11話 誰も勇者と気づかない


 リマリア王国首都、王都マリア。


 資源、文化、人口、技術力、どれをとってしてもトップレベルの国であるリマリア王国の中央都市だ。


 天を貫く白亜の城を中心に円状に広がった都市を守るため、建国以来一度も崩れていないと言われる城壁。


 レガリアを発ち1ヶ月。

 俺とリヴィアは、王都マリアに到着した。


「それでは料金をいただきます」

「どうぞ」


 商隊の長に俺は馬車の賃料を渡す。


「はい、ちょうどですね」

「ここまでありがとうございました」


 そう言って握手を交わすと、商隊の長はニコォっと笑顔を俺に向けてきた。


 何ともまあ、誰にもでもわかる営業スマイルだ。

 如何せん露骨すぎだ、というか少し怖い。


 だが、それを口には出さず俺は同じように笑みを返し自分の手を引いた。


 しかし、握手を交わし終えているはずなのに、商隊の長は握った俺の手を離そうとしない。


 引いても手を広げようとしても、俺の手を握りしめたままだ。

 その上俺の手を優しくさすってまでいる。


「あのー、手を離してもらえませんか?」

「またご利用ください、茶葉から生活家具まで、なんでもそろえておりますので」

「よ、よろしくお願いします、では私はこれで」

「ちなみにこの後のご予定は? 宿屋を借りるなら紹介できる場所があるのですが」


 ヒィイッ!? えっ、なになになんなの!?

 宿屋に連れ込んで何をしようって言うんだこいつ!


「大丈夫です! だいじょうぶなんで!」

「そうですか、では何かありましたら我が商会をどうぞよろしくお願いいたします」


 さ、最後はすんなり引いてくれた、よかった……。


 だが、商隊の長は最後に俺の手を力強く握った後、自分の馬車へ戻っていった。


 宣伝をするにしてももうちょっとやり方があるだろ。


 俺は強く握られた手に残った嫌な温もりを忘れようと、隣のリヴィアに顔を向ける。


 去っていた商隊の長に会釈をしていたリヴィアは、少しすると頭を上げた。


「馬車の料金、ありがとうございます」

「いいよ、それぐらい」


 そうは言ったが、軽い金額でもない。

 それなりに出費はある。


 レガリア近辺の馬車が出ている町から、王都までの距離は日数にして約1ヶ月だ。


 この世界は日本のように電車や飛行機なんてないため、移動速度も比べ物にならない程遅い。


 その1ヶ月の間の運賃と、それにくわえ俺とリヴィアは馬車一つ丸々借りている。


 本来なら俺とリヴィアが乗った馬車には6人分のスペースがあった。


 しかし、俺が魔族である事と、リヴィアが勇者である事を隠すには、他の人間と関係を持たない方がいい。


 そのため同じ馬車に他人が乗るのを避けようと、6席分――本来の3倍の料金を払ったというわけだ。


 商隊の長が馴れ馴れしかったのもそのせいだろう。


 高い料金を払ったせいで、お忍びで外に出た貴族とでも思われたのかもしれない。


 ちなみに、それだけのお金の出所は、勇者と戦った時に身につけていた俺の装備だ。


 それを、レガリアから王都に向かう際、最初にたどり着いた町でいくつか売ってお金を調達したのだ。


 それなりの値はついたため、しばらくお金に困る事はないが、これから一緒に旅をするのなら、お金を手に入れる手段は確立しておいた方がいいか……。


 そんな事を考えながら、俺は周囲を見渡す。


 獣道のような凹凸が1つもなく、馬車が6台は行き交えるほど広がった道。

 その道の左右に広がる活気あふれた商店。


 どの商店も店の外に出て客の呼び込みを行い、またそれらの店には絶えず人が出入りしている。


 当たり前だが、ここにくるのは初めてだ。

 たしかに……世界最大の都市と言われるだけはある。


 王都の造りは、中心に見える城を囲むようにして、一般市民が暮らす町が広がっているらしい。


 そして、商業区や居住区等、ある程度の特徴ごとに分かれ、町の中央に行くにつれて貴族のような身分の高い人間が暮らしているとか。


 しかし、門の入り口で見える光景からもわかるが、外周に近い人間が貧乏という訳でも無いだろう。


 店も、人も多い、活気もある。

 『太陽が眠らない都市』とまで言われているわけだ。


「さて、家までの道はわかるか?」

「はい、問題ありません」


 勇者の記憶と共に、家の場所を忘れてしまっている可能性も考えたが、それは大丈夫らしい。


「そうか、よかった」

「そう遠くないのですぐですよ、こっちです」


 リヴィアの案内に従い、俺は人生初となる王都マリアを歩き初めた。


「王都まで順当に来ることができてよかったな」

「はい、馬車を守る冒険者が優秀でしたね」


 レガリア近郊の町から、この王都まで。

 商隊を護衛していたロックブレイクは被害を出さずにその護衛をやり切っていた。


「でも、やっぱり馬車の旅は時間がかかるな」


 なにより1日で移動できる距離が短い。


 商隊の大きさや、馬での移動の事を考えても仕方ないことはわかるが、俺の基準からするとな……。


「ラウディオはどのくらいの時間で王都まで着くと?」

「んー……1日とか?」

「いっ、1日!? さすがに……まさか魔国ではそのような物が開発されているのですか!?」

「ははっ、魔国にもそんなものはないよ」

「ですよね……」


 リヴィアの動揺ぶりに思わず笑ってしまう。

 1ヶ月の移動を1日ですませられてしまうといえば、そりゃ驚くか。


「でも、この世界のどこかにはそんな移動手段があるかもしれないな、馬車とは比にならない高速な移動手段が」


 この世界には飛行機も自動車もない。

 常時時速100キロ以上で走る物は開発されていない。


 だが、この世界は科学ではなく魔法が発展した世界だ。


 公になっていないだけで、魔法の発展に伴いその速度をだせる乗り物が開発されているかもしれない。


 それに、別に速度なら物に限った話ではない。

 俺の隣にも、前世の基準から考えると人智を超えた速度を出せる者はいる。


「私の記憶を戻す旅の中で、機会があればそんな移動手段に乗ってみたいですね!」

「ああ、そうだな」


 それに、あるかわからない移動手段だけではない。


 この世界には魔物を乗り物にすることもある。

 俺はそっちの方も気になっているんだ。


 リヴィアと他愛ない話をしながら大通りを進む。


 歩き始めて10分以上、俺は改めて周囲を見渡し、気になっていたことを再確認した。


「リヴィアが勇者だって気づく人が誰もいないな」


 勇者のリヴィア。

 そのリヴィアが素顔を見せていると言うのに、誰もリヴィアに話しかけようとしていない。


 注目はされるが、それは別の理由見惚れているからだろう。


 誰もリヴィアが勇者だと気付いていないのだ。


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