06話 勇者だった者の想い


 人族の国の一つ『リマリア王国』。

 そして、魔族の国『魔国サタナスヘルク』。


 両国は、はるか昔から争っている。

 比較的落ち着いている現在も、小規模の争いは何度も起こっている。


 そして、戦争にまでなった最後の戦いは3年前。


 叡王歴えいおうれき753年~754年の事だ。


 “エルフェンリル戦争”と呼ばれているその戦いでは、リマリア王国のレガリアと呼ばれていた都市が滅び、戦争は終わった。


 歴史的に見ても、リマリア王国が魔族に敗北したのはかなり久しい事だった。


 ――この世界の戦争は、魔力、魔法が戦争の主軸だ。


 リマリア王国は大国にふさわしい圧倒的な人の数と、高度な文化力によって魔族の国魔国サタナスヘルクと戦ってきた。


 リマリア王国――人族は圧倒的に人口が多い。

 リマリア王国だけでも魔族の総人口と並ぶほどだ。


 一方、魔国の強みは『多様性』だ。


 各種族は決まった特徴を持つ種族で構成されているのに対し、魔族には種族として定まった特徴がない。


 牛のような人間の部族。

 樹木のような人間の部族。


 外見から生活様式まで異なる部族の集まり。

 それが魔族、その魔族の国が魔国サタナスヘルクだ。


 魔族とはのことを指す言葉でもある。


 しかし、元々一つの種ではないせいか、魔族は各の我が強く、協調性に欠けている。


 その我の強さは戦争でも如実に現れ、他部族の指示に従わない者、手柄を立てようと先走る者が現れていた。


 魔族の統率力は人族に遠く及ばない。


 リマリア王国はその統率力の低さを的確につくことで、永年繰り返し行われる戦争で勝利をつかんできたのだ。


 では、なぜエルフェンリル戦争で敗北したのか。


 戦死したエルフェンリル家の当主が無能だったのか?

 それは違う、その当主は過去最高といわれるほど優秀だった。


 盤上がひっくり返ったのは、戦争の中盤。

 魔族の一小隊がリマリア王国の予想を超える統率力で戦場に特攻を仕掛けたのだ。


 その予想外の特攻により戦況は乱れ乱戦へと陥った。


 乱戦となれば魔族の方が強い。

 魔族は特攻の勢いにのり、レガリアを陥落させた。


 その後も勢いに乗ろうとした魔族だったが、エルフェンリル家当主の決死の策によってそれは阻まれる。


 魔族の特攻と同じく、命を懸けた策で時間を稼いだリマリア王国によって魔族も攻める好機を失ったのだ。


 攻める好機を失った魔族。

 レガリアを失ったリマリア王国。

 こうしてエルフェンリル戦争は幕を閉じた。


 ――そして、戦争から3年後の今。

 俺とリヴィアは、エルフェンリル戦争によって滅びた廃都市レガリアにやってきた。


 灰色の都市。

 俺達が歩くレガリアは、そう呼ぶに相応しかった。


 広く、高く、大きい都市だが、音がない。


 大通りを行き交う馬車の車輪の音も。

 客入れを行う店主の声も

 子供が走り回る足音も、何もかも聞こえない。


 3年前の戦争の成れの果てがこの都市レガリア

 そして、リヴィアの故郷か……。


 俺を連れてきたリヴィアは、屋台の骨組みを見て小さく笑ったり、水が出ない噴水を泣きそうな表情で眺めている。


 昔の事を思い出しているのだろうか。

 3年前まで、豊かだったはずのレガリアの事を。


 そうして正門に入ってから無言で街並みを眺めていたリヴィアだが、10分ぐらい経つと俺の方へ戻ってきた。


「ごめんなさい、少し懐かしくて……」

「謝らなくていい」


 リヴィアは「ありがとうございます」と小声で言うと、寂しそうな表情を切り替えた。


「……では、なぜ記憶を戻すのにリマリア王国を頼れないのか、理由を――」

「その前に、1ついいか」

「えっ、あっ、はい」


 俺はレガリアに来た目的の話を遮った。

 これからその話をされるのはいい。


 だが、それは俺の話の後だ。


 その話をするのなら、俺はリヴィアに言っておかなければならない事がある。


「3年前、エルフェンリル戦争には俺も参加していた」


 そう言うと、リヴィアは俺から目を逸らした。


「それは……ですが、私はラウディオの事を憎く思っていませんよ、ラウディオはラウディオです」

「……ああ、ありがとう」


 友達だから、とそう言ってくれる事は嬉しい。

 だが、だからこそ言わなければならない。


「エルフェンリル戦争で、魔族の一小隊がレガリアに特攻を仕掛けた事で戦線が崩れ、リマリア王国が敗北に至った事は知っているか?」

「…………知っていますよ」


 リヴィアの声が、低く重く変化する。

 そりゃ自分の故郷が滅びた経緯を聞かされていい気分なわけがないよな。


 俺は目が合わないリヴィアを見つめ、言わなければならない事を口にするために、大きく息を吸った。


「その小隊は、俺の小隊だ」


 瞬間、リヴィアと目が合った。


 リヴィアは驚いた表情で俺を見たが、すぐにその顔が怒りと憎しみを含んだものへ変化していった。


「俺の小隊がレガリアに特攻を仕掛け、城壁を破壊した」


 リヴィアが俺の方へと歩いてくる。

 足音を鳴らし、地面に足を叩きつけるように。


「結果、戦争は魔族が勝利することになった」


 そして、目の前まで来たリヴィアが俺の胸倉を掴んできた。


 リヴィアの背は俺よりも低い。

 服と一緒に体が引っ張られ、視線が強引に下げられる。


 その力は勇者の記憶を失ったとは思えないほど強い。


 そして、その顔はあの戦いで見た勇者の顔と一緒だった。


「貴方がッ!」

「つまり、レガリアが滅びた原因は、俺が――」


 ッッ――!!


 一瞬、意識が暗転する。

 気がつくと、俺は家の壁にめり込んでいた。


 元々立っていたはずの場所を見ると、手を振りぬいた姿のリヴィアだけが立っていた。


 ……頭がふらつく。

 瓦礫を背もたれにしたまま動けそうにない。


「あの戦争で、私は父と兄を失ったのですよ! それを……ラウディオ! 貴方のせいだと!?」


 リヴィアが吹っ飛んだ俺のところまで来ると、馬乗りになって胸ぐらを掴んできた。


「父親と、兄が死んだのか……」

「お父様は城レガリアを守るために、お兄様は……は、戦争の責任をとって……!」

「っ!?」


 今、エルフェンリル家の当主、と言ったのか。

 つまり、リヴィアはエルフェンリル家の……娘!?


「ラウディオ、それを貴方が、貴方が……!」


 殺意の視線が俺の目を貫く。

 かつての勇者と全く同じ殺意と、目が合っていた。


 ……そうか、リヴィアが勇者になったのはエルフェンリル戦争で家族を失ったからなのか。


 たしかにリマリア王国の勇者が活動を始めたのはエルフェンリル戦争の後だった。


 戦争の敗北を機に、リマリア王国が切り札を切ったのだと思っていたが、切り札はあの戦争によって生まれたのか。


「……ごめん」

「そんな謝罪をされたところで!」


 リヴィアの拳が頬に叩き込まれる。

 口の中が切れたのか、血の味がする。


「ッッッ……!」


 リヴィアは肩で息をしながら、もう一度拳を握った。

 俺は拳の痛みに耐えるために歯を食いしばる。


 しかし、再度振り下ろされたリヴィアの拳の力は弱く「トン」と静かに俺の胸を叩いただけだった。


「なぜ、私にそれを言ったのですか」

「言うべきだと思ったからだ」

「わざわざ言う必要はなかった! そのまま隠していればよかったでしょう! ……そうすれば、ラウディオにこんな想いを抱かずにいられたのに……」


 なんてお人好しなんだ……。

 まさか、あんな怒りを抱いた相手に対してそんな事を思えるのか。


 今まで抑えきれないほどの殺意を見せていた人間とは同じとは思えない。


 なおさら、変なことを言うべきじゃない。

 リヴィアに対しては真摯に、真正面から答えよう。


「リヴィアが俺にとって大切な人だからだ」

「えっ……」

「この世界で俺が信頼している人は少ない、エルフェンリル戦争で失ったからな。だから、数少ない1人のリヴィアにはこの事を黙ったままでいたくなかった」

「……私はリマリア王国の人間ですよ」


 何を今更。

 それは、リヴィア自身が否定してくれた事だ。


「それは関係ない、俺にとっちゃ魔族もリマリア王国の人間もそう変わらない。魔族の人間に殺されそうになっているのはリヴィアも見ただろ?」


 魔族全てが俺を殺そうとしてくる訳では無い。

 好意的に接してくれる人もいるし、いた。


 だが、俺を奇異な目で見る人の方が圧倒的に多いのだ。


 そう考えてしまうと、何もされていないリマリア王国の方がまだマシなのかもしれない。


「…………」


 リヴィアは俺が魔族だと知った時のように、ジッと目を見つめてくる。


「お父様を殺したのは、ラウディオです?」

「いいや、違う」

「では、ラウディオの小隊の誰か?」

「それも違う、あの人達は魔族が勝利するキッカケをつくった後、死んだ。リヴィアの父親とは関係ない」

「……そう」


 質問に答えると、リヴィアから殺意が消えた。

 そして、俺に馬乗りなったまま視線を町の方へと向ける。


「……かつて、このレガリアは王都にも負けない程発展していました」

「ああ」

「技術が行き交い、多くの人が暮らしていました。……しかし、あの戦争で、エルフェンリル家当主のお父様が軍を率いて魔族と戦いましたが……戦争に敗北し、お父様は戦死しました」


 エルフェンリル戦争について話し始めたリヴィアに、俺はただ頷きを返した。


「お父様が戦死した後、お兄様が代わりに領主の地位に着きましたが、お兄様はすぐに戦争の責任をとることとなりました」

「…………」

「わかりますか? お兄様の領主としての仕事は死ぬ事だったのです」


 リマリア王国はエルフェンリル家に魔国との戦争を任せ、エルフェンリル家はその戦争で敗北した。


 エルフェンリル家はその責任を取る必要がある。


 だが、当主は戦争によって亡くなっている。

 戦争の責任を取る人は、別に必要になった。


 それが当主の子供、エルフェンリル家の長男というわけか。


 貴族の長男となれば、徹底した教育をされる。

 生き方、話し方、歩き方、考え方に至るまで。


 その教育の果てが、責任を取って死ぬ事。

 残酷な話だが、この世界ではありえない事ではない。


 そういうものなのだ、この世界は。


「お兄さんは逃げなかったのか?」

「逃げませんでしたよ」


 そのリヴィアの声に、兄への誇らしさと、怒りがあるように聞こえた。


「これが私の仕事なら、エルフェンリルの名を持つ者としてその仕事を受け入れるといって命を捧げたのです」

「……そうか」

「しかし、領地の運営ができる者がいなくなった“エルフェンリル家”は爵位を失いました」


 あの戦争での、俺の小隊の特攻。

 あれがエルフェンリル家の終わりに繋がってしまった。


「故郷を滅ぼされ、父と兄すら失った。……私が勇者になったのは、この怒りと憎しみも理由の一つなのでしょう」


 そう言うと、リヴィアは立ち上がって俺に手を差し出してきた。


 ……マジか、何を考えているんだ?


 俺がその手を握っても抵抗される事はなく、俺はリヴィアに引っ張られて立ち上がった。


「でも、いいです、ラウディオは許してあげます!」

「……どうしてだ?」


 俺への怒りや憎しみはあるはずだ。

 それこそ、勇者になるだけのものが。


「エルフェンリル戦争が起こる前、ラウディオと会っていた1年間で、私はラウディオに救われているんですよ」


 リヴィアが小さく笑った。


「そんな事あったか?」


 あの1年、リヴィアとはただ一緒にいた記憶しかない。


 俺の1人暮らしに誰かとの関わりをくれたリヴィアにはこっちが感謝しているぐらいだ。


 しかし、俺が覚えていないというと、リヴィアは「えっ」と驚いたような顔になった。


「教えません、話すのはちょっと恥ずかしいですから」

「そう隠されるとより気になるんだけど?」

「いいんです! とにかくラウディオの事は気にしていないので、ラウディオもそのつもりで!」


 そう言う割には頬に青痣ができているけどな。

 自己治癒で治しているが、それでもかなりの力だった。


 だが、それだけの事をした自覚はある。

 それに、リヴィアにとってもそう割り切れる事じゃないのだろう。


 だからこそ、気にしていないと言いながらも俺の小隊のせいで戦争に負けた事を知った時は俺を殴ったのだろう。


「さて、話が逸れてしまいましたが、私がリマリア王国を頼れない理由を話し――」

「どうした?」


 レガリアまで来た理由。

 今度こそそれを話そうとしていたが、今度はリヴィアが言葉を止めた。


「落ち着ける場所で話しましょうか」

「落ち着ける場所?」

「はい、少し歩きますが、あそこです」


 リヴィアが指さしたのは、俺達がいる大通りのかなり先だ。


「あの一番大きな家が見えます?」

「あの城みたいな家か」

「私の家です、あそこに行きましょう」


 えッ――!?


 いや、エルフェンリル家は元辺境伯の貴族だ。

 あんな大きい家でも不思議じゃないのか。


「わ、わかった、少し体も休めたいからな」


 こうして、ひと騒動ありながらも、俺とリヴィアは大通りの先にあるリヴィアの家に向かった。

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