第12話 今日は焼肉だよ

 晩ごはんが焼肉だって知ってたら、きっとおねえちゃんはうらやましがっただろうな。友だちの家に泊まりになんて行かなかったと思う。


 部活から帰ってきたおねえちゃんは、わたしとリリちゃんがリビングで工作の宿題をやっているのをみると、少し手伝おうとした。でも「今日はリリちゃん、お泊りするんだよ」と伝えると、「じゃあ、わたしもお泊り会しようかな」って。


 それでハスミちゃんに許可もらいにいって、あっという間にバッグに荷物をつめると、出て行ってしまった。玄関で「友だちってだれ?」と聞いたら、「あんたの知らない子」だってさ。


 そのあとに、ママとヨウが帰ってきたんだけど、わたしが、リリちゃんが今日お泊りすること、おねえちゃんも友だちの家に泊まりに行ったことを伝えると、ママはピクとぽっぺが動いた。たぶん腹を立てたのかもしれない。怒る一秒前に、ママはいつもあんな風になるから。


 でもリリちゃんがいるから「あらー、そうなのぅ。仲良くしてねぇ。おばさんはねぇ、今日は夜、お仕事なのよぅ。でもハスミおばちゃんがいるから大丈夫よねぇ?」と裏声みたいな高い声で歌うようにいった。それからドスのきいた声で、ハスミー!って大声で呼びながら階段をあがっていったのだった。


 それでちょっと時間がたってから、ハスミちゃんがリビングにおりて来ると、がま口のサイフを見せてきた。てっきりハスミちゃんはママにしかられたんだと思ったけど、ずるがしこい顔をして、ハスミちゃんは、ニヤニヤ笑っている。


「ママから軍資金もらったよ。今日は外で焼肉しよ。今からお肉と野菜買ってくるけど、二人はどうする?」


 というわけで、わたしとリリちゃんは工作の宿題を途中やめにすると、焼肉の買い出しにでることにした。近くにある安売りスーパーに行くとクーラーがガンガンにきいてて、ふるえるくらいだった。


 リリちゃんは、「このお店に来るのはじめて」って珍しそうに店内をみまわした。ハスミちゃんは、Tシャツから出たウデをさすりながらいう。


「リリちゃんちって食にこだわってんだろうね。ここはさ、とにかく安さがウリなもんだから、産地や保存料にこだわる家庭はさける傾向にあるんだな、コレが。でも大丈夫だよ。この店で一番高い肉を買うつもりだし、わたしは行きつけだけど、ほら、ごらんのとおり病気しらずで健康だからね」


 それからハスミちゃんは、うれしそうに、がま口のサイフをシャカシャカ振った。


「ジュースとアイスも買おうね。他にもほしいものあったらいって。わたしは今、気前がいいからさ。っていうか冷房効きすぎだよね、客を凍らせるつもりかいな。それか、うちらが扇風機で猛暑を克服しすぎたのかな。見てよ、このボツボツの鳥肌」


 とかなんとかいいながら、カートを押して歩いた。


 このスーパーで一番高いお肉は大きなパックに入っていた『メガ盛り焼き肉用牛肉』だった。でもハスミちゃんは「この肉はかみ切れないゴムみたいだと思うな」といって、となりにあった小パックの薄切りスライスの牛肉をカゴに入れた。


「牛タンも買っとこうっと。あんたら食べるよね? あ、豚とソーセージも買おう。となると、あとは野菜だ、野菜」

「ハスミちゃん、トウモロコシを買おうよ」

「いいよ。でも二本だけね。割れば四人分になるでしょ?」


 そっか。今日の夜は四人なんだ。わたしとリリちゃん。それからヨウとハスミちゃん。


 タレのコーナーにいって、どれにするかえらんだあと(ハスミちゃんは辛口にしたがったけど、けっきょく子どもに合わせてあげるって甘口にしてくれた)、アイス売り場に移動した。ひとり一本ずつと、箱のやつもひとつ。箱はフルーツミックス味のキャンディにした。それぞれ、ハスミちゃんはバニラのカップアイス、ヨウには大福アイス、わたしとリリちゃんはソフトクリーム型のやつを買った。

 

 レジでハスミちゃんはエコバッグがないことに気づいてあせってたけど、ここはダンボール箱が無料でもらえたから、それに全部つめて帰ることにした。わたしとリリちゃんは帰りながらアイスを食べた。ハスミちゃんは「わたしのアイスがとけるとける!」って小走りで進もうとするから、ゆっくり食べ歩くかんじじゃなかったけど。


 家に戻ると、最悪なことがおこっていた。ママは夜勤にそなえて昼寝していたみたいだけど、そうなるとヨウがフリーダムになってたんだ。あいつは、リリちゃんとわたしが途中やめにして出かけた工作をめちゃくちゃに破壊していた。


「こわしてないよ。かんせいさせたんだ」

 というのが、ヨウの言い分だ。ウソばっか。

「なんでさわるの。ばか!」


 わたしが怒ると、ヨウはべそをかいた。ウソ泣きだと思う。ハスミちゃんは「いいじゃん、フタバは工作得意なんだから。新しいやつは、さっきより良いもの作れるよ」だって。そういう問題じゃあない。


「フタバちゃん、また作ろう」

 リリちゃんがいう。

「ぼくもてつだう」とヨウ。イラッ!


「だーかーらー」


 わたしがブチ切れそうになると、ハスミちゃんがうでを引いてきて、コソコソ耳打ちされた。


「ヨウを泣かせないでよ。ママのところに逃げ込んだからやっかいだよ。お泊り会がなしになってもいいわけ?」


 ちぇっ。ママは夜勤だから、いま起こすとわたしよりブチ切れるはずだし、お泊り会もなしになったら絶対にイヤだ。ガマンしてヨウもまぜて工作をやり直すはめになった。


「ごめんね」


 わたしはリリちゃんにあやまった。ほんとにほんとに申し訳なかった。これで友だちやめられても文句いえなかった。


 でもリリちゃんはニコニコ顔で「大丈夫だよ」だって。リリちゃんはやさしい。それに、リリちゃんは大人なお兄ちゃんしかいない。だから心が広いのかもしれない。うらやましい。うちの弟はあんなだから、わたしの心もくさくさしてくる。


 ハスミちゃんも「手伝ってあげるよ」といってくれたけど、ハスミちゃんのやりたがることはわたしのセンスとちがったから役に立たなかった。


 不器用なんだね、ハスミちゃんって。だからヨウがもう二度とジャマしないように見てもらうことにした。ヨウにはてきとうに仕事だって絵をかかせといた。最後にあれをなんとかして今作っているものにはり付けないといけない。


 で。完成した工作は、持って行くのがイヤになるくらいの大作になった。リリちゃんは牛乳パックで作ったお城。わたしはダンボールで作ったイスだ。イスの側面にヨウの絵をはり付けたら一気に駄作になったけどしょうがない。


 わたしの才能を先生に見てもらおうとするからイヤになるんだ。もう、どうだっていいんだ。重要なのは宿題を全部おわらせることなんだから。それ以上のものをもとめてはいけない。


「今日は焼肉だよ」


 ハスミちゃんが、わたしをはげますようにいって背中をさすってきた。そうだね、焼肉を楽しみに生きるしかない。ハスミちゃんが、ガマンしてるわたしに気づいてくれただけでもありがたいのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る