03話 魔族の刺客
……………………は?
「お前なんで、そんな……!?」
思わずリヴィアに駆け寄ると、リヴィアは心臓が震えているような呻き声を上げながら俺を見た。
演技じゃない。
その痛みに呻く姿は本物だ。
ありえない……勇者だろ!?
今の攻撃が通るなら、俺はお前に勝っていたはずだ。
「お前はそいつと戦ったみたいだからな、違いがよくわかるだろ! 今のそいつはもう勇者じゃない! 勇者の記憶を失っているんだよ!」
バーレアが嘲笑するように笑うと、後ろの2人の魔族も歯茎を見せて俺を見下した。
勇者の記憶を失っている?
そんな事できるわけ――と、口にしかけるが、リヴィアの焼けた脚に目がいった。
何も防げていない。
モロに攻撃を受け、倒れ、痛みに呻くリヴィア。
バーレアの爆発魔法を避けられなかった事が、今のリヴィアが勇者では無い事を証明していた。
本当に記憶が……まさか、リヴィアが自分を勇者じゃないと言っていたのも記憶を失っているからなのか?
ありえないと否定したいが、それなら説明はつく。
「バーレア、お前最初に『ここにいたのか』って言ったな。俺達がここに表れる事を知っていた……あの光の玉もお前達の仕業なのか?」
「なんの事だろうなぁ」
肯定はしない。
だが、その態度は「そうだ」と言っているのと同じだ。
そもそも魔王の矛の1人のこいつが、勇者が記憶を失ったという今、都合よく現れるわけがない。
間違いなくこいつが仕組んだ事だ。
だが、それだけでは無いような気もする。
少しの思考の時間を経て、俺は答えを導き出す。
「……魔王の矛でも、人間の記憶を消す魔法道具なんて持っているわけが無い。そもそもお前、そういうタイプじゃないしな。誰に協力……いや、誰の差し金だ?」
「…………」
そう聞くと、バーレアは口を閉じて俺を睨んだ。
無言――だが、俺はそれによってある答えが思い浮かんだ。
「やっぱり……!」
「もういいですよね、バーレア様、これから死ぬこいつとこれ以上話す必要はありませんよ!」
バーレアの隣にいた魔族の1人が前に出た。
「……誰? お前」
「なっ!」
いや、誰だこいつ。
なんか俺のことを知ってる風に話しているが、知らん。
あっ、いや、なんか見覚えがある気もするな!
なんか、バーレアの後ろでギャーギャー騒いでいた奴がいたな。
「っ……勇者はお前の後だ、ラウディオ!」
くるか……!
刃のような爪を立て、突っ込んでくる。
俺の目にはその動きがはっきりと見えていた。
この程度なら今の俺でも避けられる。
なんならカウンターで……っ!?
そう思い魔力を練り上げた瞬間、体に激痛が走った。
「っんだ、これ……っ」
鈍く響くような痛みが全身を回ったような、まるで毒にでも侵食されたかのような感覚。
魔力不足じゃこんな事にはならないぞ……!?
激痛によって、回避も防御も迎撃も出来なくなる。
結果、俺は見えていたはずの攻撃を避けようとすることすらできなかった。
「ぐっ……」
腹に深々と爪が突き刺さり、赤いシミを作っていく。
後ろから見れば、俺の横腹から5本の刃が飛び出ているだろう。
「ラウ、ディ……!」
「ふっ、やはりお前なんてこんなものだ! 魔王の矛と呼ばれる実力もない!」
ただの自己治癒じゃ間に合わないか……!
まさかこんなやつに重傷をもらうなんて思わなかった。
「名ばかりの役ただずが! お前はあのゴミ達と一緒に死ねば良かったんだよ!」
「ゴミ……!?」
“ゴミ”。
誰をそう言ったのかわかった瞬間、魔力が煮えた。
腹の底から熱が湧き、お腹の傷の痛みが気にならなくなる。
「お゛い」
俺は男の喉を掴み、強引に体を持ち上げた。
腹部に刺さった爪が抜けるが、後で治せばいい。
持ち上げた手に力を込め、首を握りつぶすように締め上げる。
「アガッ、ゴォッ……」
「そもそも誰だよ、お前」
バーレアに引っ付いて虎の威を借りている奴に侮辱されるほど、あいつらは安くない。
「ラッ……」
痛いのか、苦しいのか。
涙目になりながらも俺を睨んでくる。
だから、俺はさらに首を掴む力を弱めてあげた。
すると、当然空気を吸い込もうと口を開く。
だが、俺はその大きく開けた口に向けて全力の蹴りを叩き込んだ。
「森へ消えろ!」
男は顔面を陥没させ、木々を巻き込みながら森の奥深くまで吹っ飛んでいった。
「ベッツ! ラウディオ貴様!」
もう1人が、俺へ声を荒らげてくる。
案の定、こいつの名前も知らない。
「お前は? 名前を教えれるのか?」
生憎、知っているのはバーレアだけだ。
「ッ……! お前に名乗る気はない!」
「死ぬからってか? 数十秒前に同じ事を言われたな」
「貴様!」
「落ち着けブルーリア、お前もベッツの二の舞になるぞ。こんなやつ相手にお前まで失う気は無い」
俺を馬鹿にしていても、行動が違う。
さすが、実力で魔王の矛に選ばれただけはあるか。
バーレアはベッツが吹っ飛んだ跡を見て「チッ」と舌打ちをすると、俺へ忌々しそうな視線を向けてきた。
「……面倒だな。その傷も治して生かしてやるからここでの事は見なかった事にしろ、俺達は最低限勇者を殺せればそれでいいからな、お前は見逃してやる」
悪くない提案だな。
勇者から受けた傷、そしてお腹の傷も疼き出したが、何とか唇を噛んで表情には出さないようにする。
「…………」
「さっさと答えろ」
「ああ」
「煮え切らないな、これは譲歩だとわかるだろ?」
……これ以上は、正直無理だな。
今の傷と魔力残量じゃ、バーレアには勝てない。
俺はバーレアから視線を外し、目を閉じる。
俺の中で、何を重要視するのか。
何を大事だと思うのか。
死ぬかもしれない今、それを考える。
……リヴィアがいるからだろうか。
目を閉じてすぐ、瞳の裏に映ったのは4年前の思い出だった。
……まあ、この死に方なら、いいか?
俺は閉じていた瞳を開くと、2人を鼻で笑った。
バーレアにとっては、それだけで十分だったのだろう。
「ブルーリア」
「はい!」
瞬間、ブルーリアが蝙蝠の翼をはためかせ、宙に浮き始める。
「ようやくお前を殺せるぞ! ラウディオ!」
腰の剣を抜き、俺へ向かってくる。
ベッツよりは速い。
だが、それでも普段なら避けられない速さじゃない。
しかし、俺の体は普段とは程遠い。
そうだな、せめて相打ちには持っていくか!
「ラウディオに……」
「んっ?」
ふと、後ろから声が聞こえた。
振り返ろうとはしなかった――というか、その必要すらなかった。
「なにっしてるんです!」
「なっ!?」
疾風一条。
俺の横を風が通り抜けた瞬間、強烈なアッパーカットがブルーリアの顎を貫いた。
「おおっ!?」
思わず感心してしまうほどの鮮やかな一撃。
ブルーリアの体が空中を縦に回転し、森の木よりも上へと吹っ飛んでいった。
「「…………」」
俺も、バーレアも止まっていた。
ボロボロに焼けた足で、あの速度。
全く見えなかった。
ブルーリアを殴り飛ばすまで、横を走ったのがリヴィアだとわからなかったほどだ。
「あうっ」
しかし、リヴィアは俺の前で倒れる。
唇を噛み、焼けた足を抱えていた。
そりゃ、焼けた足であの速さ。
踏み込んだ時の痛みはかなりのものだったはずだ。
だが、倒れたのがリヴィアだからだろう。
俺はバーレアよりも速く、動き出せた。
足元の石を拾うと、俺は走りながら勢いをつけてバーレアの顔面に投げた。
「あがっ、お前っ――!」
そして、体内に残った全ての魔力を2本の指先に魔力を凝縮させ、バーレアに向けた。
指先に紫色の魔力が凝縮し、光を放ち始める。
「くっ……なぜ勇者を助ける! ラウディオ!」
「いやなに、そもそも見逃す気はないだろ?」
ブルーリアが言った事が事実なら、こいつらや裏にいる人間には俺は死んでいた方が都合がいいみたいだからな。
勇者と戦って死んでもよし。
死んでいないならここで殺す。
そのつもりだったのだろう。
「それに、どうせ殺されるならこっちの方がいい」
そう言いながら笑うと、俺は指先に凝縮させた魔力を解き放った。
指先まで凝縮していた魔力は、解き放つと同時に一気に拡大し、バーレアを呑み込んだ。
――
副次的効果の一切ない、ただ破壊するための技。
勇者相手には放てなかった魔力の光線の名だ。
5秒……10秒と経過し、放った魔力が消える。
そして、光が晴れると、森には穴が空いていた。
空から太陽の光が射しこむのに十分な穴が空く。
一気に周囲が明るくなったが、それに反して俺の視界は急に重くなった瞼のせいで一気に暗くなっていく。
くそっ、やっぱり、駄目だ……。
魔力が、もう……逃げる、体力も……。
膝をつきながら攻撃の跡を見ると、バーレアは消えていた。
死んだか、それとも遥か彼方に消え去ったか。
「まあ……とりあえず……これで、いい」
「ラウディオ……!」
焼け焦げた足を引きずり、這いながらもリヴィアが近づいてくるのに気づきながら、俺は意識を失った。
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