04話 勇者だった者の現実


 生きている意味が無いと、言われた事がある。


 そして、意味が無いとも思った。

 だが、気を許せる仲間と出会う事が出来た。


 彼らと一緒なら、生きていたいと思えた。

 だが、彼らは自分のために死んだ。


 仲間を失い、再び生きている意味を失った。

 だが、彼らは最後に俺が生きる事を望んでいた。


 だから、それを望むなら、俺は生きるべきだと――。


「…………どこだ、ここ」


 眠りから目を覚ますと、木造の天井が見えた。

 小屋……いや家か。


 あの世って感じじゃ……ないよな。

 まさか、生きているのか、俺!


 魔力を使い切り、お腹も貫かれた。

 正直、諦めかけていたんだけどな。


 だが、よかった。


 これで、まだあいつらの分も生きていられる。


「ラウディオ!」

「おふっ!?」


 突如、肺に衝撃が走り空気を吹きだす。

 目を覚ました傍からなんだ……!


「エホッゴホッ……えあっ、リヴィア!?」


 俺の体にタックルをかましてきたのは、リヴィア。


 リヴィアは俺の身体に頭から突っ込み、銀色の瞳で俺を見つめていた。


「あ、あの、リヴィアさんやい?」


 俺を殺しかけた顔が目の前にあるのだ。

 心臓がキュッと締めつけられる。


 間近の銀色の瞳が刃の輝きに見えてしまう。


 頼む、頼むから今すぐ離れてほしい。


「……助けてくれて、ありがとうございます」

「気にするな、とりあえず離れてくれないか?」

「私、殺されていたかもしれません……」

「リヴィアならなんとかなったさ、ねえ離れない?」

「ラウディオがいなければ……」


 お礼を言われる事じゃない。

 リヴィアならあいつらの相手ぐらい楽勝……。


 と、思ったが、ふと思い出す。


 ……そういや、バーレアの魔法をまともに受けていた。


「ならないのか?」

「はい」

「そっ……か」


 多分、今のリヴィアは勇者のような力はない。


 いや、言い方が違うな。


 正確に言えば、リヴィアは勇者の記憶を失い、記憶を失った事で戦い方も忘れてしまったのだ。


「んっ? いや、でも、そのあと……」


 ブルーリアを殴り飛ばしたよな?


 あれはどう説明……?

 そういえば、今のリヴィアはあの鎧を身に着けていない。


 腰には聖剣をかけているが、服はどこにでもいるような普通の村娘の服だ。


「私は、勇者……なのだと思いますが、その力の使い方がわかりません。それに、ここ3年の記憶も、失って……」

「記憶を失った自覚があるのか?」

「はい」


 はい、って返事をする事じゃないぞ?

 それに、記憶喪失って普通そうじゃないよな。


 ドラマやアニメでも、記憶喪失の人が「私、記憶が無いんです!」なんて言っているのは見た事が無い。


「なんかいろいろ疑問が湧くな」


 勇者の力が使えない?

 だが、ブルーリアを殴り飛ばしていた。


 勇者の記憶がない?

 だが、勇者の記憶を失った自覚はある。


「んん~?」


 それに、リヴィアは自分が勇者じゃないとも言っていた。


 つまり、記憶を失った自覚はなかったはずだ。


 バーレアが記憶を失っていると言ったからか?

 それで記憶を失ったことを自覚したのか?


 ……いや、それも違う気がするな。

 それを自覚するだけの事があったという事か?


「俺が気絶した後、何があったのか教えてくれるか? リヴィアが記憶を失った事を自覚した経緯も知りたい」

「はい、元々話すつもりでしたから」


 真剣な顔で、リヴィアは頷いた。

 昔はあまり見なかった、真剣な顔だ。


 リヴィアはベッドの脇のテーブルに置かれていたコップの水を飲むと、俺の目を真っ直ぐに見た。


「まず、ラウディオ倒れた後、この村の人が私とラウディオを村に運び、傷を癒してくれたのです」

「親切な人がいるもんだな」

「それは……はい、ですね」


 なんだ、少し物を含んだ言い方だな。


 あっ、そうだ、傷って言うなら……。


「足は大丈夫か?」

「この通り」


 リヴィアはロングスカートをたくし上げ、俺に見えるように脚を晒した。


 太ももまで見せた脚には火傷痕はない。

 “治癒魔法”だな。


 『魔法』とは、魔力によって生み出す現象だ。

 魔法はリヴィアの火傷のように傷を治すだけではなく、炎や風も起こす事ができる。


 『魔力』はその魔法の源にもなるエネルギー。

 魔法は魔力量によっては失った腕を元に戻す事も、大嵐を起こす事もできる。


 そのままリヴィアの脚を見ていると、恥ずかしくなったのか顔を赤らめながらスカートから手を離した。


 ……残念。


「そッ、そう言う事です、ラウディオはどうですか」


 リヴィアに言われ、包帯を巻かれた自分の体を確かめる。


 お腹の傷……塞がっているな。

 他の傷も大丈夫そうだ。


 勇者との戦いの後、感覚がなかった右腕も動かせる。


「傷は何の問題ないな、少しだるいけど、魔力を使い切った後遺症みたいなものだ」


 魔力が回復すれば、このだるさも何とかなるはずだ。


「そうですか、よかった……」

「それで、傷を治してくれた人っていうのは?」

「イリスト村、の村の村長です」

「リマリア王国か」


 今、俺はリマリア王国の村にいるのか。


 まだまだ体の調子も悪いし、アリの巣に落ちたミミズの気分だな。


「ラウディオが魔族というのは気づかれていないです、その短い角なら大丈夫だと思いますが、隠してくださいね」


 その角なら大丈夫ってお前な……。


 いや、たしかにそのおかげで魔族だと気づかれず、傷も治してもらったんだろうけど……なんかこう、複雑だ。


「ラウディオ?」

「なんでもないやい!」

「……? とにかく、傷を治してもらって、この部屋も貸してもらい、今日で3日目です」

「3日!? そんなに!?」


 魔力の回復量からしてせいぜい1日だと思っていたのに、そんなに時間が経っていたのか!?


 俺は予想外の時間の経過に、体のだるさも忘れてリヴィアに迫っていた。

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