01話 最高で最悪の出会い
羽毛の中を漂っているような柔らかい感覚。
どこか心地いい感覚の中、自分が寝ていたのだとわかった。
「――起き――」
誰だ……うるさい、起こすな……。
あと5分……7時になったらちゃんと学校に行くからさ。
「きて――起っ――さい! ラウディオ!」
っ……わかったよ! 起きるよ!
目は閉じているけど起きてるって。
ただ、そのまま夢の中に行こうとしただけだったのに!
俺は仕方なく睡眠を諦め、目を開いた。
「ッ――眩しっ!?」
いったいどれくらい寝ていたのか。
視界に入ってくる光が目を焼くように染みる。
それに、なんだか体がダルい。
視界は霞がかかったようにぼやけている。
鉄を引っ掻いたような耳鳴りもしている。
この感覚には覚えがある。
たしか、前に同じ事があったのは死にかけた時だ。
壊れた体を治すため、俺の魔力が全て
その時と同じって事は……死にかけたのか?
「ラウ――!」
死にかけた事を自覚し、気分が重くなる。
……だが、そう悪い事では無い。
意識が戻った。
つまり、最低限の命は繋がったという事だ。
この後食事をとり、体を休めれば元通り。
「――っと! ――、――――すか!」
「たしか、ええと……なにがあった?」
命が繋がったのはいい事。
だが、なんでこんな事になっている?
俺はひどく重い脳を使い、記憶を遡る。
…………そうだ、俺は誰かと戦っていた。
たしか、なんだったか……。
ええ……っと、白銀の鎧の、聖剣の……。
そう、勇者だ!
勇者と戦っていたんだったな!
こんな傷を負っているのはそのせいか!
「ねぇ、――無視――!」
名ばかりだったとはいえ、俺は『魔王の矛』の1人だ。
この称号のせいで狙われたのだろう。
勇者は今まで4人も魔王の矛を殺しているからな。
はぁ……、こんな事になるならさっさと返上しておけばよかった。
勇者と戦って勝てるわけないし……あれ?
なんで、俺は勇者と戦って生きているんだ?
……、
…………、
…………、…………、
「――そろそろ怒り――!」
うるさいなぁ。
なぜか耳鳴りが酷くなってきた。
「たしか、戦って……戦って……光の球が……」
勇者と戦っている光景と、太陽のような光。
それ以外、あまり思い出せない。
「思い出せ、思いだびゃばばっ!?」
ななっ、なんだなんだ!?
いきなり体が前後に揺さぶられ、脳も揺れる。
「こん――話しかけ――に無視は――すよ!」
「んあっ!? 人!?」
き、気づかなかった! 誰かいたのか!
耳鳴りだと思っていた音も、人の声だったのか。
いや、そういえば誰かに起こされて目を覚ましたような気がする。
それなら人がいてとうぜびゃばばっ――!?
「私は何をし――たか! 泣きますよ!?」
「待って、悪かった! 悪かった! とりあえず揺らさないでくれ!」
は、吐く!
意識的に無視をしていたわけではないが、俺がその誰かに気づいたからか、揺れが止まる。
「うえっ……」
吐き気で涙目になりながらも、ぼやけた目を凝らすと、目の前にはたしかに人の輪郭があった。
耳鳴りだと思っていた声にずっと気づいていなかったからか、目の前の誰かは少し泣き声を漏らしている。
さすがに悪い事をしたな……。
「無視をしたわけじゃないです、調子が悪くて」
「ぐすっ……たしかに、そうかもしれません、あまり動かない方がいいです」
そう思うなら体も労わってほしかったな!
体を揺らされたせいであちこち痛いよ。
五感は徐々に良くなっている。
だが、俺の体は頭の天辺から足の爪先まで傷だらけだ。
何より右腕に至っては感覚が無い。
左手で触った感じ“ある”のはわかるが、動かせない。
自己治癒を使ってこれだ、さすが勇者だな。
「
……えっ、なんだって?
「俺を知っているんですか?」
「えっ?」
「んっ?」
互いの間に静かな時間が流れる。
たいして親しくもない学校のクラスメイトと、バッタリ鉢合わせてしまったような、そんな空気。
「そんなっ、ラウディオ……! 私ですよ!?」
「そんなオレオレ詐欺みたいな感じで言われても」
「オレオ……? いえ、リヴィアですよ!」
「……リヴィア!?」
その名前に驚き、じっと目を凝らす。
すると、少しだけ回復した目にサファイアの長髪と、銀色の瞳が映った。
ほんとうにリヴィアだ……。
「お、おお……! こうして会うのは4年ぶりか!」
「いえ、2年ぶりでは?」
「えっ?」
「んっ?」
あれ、2年だったか? ……まあ、いいか。
「それにしても、リヴィアに会うなんてな」
「ラウディオは私のことを忘れていたみたいですが、ね?」
ふ、不貞腐れているな。
リヴィアは「フン!」とそっぽを向いてしまう。
「ごめんごめん、リヴィアの事は忘れてないよ」
「どうだか!」
「ホントだよ、大切な人は忘れない」
「……大切な人?」
そう言うと、そっぽを向いたリヴィアが俺を見た。
よし!
「調子が悪いって言っただろ? 起きてから音はよく聞こえないし、目もハッキリ見えないんだよ」
多分、驚いた顔をしているのか?
「体の傷だけじゃないのですか」
「リヴィアの顔も今ははっきり見えていないんだ」
リヴィアが、今度は優しく俺の体に触れてくる。
「一体何があったのです?」
「リマリア王国の勇者と戦ってな、ボコボコにされたんだ。いやぁ……あれは強かった」
いや、強いとかそんな次元じゃなかったな。
正直なところ、俺は手も足も出なかった。
こうして生きているのが不思議なくらいだ。
あれの強さは異常だ。
無理ゲーも無理ゲー。
ゲームをしている時の「あ、これ負けイベだな」ってわかるのと同じぐらい理不尽さを感じた。
「リマリア王国の勇者と……? どうして?」
「どうしてって、そりゃあ……あっ」
俺は自分が
……そうだった、忘れていた。
リヴィアには俺が『魔族』だと言った事はなかった。
魔族――それはこの世界の人間の種族の1つだ。
この世界の人間の種類は数多く、魔族の他に『人族』『妖精』『天使』『竜族』の4種族を合わせた“主要五種族”と、他にも多くの種族が存在している。
基本、各種族は外見にその種族とわかる特徴が現れるが、人族は特徴が無いのが特徴だ。
尻尾も、角も、鱗も、羽もない。
人間の原型をしたような姿が人族だ。
俺は魔族だが、外見的にはパッ見人族だ。
それを利用して、リヴィアには意図的に魔族だと明かしてこなかった。
俺は、少し誤魔化せないか考える。
だが、ここまで口を滑らせたら手遅れか。
誤魔化すのを諦め、俺は表情がわからないリヴィアの顔を見ながら左手で前髪を上げた。
俺が魔族である事を証明する額の角。
それをリヴィアに見せるために。
「言っていなかったな、こういう事だ」
「竜族……なわけないですよね」
「ああ、俺には翼も鱗も尻尾もない、角だけだ」
「…………」
気のせいじゃない。
目がよく見えないからか、わかる。
リヴィアの雰囲気が冷たく、重くなっている。
「さ、触ってみるか? 結構硬いぞ」
微動だにせず俺を見詰めるリヴィアになんだか気まずくなり、そんな提案をしてしまう。
だが、 そうしないと目をそらしてしまいそうだった。
この提案より、そっちの方がやってはいけないような気がしたのだ。
「…………そうですね」
しかし、予想外にもリヴィアは頭へ手を伸ばした。
耳を触られるのと似た感覚だ。
普段人に触られるような部分ではないため、少しこそばゆい。
……さて、場合によっては関係が終わる。
嫌悪感を向けられ軽蔑されるか、今まで通りか。
されるがまま、リヴィアの反応を待っていると、角を触っているリヴィアの手がとまる。
「小さい」
ポツリと、一言そう言った。
俺の角を見て、触れ、撫でたリヴィアが。
その感想が、小さいか。
……なんだろう。
男としてのプライドが傷つけられた気がする。
この世界に転生し、17年。
転生前は、地球で暮らしていた、ただの人間だ。
だが、今のリヴィアの言葉だけは許すなと、俺の魔族としてのプライドが言っている。
「ふ、ふふっ、俺のマグナムはもっと大きいぞ」
「マグナム? 何ですそれ」
「いや、そもそも俺は小さい事なんて気にしない――誰が小さいだ!」
「ええ?」
リヴィアが慌てて角から手を離す。
しかし、俺の角を触っていた手をじっと見つめた後、冷え切っていた空気が元に戻った。
リヴィアが笑っているのだ。
小さい事がそんなにおかしいのか……!?
「まさかラウディオが魔族だったとは」
「そ、そっちか」
「そっち、とは?」
「なな、何でもない。……魔族だと言わなかった理由は……まあ、聞かれなかったからな」
とは言ったが、実はちゃんと理由がある。
理由としては単純、リヴィアが人族だからだ。
だが、ただの人族ならいい。
問題になるのは、リヴィアが人族の国の一つ、『リマリア王国』の人間だった場合だ。
リマリア王国は、はるか昔から魔族の国『魔国サタナスヘルク』と争い続けている国。
そうだった場合、俺とリヴィアの関係は一瞬で崩壊する可能性があった。
だからこそ、俺はリヴィアに話さなかった。
でも、俺が魔族だと知った上でのこの反応。
最初の反応のせいで「もしかして?」と思ったが、リヴィアはリマリア王国の人間ではないらしい。
「それで、勇者と戦っていたのなら、なぜこんな場所に?」
リヴィアは顔を左右に振り、周囲を見渡した。
俺もそれにつられて周囲を見た。
視界もさっきよりよくなっている。
今は度の合わない眼鏡をかけている感じだ。
緑……というか草木が多い、森の中だな。
座っている地面に触れると、土と草の感触がある。
おかしい、俺と勇者が戦っていたのは、森じゃない。
花が咲いているような草原もない。
周囲一帯を歩き回って、ようやく木が一本生えているぐらいの荒廃した場所だ。
まさか、別の場所に転移したのか?
「そもそもここはどこです? なぜラウディオと私は寝ていたのでしょう?」
「えっ!? リヴィアもここで寝ていたのか!?」
「目を覚ましたらラウディオがいて驚きましたよ!」
ど、どういうことだ?
てっきり倒れている俺を見つけてくれたんだと思っていたが、一緒に倒れていただって?
なんで2……4年、だったか?
久しく会っていないリヴィアとそんな状況に……?
俺の最後の記憶と、今の状況があまりにも結びつかない。
いや、そもそも最後の記憶と言えば……。
ふと記憶を振り返ると、俺の頭には勇者の剣が俺の首に当たっていた時のことが思い浮かぶ。
次の瞬間には首と体が永遠に別れていたはずだ。
あれ? 俺、なんで死んでないの?
「勇者と戦って……、リヴィアは何があったんだ?」
「私? 私、私は……、あれっ? いったい何をしていたのでしょう」
「頭が回らないか?」
俺と同じ症状なのか?
だが、リヴィアには自己治癒の力はない。
自己治癒は、俺の魔族としての特性だ。
俺のように自己治癒に脳のリソースを回しすぎた反動でそうなる事はない……というかできない。
となると、俺とは全く別の理由か。
「歩きながら考えるか、まずは人を探して、ここがどこか知ろう」
「はい! そうですね!」
落ち着いて色々考えるのはその後でできる。
とにかくここにとどまっていても何もできない。
俺は体に力を入れて立ち上がる。
立った瞬間、立ち眩みがしたが、何とか踏みとどまった。
自覚はあったが、思ったより重傷だ。
できるだけ早く休める場所を見つけないとな。
また倒れてしまいそうだ。
「目は大丈夫です?」
「歩ける程度にはな、今はもうリヴィアの顔も……」
リヴィアに心配され、俺は深い瞬きを繰り返す。
……うん、目を覚ました時と比べてかなり違う。
フルHDには程遠いが、これなら問題ない。
俺は左手で決めたサムズアップをリヴィアに向ける。
「少しぼやけているが見え……えっ、見え……ッ!? エッッギャッァァァアッ!?」
瞬間、俺は全力でリヴィアから離れた。
力を入れるだけでも辛いが、それを気にする余裕もなく、とにかく全力で。
この一瞬で心臓は震えだし、呼吸も荒くなる。
病院で今の俺の心音を測れば、間違いなく重症患者になるだろう。
「ハアッハアッ……! ままっまじか!?」
「ラウディオ? おかしくなりました?」
キョトンとした顔をするリヴィアを睨みつけた。
正確には、リヴィアがみにつけている
それは『白銀の鎧』。
そして『宝石があしらわれた輝く細剣』。
俺にとっての恐怖の象徴。
――ああ、やっぱり間違っていなかった。
記憶の通り、俺はこの森に来る前は勇者と戦っていた。
湧き上がってきた恐怖で奥歯をガタガタと震わせながら、なんとか自分の言いたいことを叫ぶ。
「おおおおっ、おまっ、お前……勇者か!」
「えっ?」
目の前にいたのはリヴィア。
だが、そのリヴィアは、俺を死一歩手前まで追い詰めたリマリア王国の勇者だった。
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