第16話 うちのパパ

 リビングからちょっとはなれた廊下のはしで。

 緊急会議がはじまった。


 わたしたちは輪になると、まずハスミちゃんは重々しくきり出した。その言葉は、ショウゲキテキで、リリちゃんが、「わたし、帰ろうか?」と心配したくらいだ。


「じゃあ、あの小さいおじさんって、うちのパパなの?」

「らしいよ」とハスミちゃん。


 ハスミちゃんのうでにしがみついてるおねえちゃんは、こくこくこく、と何度もうなずいている。


「わたしはさあ」とハスミちゃんは、おねえちゃんの頭をなでながらいう。

「あんな小さいおじさんの顔なんて、ろくに見えないんだけど、カズハがそうだっていうから。ね、そうなんでしょ?」 


「だって見てよ」


 わたしたちにスマホをつきだすおねえちゃん。画面には拡大した小さいおじさんの顔がうつっている。うーん、ヨウに似ているわけでも、だからって、わたしやおねえちゃんと似ているかんじでもない。


「コレ、パパ?」

 わたしが指さすと、おねえちゃんは、「おぼえてないの!」とびっくりしている。

「うん。ぜんぜん」

「ヨウはわかるけど、あんたはおぼえてると思ってたよ」


 ううん。まったくピンとこないもん。


 だってさ、写真をちょくちょく見てたならおぼえてるかもしれないけど、パパがうつってる写真は、ママがまとめてどこかにしまっていたし、わたしも特にパパを見たいなんて思わなかったから、すっかりわすれてしまったんだ。そもそも、パパがいたのは、ようちえんの時の話。すっごい昔だから、おぼえるわけないじゃん。


「コレがパパかあ。わたしって妖怪のハーフだったんだね」


 ん、妖精かな? 小さいおじさんって妖精? それとも妖怪?

 って考えてたら、おねえちゃんが「んもー!」とイライラしだした。


「そんなわけないじゃん、うちのパパは人間っ。なのに小さくなってるから、おどろいてんの!」


 あー、そうなのか!


 と、気になって、となりにいるリリちゃんを見てみる。リリちゃんは家族の会話に参加するはめになって気まずいのか、うつむいてじっとしている。わたしは笑わせたくなった。


「リリちゃん、アレ、うちのパパなんだって。びびったね?」

「そ、そうみたいだね。でもどうして小さくなったんだろう」


 笑顔がきごちない。うーん、お化けハウスの次は、パパが小さいおじさんなんて。いつからわたしの人生は、波らんにみちてしまったんだろう。


「ヨウにはどうする、話す?」おねえちゃんがハスミちゃんを見上げて聞く。

「あの子、パパなのに、カイザーって名前つけて飼うつもりだよ」とわたし。するとおねえちゃんは、「だまってよ、ね、そのほうがいいよね?」と、ハスミちゃんのうでをゆさぶる。


「いいんじゃない」とハスミちゃん。ちょっとめんどうくさそうだ。


「とりあえず、いつかは元に戻すでしょ? だったら小さいうちはカイザーでいてもらおうよ。ヨウがそれでぐずらずに大人しくしてられるんならさ。それとも、あのまま小さいおじさんのパパでいてもらうわけ?」


「それはヤ」とおねえちゃん。

「でも」わたしは疑問だらけになった。

「どうやってもとに戻すの? だってパパってさ、会社の女の人と失踪したんだよね?」


「エッ」声をあげたのは、ハスミちゃん。それからリリちゃんも気まずそうに、びくっとしている。あ、この話ってリリちゃんにしてなかったっけ?


「不倫して若い女に走ったんでしょ。ね、おねえちゃん?」

「カズハ、あんたフタバになんて話……っていうか、なんで、カズハも知ってるの」


「だって」おねえちゃんは口をとがらせる。

「ママとハスミちゃんが話してるの聞いちゃったんだもん。こんなヒミツ、ひとりでかかえるには大きな問題すぎて」

 ううっ、と大げさにむねを押さえている。


「わたし、子どもの前でそんなこと話した?」

「わたしが昼寝してると思ってたんじゃない? ソファで寝てた時、ママとそんな話してたんだもん」


「げー、マジかー。ねえちゃんが知ったら、ひっぱたかれて家を追い出されるかも」

 ハスミちゃんは頭をかかえてしまった。

「ねえちゃんのすねかじりで生きてるのに、見放されたら路頭に迷う」


 と、わたしたちを見て、言い訳がましくつけたした。


「もちろん、わたしの書いた小説が爆当たりしたら、あんたたち全員、わたしが面倒みるよ。ぜいたく三昧よ。わたし、恩は忘れない性分だから」


 キリッとしてるけど、わたしもおねえちゃんも、ついでにリリちゃんも、肩をすくめてしまう。と、そこにキイーッてかん高い絶叫が聞こえてきた。ヨウが廊下をかけてくる。手には小さいおじさんが入った虫かごがあった。


「ねえねえねえ、カイザーがなにかさけんでるの。だれかツウヤクしてぇ?」


 おねえちゃんが、「わかったわかった」とヨウをリビングまで追い立てるようにして、いっしょに戻っていく。ヨウはふりかえりふりかえり、「カイザーがね、カイザーがさ」と、さわいでいた。


「ねえハスミちゃん」

 わたしは気になったので聞いてみた。

「パパって不倫して失踪したんだよね?」


「……と、あんたのママは信じてたけどね。というかそういう状況だったみたい。仕事に出て帰ってこなくて、会社の人も心配してたんだけど、どうやら若い新人の子も同じ日にいなくなったらしくてね。だからまあ、家庭を捨てて若い女に走ったんだと、ねえちゃんは考えたみたいだけど」


「じゃあさ、その若い女の人と不倫した罰で、パパは小さいおじさんになったのかな?」

「それはちがうでしょ。あんたのママは魔女じゃないんだから」

「ママが罰を与えたんじゃないよ。浮気をゆるせない妖精がいてさ、パパに魔法をかけたのかもしれないでしょ」

「小さいおじさんに魔法か。ファンタジーだね」


 ハスミちゃんは、そう笑うけど、わたしは真剣に考えてるんだよ。だって、本当に小さいパパが存在してるんだもの。


「あのー」

 リリちゃんがおずおず手をあげる。

「若い女の人のほうは知りませんけど、おじさんは小さくなったから家に帰ってこられなくなっただけで、不倫して逃げたっていうのは勘違いだったのかも、と思ったんだけど」


 おおっ!


「そっか、きっとそうだね!」


 やっぱりリリちゃんって、わたしの友だちしてるのがフシギなくらい、頭が良くてしっかりものだなあ。

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