俺を殺そうとした君を、はたして俺は助けることができるだろうか

次男なひよこ

第1章 記憶を失った勇者

00話 プロローグ


 全身の骨が砕けるような衝撃が体を貫く。


 何度もバウンドしながら地面を転がるせいで、瞳に映る空と地面が入れ替わっていた。


「グウッ、ッソ!」


 体が後ろに引っ張られるのを抑え、なんとか体勢を直す。


 コーヒーカップに振り回されたようになっている視界をへ向けると、敵はボールのように吹っ飛んでいた俺のすぐ目の前まで迫っていた。


 あの攻撃の威力にこの速さ……!

 ホントどうなってんだこいつは!


 だが、そんな事を叫ぶ余裕は無い。

 殺意の剣は、すでに俺へ振り下ろされていた。


「痛ッ……!」


 体に熱の線が走ったような感覚。

 斬られたと理解すると、痛みが襲ってくる。


 ああもうっ! 何度目だクソがッ!


 そして、攻撃は1度で止まらない。

 俺を殺す剣は間髪おかずに迫っている。


 目の前の死に対し、俺は咄嗟に放り投げたの玉を爆発させた。


 火薬の爆発のような熱は無い。

 だが、衝撃は火薬の爆発よりも強い。


 互いの目の前で爆発させた魔力は、俺とを逆の方向に吹き飛ばした。


「ぐっ……何度もやるのは無理だな……っ」


 自爆に等しい攻撃で頭から血が流れる。


 だが、距離はとれた。


 俺は空中で体を回転させて体勢を直し地面に着地する。


 しかし、完璧な着地をしたはずの体は言う事を聞かず、前のめりになって倒れかけた。


「ハァハァ……っ」


 体がふらつく、頭も重い、力も入らない。

 なんとかギリギリを立てているが、もう限界が近い。


 しかし、回復の時間は無い。


 爆発をくらったはずの勇者は、すでに俺へ突っ込んできていた。


「くそっ!」


 息を整える余裕も、攻撃に備える余裕もない。


 次は死ぬ――その確信が何度も続いている。


 目の前の敵――勇者は、


 フルプレートの鎧で俺より速く動き、女性の腕よりも細い細剣で岩石の地面を豆腐のように斬り裂く。


 どんな攻撃も防がれ、当たってもダメージにならない。


 さっきの魔力爆発をくらって平然としているのはどういう事だよ。


 俺は自分の敗北を先延ばしにする事しか出来ていない。


 勝てるビジョン?

 そんなもの、一度も浮かんでこない。


 出せる手は出し尽くし、持てる力は出し切っている。


 今の俺よりも万事休すという言葉が当てはまる人はいないだろう。


 ……だが、俺は死にたくはない。


 生き続ければければならない。


 そうじゃないと、俺のために死んでいったあいつらの意味が分からなくなる。


「っ――アアァァァァァッ!」


 死への恐怖を強引に振り払う。

 生きるため、殺されないために戦う。


 俺は体内の魔力のほとんどを両手に集めた。


 全身を巡る魔力が煙のように体から迸り、魔力によって両手が紫光を放ち始める。


 俺が何かしようとしているか。

 勇者はわかっているだろう。


 だが、勇者の行動は変わっていない。


 俺に向けて一直線に突っ込んでくるだけだ。

 戦闘が始まってからずっとその行動は一貫している。


 油断や余裕じゃない。


 こいつは、とにかく俺を殺したいのだ。

 ここまでの戦闘で、それは何となくわかっている。


 だから、勇者はこの攻撃も避けない。


 俺は至近距離に迫った勇者に向け、体内の魔力をほぼ全てを込めた紫光の魔力を両手から放った。


 瞬間、目の前が紫色の光で染まる。


 ……以前、これを使った時、敵の体は残っていなかった。


 紫光が光線となって呑み込み、跡形もなく消し去ったのだ。


 勇者とはいえ、死なないまでも確実なダメージに……っ!?


 ――が、違和感。


 水道に栓をされたように、俺の魔力が止まる。


 両手から放った魔力が意図せず途切れると、当然紫光も止まり、視界を一度光に染めただけで止まった。


「なにが!?」


 魔力を霧散させられた!?

 しかし、そう判断した時にはすでに勇者が目の前にいた。


 俺の全力の一撃が放たれた瞬間を見てなお、怯まず一直線に俺へ向かってきた勇者が。


 そして、俺は勇者と

 そう、目が合ったのだ。


 勇者の顔を覆っていたフルフェイスの兜は砕けていたのだ。


 俺の最後の攻撃、それが欠片はとどいていたのだろう。

 その顔を顕にしていた。


 ッッッッ…………!!


 その顔を見た瞬間、戦慄が走った。

 その眼を見た瞬間、全身を殺意が貫いた。


 人にはそれだけの感情があるのだと分からされるほど、その眼から怒りや憎しみが伝わってくる。


 これが、勇者なのか……!?


 そう思わずにはいられないほど、俺を見るその目は物語に登場するような勇者とはかけ離れていた。


 そして、4人の魔王の矛を殺した刃が、5人目となる俺の首に当たった。


 永遠にも、一瞬にも感じる痛みの瞬間。


 自分の首に熱を感じながら、その時を迎えた。

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