第六話 村、惨憺たる

 草原を過ぎ、遠くに広がっていた山々がすぐ目の前に迫った頃。


 山の麓にある、村の入り口と思われる場所まで来た。


 思われる、と表現したのは、村の境界線である石の塀が見るも無惨に破壊し尽くされていて、どこからが村なのかよくわからなかったからだ。




「モンスターに襲われたあとか」


「はい」




 目を細め、スーは頷く。


 胸元で握りしめる小さな手が、小刻みに震えていた。




 村の中は酷い有様だった。


 石と木で出来た小さな家々は、一様に崩れており、炎と黒煙が立ち上っている。


 集落の中心にある広場には、避難してきたらしい住人が6、70人ほど集まっていた。




 人種の構成を見るに、ここは普通の人間と獣人が混じって暮らしている場所らしい。


 一目で、ここがいかに平和であったかがわかる。


 というのも、人間は古くから獣人を『ケダモノ』だの『劣等種』だのと差別しており、なかなか溝が埋まらないからだ。




 しかし、ここはそんな垣根を越えて協力し合っているみたいだ。


 だからこそ、この悲惨な光景を前にして、ふつふつと怒りが湧いてくるのかもしれないが。




「スーの家族は、無事なの?」


「私には……もう家族がいないから」


「そ、そうか。ごめん」




 思わぬところで地雷を踏んでしまったらしい。


 少し顔を暗くしたスーに、慌てて頭を下げる。




「大丈夫。今回のこととは、関係ないから」




 スーははにかんで、「それよりも」と続けた。




「ざっと見た感じ、怪我人は全体の半分くらい。薬草で、なんとか間に合うかな?」


「いや。たぶん……厳しいと思う」




 あくまで客観的に、そう答える。


 薬草の量の問題じゃない。


 薬草の回復性能は、回復薬に大きく劣る。そもそも、回復の効能を最大限まで高めるために作られたのが、回復薬というものなのだから当然だ。




 薬草は基本遅効性であることもあり、重傷の者に使用しても助からない可能性の方が高い。




「じゃあ、どうしたら……」


「加工すれば良い」


「加工?」


「うん」




 さあ、カイル3秒クッキングのお時間だ。


 まずは……




「この村に雑貨屋はある? 空き瓶ありったけ欲しいんだけど」


「ご、ごめん。そういうお店はない……かも」


「……」


「……」


「…………まじか」


「うん」




 カイル3秒クッキングは、調理(制作)を行う前に終了した。


 ――などというわけにもいかないので、なんとかしなければ。




 てか、雑貨屋くらいありやがれ。




「とりあえず瓶が欲しいんだけど……う~ん」




 少し頭を悩ませたあと、俺は「あ!」と声を上げた。




「どうしたの?」


「そうだ! そうだよ。なんのためのレジェンドスキルだ!」




 瓶がないなら作れば良い。


 そのための新たな力だ。




「提示。ガラス瓶の作り方。制作数は……少し多めに100個」


『ガラス瓶の作り方を提示します』




 ガラス瓶×100


 材料:ガラス




 うん。


 なんというか……まんまだ。




 相変わらず、熱して形を整えるという工程をすっ飛ばせるチートスキルなんだな。と苦笑いする。




「この辺りにガラスは……」




 周囲を見渡すと、煙立ち上る建物の窓枠に、熱で半分溶けた窓ガラスがはまっている。


 その他にも、割れ砕けたガラス窓の破片があちこちに散らばっていた。




「たくさんあるじゃん」




 俺は、思わず笑みを浮かべ、片っ端からガラスをかき集めた。




「そんなガラクタを集めて、どうするの?」


「今からガラス瓶に加工する」


「え!? そんなことでき……なくもないか」




 驚きかけたスーが、急に冷静さを取り戻した。




「そういえば、さっきも見たことない魔法作ってたもんね」


「まあ、ね」




 俺は、かき集めたガラス瓶に手をかざし、念じた。


 ガラス瓶の制作開始。




『ガラス瓶の制作を開始します』




 脳内に自動音声のようなものが響き、目の前のガラスがカッと光る。


 輪郭が光の中に溶け入り、均等な大きさのガラス瓶がずらりと並んだ。




「なんていうか、なんでもアリなんだね。カイルくんて」


「そうかな。そうだといいな」




 これから先、チートスキルを日常生活に役立てたい。


 勇者に役立たずと斬り捨てられ、パーティの仲間に唾を吐きかけられた、無能な俺。




 そんな自分でも、目の前にいる小さな女の子の笑顔を守れる力があるのなら。


 彼女が悲しまない日常を造ることができるのなら。


 俺は全力で、手に入れた新しい力を振るおう。




「薬草とガラス瓶を組み合わせて、回復薬の作成を打診」


『打診を受理。回復薬100本の作成を開始』




 薬草とガラス瓶が光の玉になって宙に浮き、混じり合う。


 やがて、10秒もしないうちに100本の回復薬ができあがった。




「完成」


「ひゃーすごい。もはや人間工場だね」


「嬉しくない二つ名をどうもありがとう」




 ジト目でツッコミを入れる。


 まあ、冗談が言えるくらいには焦りも消えたらしいから、よかった。




「手分けして、ここにいる全員に配ろうか」


「うん!」


「意識がある人には、自力で中の液体を飲ませて。そうでない人は、傷口にぶっかければたぶん治るから」


「わかった」




 そんなこんなで、俺達は怪我人の手当を始めるのだった。

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