07話 命をかけなければならない事


 穴の開いた天井から、空の星が見える。

 星の光、月の光が天井から差し込み、暗くなった部屋を照らしていた。


 これなら光源を用意する必要は無いか。


 空を見上げていた俺は、部屋の中へと視線を下ろす。


 そこには長い時間放置されたのだろう汚れた部屋と、俺の対面のソファに座るリヴィアがいた。


 リヴィアは部屋の中を一周して見渡した後、俺へ視線を向けた。


「ここはお父様の私室です、私と妹は仕事部屋と言っていました」


 城のような大きさの屋敷に入り、リヴィアが向かった部屋がここだ。


 自分の部屋ではなかったのは……男の俺を部屋に入れるのは恥ずかしいとか、そんな理由だろうか。


「では、今度こそリマリア王国を頼れない理由を話しましょう、さっきの話とも少し繋がっています」


 さっきの話……リヴィアの過去の話か。


「理由を先に言いますが、


 なんだ、なんか、知られる事が不都合みたいな言い方だな。


 リマリア王国にとってはリヴィアが勇者として活動できない事を知らない事が不都合になるはずだ。


 だが、それなのにリマリア王国に知られたくないという事は……その理由はリヴィアの個人的なものなのか。


「エルフェンリル戦争の後、私に残された家族は、妹と、戦争のせいで精神を病み体が弱った母、そして1人のメイドでした」


 メイド……?

 貴族じゃなくなったのに、メイドはいたのか?


「彼女はお母様――母に個人的に仕えていました、私と妹にとってはもう1人の母です」


 俺の疑問を悟ってか、聞かなくてもリヴィアがそう答えた。


「お父さんのもう1人の奥さんって事か?」

「あっ、いえ、そういうわけでは」


 なるほど? つまり、ニュアンス的には“お母さんのような存在”ってところか。


 だが、それを言わなかったという事は、そう思うだけの絆がそのメイドさんとはあるって事なのだろう。


「まあ、もう1人の母親か」

「はい、その4人で私達は暮らしていく事になりました」


 財産を失った家族が4人。

 それも妹と病弱の母となると、生活がかかり苦しそうだな。


「ラウディオならわかると思いますが、現実的な問題として私達には日々暮らしていくためのお金と、それを得る方法がありませんでした」

「財産は残っていなかったのか?」


 貴族としての統治能力が無いとしても、築き上げた財産は残っているはずだ。


「それは……」

「いや、いい。わからないよな」


 リヴィアはそういう事がわかるタイプじゃない。

 それに、それで何とかなっているのなら、今のリヴィアの状況は違うはずだ。 


「貴族としての立場を失い、財産も失った私達は、今まで経験をした事のない生活を強いられる事になりました」


 貴族から平民に。

 言葉では単純だが、実際はそうではないだろう。


 その落差を前世の日本で例えるのなら、現代人が全ての機械製品を失うようなものだ。


 今までの当たり前が当たり前ではなくなり、改めて常識というものを認識し直さなければならなくなる。


 大人でも子供でも、それが難しい事は間違いない。


「私はラウディオとよく一緒にいたあの1年のおかげですぐにその生活に慣れましたが、妹と母は時間がかかりました。特に妹は……酷く荒れましたね」


 当時を思い出しているのか、リヴィアの表示が暗くなる。


「明日生きていくためのお金もない中、これからどう生活していこうか、先が真っ暗な時、私はリマリア王国が騎士となる者を募っていることを知りましした」

「そこで、勇者になったのか」

「そのあたりの記憶は曖昧ですが、そうなのでしょう。台座から聖剣を抜く直前の記憶はハッキリとしていますから」


 台座から聖剣を……。

 話だけなら、ザ・ファンタジーの瞬間だな。


 こんな話をしている時でも、その瞬間を見てみたかったと思うのは、男のサガだな。


 しかし、気になることを言っていたな。

 リヴィアの記憶についての話だ。


「聖剣を抜いてから今までの記憶が無い。つまり聖剣を抜いたその時からリヴィアは勇者になったのか」

「そう……ですが、聖剣を抜いた後の記憶も少しあります。特に、家族とすごしている記憶が」


 その話だと、聖剣を抜き、勇者になってからの記憶を全て失ったわけじゃないのか。


「少し整理すると……つまり、リヴィアは“勇者になってからの記憶”じゃなくて“勇者としての記憶”が消えているって事か」


 俺が今は“魔王の矛”としては振舞っていないように、リヴィアも“勇者”では無かった時があるという事か。


 もしあの光玉が俺の魔王の矛としての記憶を消していた場合、俺はエルフェンリル戦争からの記憶を失っていたという事になる。


 まあ、俺は魔王の矛として振舞った時間は少ない。


 もし記憶を失っても、失った記憶の時間を合計は半年にすら満たないはずだ。


 しかし、リヴィアは違う。


 この3年の勇者の活動からもわかるように、多くの時間を勇者として過ごしたリヴィアはほとんどの記憶が消えているはずだ。


「覚えている限り、私は騎士の訓練を受けていました。おそらく、その後魔族と戦う事で家族が暮らしていけるだけのお金を得られるようになったのでしょう」


 となると、リヴィアが勇者としてあそこまでの力を身につけたのはたった3年……。


 いや、魔王の矛が最初に殺された時のことを考えれば1年にも満たない。


 正直、戦いの才能に関しては化け物だな。

 人族の枠に収まるような人間じゃない。


 昔、一緒にいた頃もそうだった。


 火、水、土、風、どんな属性のどんな魔法も教えれば2度目には完璧に使えるようになっていた。


 そのリヴィアを見て、俺は自分に欠片も才能が無い事を改めて自覚させられたのだから。


「……つまり、リヴィアがリマリア王国を頼れないのは、勇者として戦えないと、お金が稼げないからか」


 思ったよりも……現金な理由だな。

 いや、悪くいう気は無い、むしろ当然すぎて納得した。


 リヴィアが俺をここに連れてきたのは、レガリアを見せる事でエルフェンリル家のことを説明しやすかったからだろう。


「……それに、私にとっては都合が良かったのでしょう、お金を得ながら、魔族への復讐ができたのですから」

「魔族と戦えばお金を稼げて、お金を稼ぐために魔族と戦う。……まあ、リヴィアにとってはいい事だけだな」

「他にもお金を得る手段はありました。それでも騎士になる事を選んだのは魔族と戦うためです」

「あー……、そうなのか」


 他の選択肢があっても魔族への復讐を選んだわけか。


 もし、他の仕事の方がお金を稼げても……。


 いや、勇者以上に稼げる仕事はそうそうない、リマリア王国の賃金なんて知らないし、考えるだけ意味が無いな。


「私にラウディオを叩く資格なんてありませんでしたね」


 リヴィアが俺の顔……というか頬を見てくる。

 リヴィアに殴られ、青痣ができた頬を。


「ラウディオが戦争でリマリア王国と戦ったように、私はこの復讐心に従い、3年も魔族と戦っていたのですから」


 リヴィアは「ごめんなさい」と謝り、俯いてしまう。

 たしかにリヴィアに大事な人が殺された魔族もいる。


 リヴィアが殺したのは魔王の矛だけじゃない。

 戦いの中、魔王の矛の部下も殺されている。


 魔族と関係を断っていたが、俺は魔王の矛の1人だ。


 勇者の対策会議に強制的に出席させられた時、魔王の矛の中にも勇者を憎んでいる者はいた。


「だけど、俺は大事な人を殺されていないからな」


 、俺の小隊の人達がエルフェンリル戦争ではなく、リヴィアと戦って殺されていたら、俺はリヴィアを憎んでいたかもしれない。


「私の魔族への復讐は……いつか私に返ってくるのかもしれません、私がそうしたように、誰かが私を……」

「言い続ければきりがないぞ、それに、俺はエルフェンリル戦争で殺した誰かが復讐に来たとしても、おとなしく殺されてやる気はない」

「どうして、そう思えるのですか?」

「俺はあの人達に『生きてほしい』と言われたからな、それを曲げる気はない。リヴィアは今その誰かが来たとして、おとなしく殺されてやるのか?」


 俺の問いに、リヴィアは虚空を見詰めて少し考えた。


 俺達の間に無言の時間が流れる。


 そして、黙ったままでいる事数分。

 答えが出たのか、リヴィアは顔を上げた。


「いいえ、私は家族のためにも死ぬ事はできません。私が死んでしまえば、ニアもお母様も、シリンも生きていけませんから」

「なら、そう言う事だ」


 あとは、その自分の意思をどれだけ貫けるのか。


 そのための力がどれだけあるのか。

 それが重要になってくる。


「……ええ、そうです、気を落としてなんていられません、家族のためにも早く記憶を取り戻さなくては!」


 リヴィアは気合を入れると、立ち上がった。

 そして、俺へその決意に満ちた顔を向けた。

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