第14話 小さいおじさん

「ぼくがみつけたんだよ。あのね、ぼくのタオルケットをもってにげようとしたんだ。それでぼく、すぐおきてつかまえたんだよ。手でこうやって、さっ、てね!」


 きのうの夜からヨウはこればっかり。わたしは緑のプラスチックでできた虫かごを見やる。ハスミちゃんが、朝早くから開いてるホームセンターまでひとっ走りして買ってきた虫かごだ。その中にいるのは……。


 うーん、まだコイツが見えるってことは、夢じゃなかったんだよなあ。


「これって小さいおじさんですか?」


 リリちゃんがおずおずゆびさす、ソレ。ひとさし指くらいの小さな人間、たぶん男の人、中年くらい。つまり小さなおじさん。ヨレヨレのワイシャツと黒っぽいズボンをはいている。ネクタイはしてないけど、たぶん元々はスーツを着てたんじゃないかな。ということは、サラリーマンの小さなおじさんってこと?


「大発見だよね」


 ハスミちゃんは、データ量をそれでうめるんじゃないかってくらい、ずっと小さいおじさんの動画や写真をとりまくっている。ヨウがまた、「ぼくがみつけたんだ、にげられないようにつかまえたの、さっとつかんだの」とさわぐ。


「本当にいたんだ、小さいおじさん」

「みんな見えるんだから、ウソじゃないんだよね?」


 冷静に話してるのは、わたしとリリちゃんだけ。ヨウは「ぼくが見つけたんだよ」ばっかりで、ハスミちゃんは「大発見だよ、どうしよ、SNS上げたらバズりまくるよ」と目がギンギンだ。


「フェイク動画だと思われるんじゃないかな」と、わたし。

 するとハスミちゃんは、

「だったら、知り合いの編集の人に知らせようか」とにんまりした。

「あー、でもわたしが知ってるのは女性向けノベルの人なんだよねぇ。えー、どうしよ。わたし、新種発見で有名になるんじゃなくて小説家として名を馳せたかったのにさぁ」


「ぼくがみつけたんだよ。ゆうめいになるのは、ぼく」

「はいはい、ヨウわかったから」わたしはいいかげん頭にきていた。

「もういわないでよ。おなじことばっかり、うるさいよ」


 やさしいリリちゃんだって、苦笑している。ね、うるさいよねぇ。


「ぼくがみつけたんだよ」

 ってのに、ヨウはまだいう。わたしをにらみながら。

「うらやましくてもだめだよ。ハスミちゃんも、ぼくがみつけたんだからね」


「わかってるって、ヨウ。手柄はきみのもんだ」


 ハスミちゃんが肩をたたくと、ヨウはまんぞくしたらしく、鼻の穴がぷくぷくしている。


「ぼく、こいつをかうんだ。ねえ、おじさんはきゅうりをたべるとおもう?」


 たぶん食べるよ、とハスミちゃんは、キュウリの輪切りにして、虫かごの中に入れた。おじさんはさっきから「キイキイ」鳴いてたんだけど、キュウリを見るとがっかりしたのか、かごのはしっこで体育すわりすると、顔をうずめてしずかになった。


「おじさん、きゅうりきらいだって」

 がっかり顔のヨウがハスミちゃんを見上げる。

「じゃあ何、スルメでもやろうか?」


 でもおじさんはハスミちゃんお気に入りのスルメもチーズもソーセージも食べなかった。リリちゃんが「お水が飲みたいのかも」というので、おちょこに水を入れてあげたけど、おじさんは見向きもしない。


「どうしよ。おじさん、しぬの?」

 泣きべそをかくヨウ。ハスミちゃんが「かもね」というのでわたしはあわてた。

「おじさんからしたらさ、いきなりつかまって巨人にかこまれてるんだよ。食欲がなくなるに決まってるよ」


 それから、ふっと思い出した。


「もしかしてわたしが見たネズミって、このおじさんだったのかな」

「そうなの?」とリリちゃん。

「うん、だってネズミをはっきり見たわけじゃないから。黒っぽいものが動くのを見ただけ。それにさ、もしかしたらホイホイにジャケットがひっついてるのかもなって。だってサラリーマンみたいな服なのにシャツしか着てないから」


「クールビズだよ」とハスミちゃん。

「でもまあ、ネズミより小さいおじさんのほうが賢そうだもんね。フタバの密室から逃げた理由もおっさんだったなら納得だよ」


 そうだよ。ネズミじゃなくて押し入れのふすまをゆらしたのも、冷ぞう庫の裏に逃げたのも、このおじさんだったんだよ。それからトイレの電気も! 


 きっと小さいおじさんは虫みたいに、カベにはりついたり、よじのぼったりできるにちがいない。もしかしたら空だって飛べるかも。わたしはおじさんの生態が気になった。自由研究はコレにしようかな。虫かごから出してみようとしたけど、ヨウがわたしをじろりとにらむと、自分のうでにかかえこんでしまった。


「おじさんはネズミじゃないよ」

 それから「なまえはね、カイザー」とか、いい出す。


「このおじさん日本人だと思うけどね」


 わたしの指摘にもヨウはカイザーだよ、とゆずらない。


 にらみあってると、ハスミちゃんがタオルを持ってきていった。


「ほらほら、ジロジロみたらダメだよ。神経衰弱で死ぬことだってあるんだからさ。生きたまま世に公開するためにも、今はそっとしとくべし!」


 と、虫かごにタオルをかけてかくす。ヨウは、ちらちらめくっては、「カイザー、まだはしっこにすわってるよ」とか「カイザー、カイザー。ぼくはヨウだよ、ぼくが、かってあげるからね」とか話しかけていた。


 でも、わたしとリリちゃんはハスミちゃんが作ってくれた朝食を食べることにした。


「ラピュタしてあげるよ」ってハスミちゃん。おじさんの大発見に朝からキゲンがいいみたい。トーストに目玉焼きを乗せてくれる。で、けっきょく朝ごはんの匂いがしてくると、ヨウも台所に来てイスにすわった。


「カイザー、めだまやき、たべるとおもう?」

「食べないよ」とハスミちゃん。

「たぶん小さいおじさんはね、今日は何も食べない。恐怖で胸がいっぱいだから」

 むねに手を当て、かなしげな顔をする。


「どうしたらコワくなくなる?」


 牛乳を飲みながら聞くヨウ。わたしは、「あんたがほっとけばそのうち元気になるよ」といったけど、「ぼくがみつけたんだよ、ぼくのカイザー」とヨウと敵意むき出しだ。なんだってわたしに怒るわけ? おじさんに、きょうみしんしんなのは、わたしじゃなくて、ハスミちゃんなのにさ。


 リリちゃんはおじさんショックからか、トーストを半分かじるだけであまり食欲がなさそうだった。わたしが残りをもらって食べてあげると、小さく「ありがと」だって。


 リリちゃん、もしかしたら、うちに泊まりに来たこと、こうかいしてるかも。いやだなあ。せっかく楽しくすごしてたのに。もう二度と、遊んでくれなくなったら、小さいおじさんをうらんじゃうよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る