第八話 決意固めて

「つまるところ、俺が商売をするにはまずこの現状をどうにかしないといけない……そういうことだな?」


「えぇ。ですので、もし商売が主な目的なら、この村を出て行かれることをおすすめします。滞在権利とは別で、お礼を差し上げますので」


「なるほど……」




 俺は、少し考え込んで、ジト目で答えた。




「別でお礼ができる余裕なんて、今の村にないのでは?」


「そ、それは……」




 村長は目を伏せる。


 周りの者達も、バツが悪そうに顔をしかめていた。




 ああこれは、やっぱ深刻か。


 村は半壊状態。生活圏や畑も荒らされ、たぶん物資もろくに無い。


 そんな村から何かを搾取なんて、できるはずもない。




 完全に振り出しに戻った、俺のスローライフ。


 ほんと、今日は災難続きだ。




 とはいえ――




「お礼も受け取らず、さりとてこの現状を放って自分だけのうのうと別の場所へ向かうというのも、寝覚めが悪い」




 手を口元に当て、周りに聞こえないように呟く。




 勇者パーティで世界中を旅し、この世界の現状を知っているからわかる。


 おそらく彼等は、この村を捨てない。


 捨てられない。




 未練があるとか、そういうことじゃなく、この村を離れて生きることのできる場所がないのだ。


 先にも述べたように、この村は一つの理想郷。




 迫害の歴史を辿ってきた獣人と人間が、何のしがらみもなく暮らしている場所なんて、世界中どこを探してもここしかない。




 逃げるという選択肢は最初から存在しない彼等。


 現状は満身創痍。


 復興と休息をしようにも、いつモンスターが襲ってくるかわからない。




 完全に詰んでいる彼等を置いて、俺一人逃げるような真似ができようものか。


 それに、やっぱり――




「か、カイルくん」




 そのとき、隣に立つスーが心配そうに俺の方を覗き込んできた。




「どうした?」


「その……これ以上、カイルくんに迷惑をかけるわけにはいかないからさ。少ないけど、旅に使えるものをあげるから。もちろん、私の持ってるものも全部。ここでお別れだね」




 スーは、今にも泣き出しそうな顔で笑顔を作り、そう言ってくる。


 


 ああ、やっぱり。


 


「――気にくわない」


「え?」




 俺は、スーの小さな頭に手を置いた。




 自分の未来が詰んでいることを知っていて、俺のことを気遣えるような優しい女の子が。


 涙を堪えて、茨の道を進まされる腐った運命が、気にくわない。




 俺は、あれだけ死ぬ気で薬草を集めていたスーを見ている。


 なのに――ようやく希望が見えたと思ったのに、焼け石に水だったなんて。


 そんなこと、あってたまるか。




 この子の優しさを容赦なく踏みにじる理不尽が許せなくて、胸の奥底がグツグツと煮えたぎるような熱さを帯びる。




「安心して、スー。俺はどこにもいかない」


「え? で、でもそれじゃ……カイルくんまで、この村の現状に巻き込まれちゃうよ」


「そうだな。それはわかってる」


「ならどうして――」




 スーは語気を荒らげる。


 まるで、「巻き込みたくない」と心から訴えるように。




 ごめんな、スー。


 その顔見て、ますます後に引けなくなったわ。




「心外だね。俺を誰だと思ってるのさ。元勇者パーティ所属(荷物持ち)の、人間工場カイル様だぞ」


「ゆ、ゆう……しゃ?」




 スーは、目を丸くする。




「うん。わけあって、今は無職ニートの放浪者やってるけど」




 俺は、にっと笑いかける。




「だから心配ない。元々、世界を救うなんてバカげた目的りそうを背負った連中の一員だったんだ。この街を襲ったモンスターなんて、全員ぶっ飛ばしてやるよ」




 やってやる。


 たぶん、俺が思いがけず手に入れた創造者ちからは、仲間に捨てられた心を癒やすためのものじゃない。


 


 見限られ、打ちひしがれた俺が、もう一度人生を歩き出すための道標みちしるべだ。




「教えてくれ、スー。モンスターの住処すみかを」




 ナイフの柄を握りしめ、俺はスーに聞いた。




 ああ、始まるんだ、ここから。


 俺の全力投球スローライフが。

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