05話 私は勇者?


 3日間。

 想像の3倍の日数がしていた事に驚いていると、リヴィアが説明を再開した。


「この3日間、自分の事を考えていました。私には勇者の自覚が無い、しかし、ラウディオや私達を襲った魔族、そして――」

「勇者様! 失礼します!」


 勢いよく部屋に入ってきたのは髭を蓄えた初老の男性。


「お食事をお持ちしました! 勇者様!」

「そ、村長さん、ありがとうございます」

「テーブルに置きますね!」


 満面の笑みを浮かべながら、男はトレイにのっけた皿をテーブルに並べると、俺を見て「おお!」と声を上げた。


「ラウディオ様、お目覚めになったのですね!」

「あ、ありがとうございます」


 俺の名前……リヴィアが言ったのか。


 まあ、それはいい。


 それに、この人が死ぬかもしれなかった俺の傷を治してくれたのだ、警戒はするが感謝はしないとな。


「勇者様の恋人は大変だと思いますが頑張ってください、陰ながら応援していますよ……!」

「恋……恋人?」


 身に覚えのない話に言葉を繰り返す。


 リヴィアを見ると、唇を結び、俺から視線だけを逸らして顔を赤く染めていた。


 しかし、説明をしてもらう為にじっと見ていると、諦めたのか赤く染めた顔で耳に顔を近づけてきた。


「魔族だと気づかれないようにそういう事にしています私達の関係を説明するには都合よかったので!」

「わ、わかった、分かったって」


 その嘘のおかげでこうして休めている。

 恋人でも、家族でも、奴隷でもいい。


 そう思っていると、俺のお腹が誰の耳にも聞こえる程大きな音を鳴らした。


 そういえば、3日ぶりに目を覚ましたんだったな……。


 リヴィアとの戦闘から何も口にしていないし、料理の匂いが今までにないほど美味しそうに思える。


「どうぞどうぞ、お食べください」

「あ、ありがとうございます」


 正直、遠慮できないお腹の空き具合だ。


 俺はテーブルの上の料理を手に取り、口に運ぶ。


 一口食べるとさらにお腹が空いていき、口の中にかきこむように料理を食べていった。


「では、何かあれば申しつけ下さい、勇者様の為ならば、私にできる限り何でも! しますので!」

「はい、ありがとうございます」


 そう言って村長が部屋を去って行く。


 すると、村長が部屋を出ていくのを見送ったリヴィアが少し困ったような表情で振り返った。


「……こういう事です。リマリア王国の人がこの剣や鎧を見て勇者だと言ったのです。いくら私に記憶が無いとしても、そこまで違うと言い張る気にはなりませんでした」


 そういう事か。


 リマリア王国の人間にまで「勇者」と言われ、俺やバーレア達の言葉が嘘ではないと思ったのだろう。


「そこで、目を覚ます前の事を思い出そうとしたのですが……」

「ど、どうした?」


 ふと、リヴィアに手を握られた。


 必然的に食事の手も止められてしまう。

 だが、リヴィアの様子を見るととやかく言う気にはならなかった。


「なにもないのです。――いえ、あるのはわかるのですが、靄がかかったように何も見えなくなる。勇者、聖剣、その事を考えた時だけ!」

「リヴィア……」

「私は、勇者。でも、記憶はなくて……!」

「勇者に関する記憶だけピンポイントで……か」


 そうか、自覚したからか・・・・・・・


 森の中では自分が記憶を失っている自覚がなかったから、平然としていた。


 だが、本人の言葉通り、本来ならあるはずの記憶を思い出そうとした時だけ、自分がわからなくなる。


 自分を形成する一部が消えている感覚。


 俺はリヴィアのようになっていないため、どういう感覚なのかはわからないが、それが“怖い”という事はわかる。


「……大丈夫か?」


 そう聞くと、腕を握る力が強くなった。

 握り潰されると言ってもいいぐらいの力だ。


「大丈夫、ではないです」

「でも、そのままでいるつもりはないんだろ?」

「しかし、どうすればいいのか……」


 たしかに、失った記憶を取り戻す方法なんて考えても思い浮かばないだろう。


 今の自分を不安定に感じ、この先の事もどうすればいいのかわからない、なおさら怖いだろうな。


「ラウディオ……」


 リヴィアの手が、俺の腕から手に移る。

 俺はされるがままリヴィアに手を握らせた。


「なんだ?」

「記憶を取り戻すの、協力してくれませんか?」

「……えっ」


 本気の予想外の声が思わず漏れた。

 まさか、俺がそれを頼まれるとは思っていなかった。


「俺は魔族だぞ? 協力すると思うのか――って、それ以前に俺にそんな事を頼めるのか?」


 リヴィアが勇者なら、戦った時に見せた勇者のあの怒りと憎しみもリヴィアが抱いているものだ。


 魔族の俺に対し並々ならぬ感情を抱いているだろう。


 普通、そんな相手に頼めるか?


「頼めますよ、ラウディオは魔族である前に友人ですから」


 サラッと、何でもないようにリヴィアは言った。

 その言葉に、俺は自分の顔がにやけるのを止められなかった。


 気恥ずかしいが、嬉しかったのだ。

 あの怒りと憎しみを見せた勇者のリヴィアが、魔族の俺にそう言ってくれるのが。


 ――ああ、そうか、そういうことか。

 森で俺が魔族だと気づいた時、あの反応はそういう事だったのか。


 俺を魔族だと知りながらも、リヴィアは俺と友人であること選択してくれたのか。


 さて、そうなるとあとは俺の気持ちの問題だ。


 普通ならリヴィアが俺に頼まないように、魔族の俺だって勇者の記憶を取り戻す事はありえない。


 勇者は魔王の矛を4人も殺した魔族の敵。

 そして、俺も殺されかけたからな……。


「……それに、私には、ラウディオしか頼れません」

「そんな事ないだろ、リマリア王国を頼れば、そう時間はかけずに記憶も戻るんじゃないのか」


 リマリア王国は世界有数の大国だ。

 その技術力も、人の数に比例してかなり高い。


 勇者が記憶を失ったままとなれば、リマリア王国は魔族への大きな手札を失う。

 死力を尽くしてリヴィアの記憶を取り戻すはずだ。


 そうなると、そもそも俺が手伝う必要すらない。


「説明……難しいです」


 俺しか頼れない理由。

 そして、リマリア王国を頼れない理由。


 それはあるが、説明が難しいのか。

 たしかにリヴィアは昔から説明とかそういう事は苦手だったな。


「私の故郷に行きましょう。イリスト村から近い上に、そこならその理由もうまく説明できます」


 故郷か……。

 リマリア王国にいると魔族だと気づかれた時が怖いが、幸いそこは何とかなるか。


「わかった、まあ、故郷に行けば何か思い出せるかもしれないからな」

「……そう、かもしれませんね」


 少し歯切れが悪く、リヴィアは頷いた。


 まあ、友人といっても俺は魔族だからな。

 いくら友人として俺を信用しているとはいえ、その理由とやらを説明するのが少し怖いのだろう。


 俺がリヴィアを見捨て、勇者が記憶を失い力を発揮できなくなった事を魔族に言う事は十分にありえる。


 というか、普通の魔族ならそう行動する。


 だが、俺はリヴィアの記憶を戻す事に協力するのは後で決めるにしろ、魔族に今の勇者の状態を言うつもりはなかった。


 なぜか?

 それは、リヴィアの記憶を消した“誰か”と関係している。


 今のリヴィアは特に考えていないみたいだが、リヴィアの勇者の記憶は“誰かの意図”で消されたのだ。


 そして、その誰かはおそらく魔王だろう。


 人の記憶を消す魔法道具なんて国宝級だ。


 それを使える人間がバーレアを差し向けたのなら、それが誰なのか想像するのは簡単だ。


 勇者の記憶を消し、殺そうとした理由は単純。

 人族最強とまで言われていたリヴィアを確実に殺すためだろう。


 だが、それを俺に阻まれた。


 おそらく魔王にとっては俺が勇者と戦って生きている事も・・・・・・・リヴィアの味方・・・・・・・をした事も・・・・・予想外だったはずだ。


 つまり、元々俺の生死はどうでもよかった。

 そもそも魔族側は知れるはずがない勇者の記憶を消すには、その動向を把握する必要がある。


 だが、魔族が勇者の動向を知れるわけがない。

 しかし、動向がわからないなら道標を用意すればいい。


 魔国サタナスヘルクの辺境で暮らす魔王の矛。

 その称号を持ちながら、死んでも不都合のない人間。


 俺はその2つの条件を満たしている。


 勇者をおびき寄せる餌として利用されたのだ。


 3年前の戦争と同じだ……クソが。

 2度も同じ事をされたんだ、黙ったままではいられない。


たとえそれが魔族への裏切りだとしても、俺は同じ事を繰り返す魔族に得になることをするつもりは一切なかった。


「ラウディオ? どうかしましたか?」

「んあっ、いや、何でもない」


 黙って色々考えていたせいで変に思われたか。


「出発は明日でいいか?」

「ラウディオが大丈夫です?」

「大丈夫だ、体はもう何の問題もないからな」


 俺は両腕を立て、マッスルポーズを見せる。

 リヴィアが笑うと、俺は食事を再開した。


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