も星みたいに輝いているし、口が半開きになっている。


 遠慮しているのは、支払うのが俺だからだろう。


「本当か? 本当にいらないのか?」


 俺がそう聞くと、リヴィアは串焼きから視線を外し、「本当です!」と言いながら腕を組んだ。


 だが、それでも視線が串焼きに吸い込まれている。

 気になって仕方がないのがまるわかりだ。


「別にお腹はすいていない……の……で」


 強がって見せようとしたリヴィアのお腹が、言葉の途中で「くきゅぅ~」と鳴った。

 音と共に顔が焼いていない肉のように赤く染まる。


「…………」

「おじさん、串焼きを4……いや8つください」

「あいよ!」


 リヴィアの可愛らしいお腹の音には触れず、俺は懐から取り出したお金を店主に渡した。


 リヴィアは顔を真っ赤にしながら店主から串焼きを受け取り、誤魔化すようにそさくさとその場を後にする。


 小声で「ありがとうございます」と言って去っていくその姿を見て、俺と店主は思わず顔を見合わせにやけてしまった。


「可愛らしい嬢ちゃんだな、大事にしてやれよ?」

「もちろん、その時が来るまで大事にしますよ」

「その時……結婚か? なんだ、恋人じゃなくて兄貴か」


 恋人でも兄貴でもないんだが。

 まあ、特に訂正する必要もないか。


 俺は店主に頷きを返すと、前方を速足で歩くリヴィアに小走りで追いついた。


 顔を赤くしたまま串焼きを食べるリヴィアの隣に立ち、俺もお腹を満たすために串焼きを頬張る。


 プリッと噛み千切った肉の弾ける音と、口の中で広がる香辛料の辛さと肉の甘味。


 焼きたてならではの熱が口の中を満たし、それがまた香辛料の辛さを引き立たせている。


 だが、なによりこの串焼きをおいしく感じさせるのは空腹と時間だ。


 久しぶりに食べた焼きたての肉は文句なしにお腹と心を満たしてくれる。


「うん、うん……美味いな!」


 久ぶりの肉に思わず声を上げると、リヴィアも串焼きの味に心を奪われたのか、ほくほくした顔で串焼きをほおばっていた。


 先程までの恥ずかしさはどこに行ったのか、銀色の瞳を輝かせながら串焼きにかじりついている。


 普段の綺麗な顔からは想像できない程かわいいな。


 あの勇者としての凍土100パーセントの顔からこんな顔になるなんてまったく思わなかった。


 俺のそんな視線に気づいたのか、リヴィアは俺の方をちらっと見ると口の中の肉を飲み込んだ。


「そ、それにしても私達の事は気づかれませんでしたね」

「ああ、俺は角が短い……誰が短いだコラ!」

「1人で何を言っているのですか……」


 そればっかりは認めたくない。

 事実だとしても、俺は認めないぞ。

 俺の中の大事なプライドがそう言っているのだから。


「まあ、なんにせよこの調子なら大丈夫だな、でも、念のためできだけ早く案内を頼むぞ?」

「ええ、任せてください、空腹も満たされましたから、ここからは寄り道はなしですよ」


 リヴィアは幸せそうな顔で大通りの道の先を見た。

 道を行きかう無数の人族とその喧騒、祭りのような賑わいを見せる左右の店。


 それらをなんとなしに眺めながら、俺とリヴィアはリヴィアの王都での家に向かった。


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