第15話 リリちゃんのパパとおねえちゃんの悲鳴

 ヨウはいつまでだって何時間でも、カイザーと名前をつけた小さいおじさんを見てられるみたいだけど、わたしとリリちゃんは虫かごのすみで体育座りしているおじさんには、すぐにあきてしまった。ハスミちゃんも同じみたい。仕事すっかな、と上に行ってしまった。


「わたしたちはどうしよっか」


 今日はプールの授業はない日だし、家の中にいてもヨウがちょくちょくそばにきては、小さいおじさんが何をしてるのか、教えたがるのをだまって聞かなくちゃいけなくなる。


 だから、リリちゃんがきのう作った工作をひとまず家に持って帰る手伝いをすることにした。リリちゃんはお泊りセットが入ったリュックをせおい、わたしはリリちゃんが作った牛乳パックのお城をだくように持って外に出た。


 朝からガンガンにあつい。ぶわあっと汗が出てくる。リリちゃんちについたころには頭がくらくらしていた。


「はい、どうぞ」


 リリちゃんのパパがカルピスを入れてくれた。濃くておいしい。それに氷も入っていてつめたい。シビれるほどおいしかった。


 リリちゃんのパパは、リリちゃんが作った工作のお城をすごくほめた。そんなにほめないで、とリリちゃんがおこるくらいにほめまくる。リリちゃんのパパは、あまり背が高くない。ママのほうが高いんだよ、といつだったか、リリちゃんはいってたっけ。


 それでもヨウがつかまえた、あの小さいおじさんよりはうんと大きいけど。とか、思ってニコニコしてるおじさんを見てたら、リリちゃんがわたしのうでを引いてコソコソ話しかけてきた。


「小さいおじさんをつかまえたことは、パパたちにはナイショだよね?」

「うーん」


 そのほうがいいかな。というか、教えてあげるだけじゃ信じないだろうし。となると、うちに見に来ることになって、ヨウが「ぼくがみつけたんだよ」とまたじまんして、ハスミちゃんが「このことは秘密にしてください。どのマスコミに売るかはわたしが決めるんで」といいだしてモメるかも。


 さっき出てくるとき、二階に声をかけたんだけど、ハスミちゃんはパソコンで小説を書いてなくて、小さいおじさんについての情報を検索しまくっていた。わたしがかってにあちこちに教えたと知ったら、怒りそうだ。


「ナイショにしよ」

「おや、なんだなんだ、二人してナイショ話かい?」


 リリちゃんのパパがまぜてほしそうに話しかけてくる。リリちゃんは「パパには関係ないの、あっちいって!」とプンプンだ。おじさんはしょんぼり。その姿が大げさすぎて、わたしは、ぷっ、とふき出してしまった。


 どうやら今日おじさんは休みの日だったらしく、リリちゃんちにいると、何かとかまおうとしてきた。何してるの、とか、おかし食べる、とか。それにたいして、リリちゃんがブチッと切れて、「公園行こ!」ということでまた外に出た。


 それで近くの公園にいって、アップルブランコっていうリンゴの形をした四人乗りのブランコに乗っておしゃべりしてたんだけど、やっぱりあつくてしかたない。だから、またわたしの家に戻ることになった。


 リリちゃんは「パパがうるさくてごめん」とずっといっていた。でもね、リリちゃん。うちには虫かごに入った小さいおじさんと、それをつかまえたことで同じセリフばっかりいってる弟がうちにはいるんだよ。あとカルピスだってうちにはない。それにエアコンも。アレはママの部屋にしかないんだ。


 それでもリリちゃんとうちに帰ると、ドアを開けたしゅんかん、悲鳴が聞こえた。おねえちゃんだった。おねえちゃんも、きのうは友だちの家でお泊り会してたはずだけど、もう帰ってきたらしい。


「ねえ、ハスミちゃん、ハースーミーちゃああんっ」

 叫びながら、ドタバタに階段をあがっていく。

「どうしたのかな?」

 不安そうなリリちゃん。と、ヨウがリビングから出てきてこっちを見た。


「カイザーをみせてあげたんだ。そうしたらキャーッだってさ。カイザーがびっくりしてるよ。シンゾーホッサをおこすかもね」


「そりゃあ、アレを見たらおどろくよね」

 わたしがいうと、リリちゃんもこくこくうなずいている。


 カイザーこと小さいおじさんは、おねえちゃんの悲鳴に興奮したのか、キイキイ鳴いていた。何かうったえてるみたいで、立ち上がり、虫かごのケースのカベをたたいていた。


「なんていってるのかな?」


 リリちゃんが耳をちかづけ目を閉じる。集中してるみたい。でも、「うーんわかんない」と目を開けた。そうだよね、わたしも「キーキー」しかわかんないや。


 バタバタバタと騒がしく階段を下りてくる音がした。二つ重なって聞こえるから、ハスミちゃんもいっしょなんだろう。


 おねえちゃんが先にはいってきて、虫かごの中のおじさんに顔をちかづけた。それからハスミちゃんのカッパ妖怪のシールがはってあるスマホで、パシャと撮影する。で、拡大しているらしい。ああ、やっぱりやっぱり! と泣きそうな顔してブルブルふるえ出した。


「どうしたの?」


 スマホをのぞこうとしたところで、おねえちゃんは立ち上がり、今入ってきたハスミちゃんに画面を見せる。わたしは背伸びしてまた画面を見ようとしたけど、よくみなかった。


 おねえちゃんは、考えるように顔をしかめているハスミちゃんを押して、リビングから出て行こうとする。わたしもついて出ようとしたら、「フタバはダメ、ハスミちゃんと二人で話したいの!」だって。ちぇっ。しぶしぶ戻って、虫かごのおじさんをかんさつする。


「カイザー、ぼくのことよんでみて。ヨウくん、ほら、ヨウくん」


 ヨウがインコをしつけるみたいに話しかける。小さいおじさんはキーキー鳴いてるだけだ。


「何か伝えようとしてるんだよ」とリリちゃん。

「紙とぺんをあげたら、文字をかくかも」


 というわけで、台所にあったメモ帳をちぎってきて、シャーペンの芯といっしょに虫かごの中に入れた。おじさんは最初うれしそうにした。でもシャーペンの芯をうまくあつかえないらしく、文字を書く前にポキポキ折れてしまう。


「でも文字はかけるみたい!」


 リリちゃんはうれしそうだ。ヨウもわくわくしてるのか、落ちついてすわってられないらしい。虫かごが乗るテーブルの周りを、うろちょろばかりしてる。


 でもわたしは小さいおじさんが小さいおじさんって生き物じゃなくて、小さくなっちゃったおじさんにみえてきて、少しこわくなってきた。さっきのおねえちゃんのふるえようをみたせいかもしれない。


「みんな、ちょっと集合ぉ」


 ぱんぱんと手を叩く音がした。ハスミちゃんだ。後ろにおねえちゃんも立ってるのが、ちらっと見える。


「いったん全員こっち来て」


 ヨウが虫かごを持とうとすると、ハスミちゃんは「おじさんはそのままで」といって止めた。ヨウは「いやだよ。ぼくとカイザーはいつもいっしょなんだ」とぶーたれて、その場にすわった。


「ああ、じゃあヨウはいいや」とハスミちゃん。

「フタバとリリちゃん、こっち。緊急会議だよ」

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