02話 勇者の姿をした人間


「その鎧、その剣……それにその顔……!」


 勇者と戦い、負けた。

 そして、死んだと思ったらなぜか生きていた。


 さらに、生きていた俺の目の前にいたのは、俺を殺したはずの勇者だった。


 ……何を言っているかわからない?


 そりゃ、そうだろ。

 当事者の俺だって全くわかっていない。


「ラウディオ?」


 だが、それでもわかる事はある。


 頭の中で、記憶の導線が繋がっていく。

 電源が復旧し、脳が活発に動き始めていた。


 目を覚ましてから重たかった脳が回転し、俺は勇者との戦いで何があったのかを全て思い出した。


 ……結論から言えば、俺は殺されなかった。


 事が起こったのは、俺の首が斬られかけた瞬間。


 俺とリヴィアの目の前に、圧倒的な魔力と光を放つ光の玉が出現し、その光で俺とリヴィアを呑み込んだのだ。


 目を開けているのか分からなくなるほどの光は視界を真白に染め、俺はいつの間にか意識を失っていた。


 そして、目が覚めたらこの森にいたというわけだ。


 ……あれ、けっきょくよくわからないか?

 だが、記憶の通りこれが全てだ。


 リヴィアも眠っていたという事は、俺と同じだ。

 あの光の玉は俺とリヴィアの意識を奪い、この森に転移させた。


 その目的は、勇者に殺されそうな俺を助けるため――というわけではないだろう。


 それなら勇者と同じ場所に転移させるわけがない。


 あの光の玉は、一体誰が、何の目的で、なぜ戦いの最中いきなり現れたのかは分からないし想像もつかない。


 ……だが、今はそれより考えなければならない事がある。


 俺の攻撃によって壊れた兜の下。

 そこにあった、リヴィア――勇者の事を。


 リマリア王国最強の騎士。

 魔族にとっての恐怖の象徴。

 化け物、怪物、天敵……。


 そう称するに相応しい力を持つ、明確な敵。


「お前が勇者だったのか、リヴィア!」


 リヴィアを警戒しながら、そう叫ぶ。


 だが、正直この警戒だって無意味だ。

 次の瞬間には殺されていてもおかしくない。


「違いますが、何言っているのです?」

「……はァ?」


 チガウ? ユウシャチガウ?


 何言ってんのこいつ――って、なんでリヴィアが俺と同じ顔で俺を見ているんだよ。


 間違いなく、こいつは勇者だ。

 そんな嘘が通用すると思われているのか?


「っふざけるな! その鎧と剣がその証だろ!」

「だから違いますって!」

「いっ、いやいやいや! 俺はお前の顔を見たんだぞ!?」

「私は……!」


 リヴィアはあの字のまま口を止め、なぜか聖剣と身に着けている鎧を困惑した表情で見ている。


 なんだ、この表情、どういう事なんだ……!


 リヴィアを見る俺も同じように困惑していた。

 目の前のリヴィアが勇者であることに間違いはない。


 だが、今のリヴィアが勇者と結びつかない。


 ……戦いの中、俺が報いた一矢。

 フルアーマーの兜を壊し、それによって見えたリヴィアの眼。


 殺気だけで押し潰してきそうな程の憎しみが宿った瞳は、思い出すだけでも漏らしそうになる。


 あの瞳。

 あの殺意。


 そのせいで、俺は目の前の人間がリヴィアだとわからなかった。


 あの時のリヴィアの殺気は、それほどだった。


 それなのに、その殺気と今のリヴィアは別人だ。

 そもそも、この森のリヴィアの行動は最初からおかしい。


 なぜ俺を起こした? なぜ俺の心配をした?

 寝ている俺を殺す、それで終わっていた。


 つまり、リヴィアが勇者じゃない?

 いや、だからそれは違う、鎧も剣も顔も……。


「……リヴィア、妹がいたよな、双子か?」

「妹はいますが双子じゃないです!」

「……見分けがつかないほど顔が似てる、とか!」

「そんな事はないです」

「そうかい!」


 ふと湧いた僅かな考えさえ否定される。

 ああもう! 何が何だか本当にわからん!


「くそっ、どういう――」

「でかい声がしたと思ったらこんなところにいたのかよ」

「「ッ!?」」


 俺の声でも、リヴィアの声でもない。

 誰だ?


 草木を掻き分け、俺とリヴィアの前に現れたのは3人。


 短剣のような爪を伸ばした人間。

 蝙蝠のような翼を広げた人間。

 恐竜のように太い尻尾を生やした人間。


 その3人を見た瞬間、リヴィアは歯をギシッと鳴らし、眉間に深い皺をつくった。


「魔族……っ!」

「その鎧に聖剣、お前が勇者だな。そして……勇者と戦って生きていたとは、運がよかったなぁ、ラウディオ」


 人を小馬鹿にしたような口調で話すのは、蠍のような形をした鋼鉄の尻尾を生やした魔族。


 長身で俺を見下し赤髪赤目や鋭い目つきからも、威圧感を発している。


「バーレア……? なんでお前がここに?」


 尻尾を持つ魔族――バーレア。

 そして、バーレアの後ろに立つ2人の魔族。


「そりゃお前……」


 バーレアは俺の問いに対し、笑みを浮かべる。

 相変わらず嫌味な笑みを浮かべ――っ!?


 嫌味な笑みに悪態でもついてやろうかと思ったが、バーレアがあげた右手のせいでそんな余裕はなくなった。


 こいつ、魔法を!?


 バーレアの攻撃に気づき、足に魔力を集める。


 そして、膜を作るように魔力を纏わせた。

 リヴィアは――いや、勇者だ、必要ない。


「勇者を殺すためだよ!」


 バーレアが笑いながらそう言った瞬間、俺とリヴィアの足元が爆発した。


「くっ!」

「キャッ!?」


 爆発の衝撃で土煙が巻き上がる。


 爆発は地面を抉り、炎を散らしたが、魔力の膜を張った俺は傷一つ負っていない。


 しかし、攻撃は完璧防いだものの、一瞬目の前がボヤけ、体から力が抜けそうになった。


 魔力残量がまずいな……、倒れそうだ。

 勝手に瞼が落ちそうになっている。


 頭を振って眠気にも似た目眩を誤魔化すと、土煙が晴れ、バーレアと目が合う。


「よく防いだな、魔法が使えないくせに」

「…………ハッ、魔法が使えてこの程度なら大したことないな、何がしたかったんだ?」


 煽り返すとバーレアは舌打ちをするが、すぐに嫌味な笑みを浮かべ直した。


「だから言っただろ、勇者を殺すんだよ」


 馬鹿か、こいつは。

 俺が防げた攻撃でリヴィアを殺せるわけがないだろ。


 バーレアに呆れながらリヴィアに視線を向ける。


「……は?」


 目を覚ましてから、何度目かもわからない。

 理解不能な事が、目の前で起こっていた。


「ううっ……」


 なぜか、リヴィアは爆発の跡で倒れていた。


 脚の鎧は砕け、爆発の熱で両足とも黒く焼け焦げている。


 兜を壊す事しかできなかった俺が防げた攻撃。


 そのリヴィアが――勇者が、その攻撃でダメージを負って倒れているのだ。

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