第10話 出た!!

「おねえちゃんおねえちゃんおねえちゃん!!」


 おねえちゃんの部屋のドアをたたく。でもおねえちゃんは出てこない。もうねたの? そんなの早すぎる。さっきトイレいったばっかじゃん。


「おねえちゃん起きて、あのね」


 開けようさわったノブが回る。開いたドアから見下ろしてくる怒った顔のおねえちゃん。


「何、またトイレ? ゲリ?」

「ちがうよ、出たの」

「何が……あー、またふざけてんでしょ。おばけなんてねぇ」

「ネズミっ!」


 わたしは大声でいって、ぴょんととんだ。


「押し入れの中にいるよ。たぶんワナにかかったと思う。そこにしかけといたから」

 わたしをにらんでいたおねえちゃんは、イヤそに顔をゆがめた。

「ネズミ? うわー、どうすんだろ」


 と、わたしの部屋に向かいかけて、足を止めるおねえちゃん。


「ハスミちゃんにも来てもらおう」


 うん、とわたし。二人してハスミちゃんの部屋がある、ろうかのつきあたりまで行く。


「ハスミちゃん、あのね、ネズミを捕まえたんだけどね」

「フタバの押し入れにいるんだって。ちょっと来てくれないかな」


 おねえちゃんと二人、ドアを開け、声をかける。部屋の灯りはついてない。パソコンのライトだけが光ってて、タンクトップに短パン、首にタオルをかけてあぐらをかいているハスミちゃんがいた。だから、ゆっくり振り返った顔はホラーに出てくる人みたいだった。


「ネズミ?」

「うん、来て」とわたし。

 ハスミちゃんは「うへ」って顔。

「ママに頼んだら?」

「ハスミちゃん、ネズミ怖い?」


 おねえちゃんがいうと、ハスミちゃんは「今、良いシーン書いてるんだよぅ」とますます「うへ」ってなった。


「ママよりハスミちゃんのほうが頼りになるんだもん」とおねえちゃんがさらに重ねると、ハスミちゃんは「ほめても、うれしかないよ」って。でも、こしを上げて立ち上がってくれた。


「フタバの部屋?」

「ん、押し入れ。ガタガタいってる」

「ホイホイに引っ付いて暴れてるのかもね」


 わたしはガムテープにひっついたネズミを想像して少しかわいそうになった。リリちゃんに見せてあげられるかなって思ってたけど、たぶんムリだろうな。どうするんだろう、外に逃がすのかな、それとも……。


「いないじゃん」

「うそー」

「フタバ、ねぼけたんじゃないの?」


 心配してあげたのに、ネズミはどこにもいなかった。わたしがウソついたみたいにおねえちゃんはいうし、ハスミちゃんも文句はいわないけど、心の中は文句いっぱいってかんじで目がほそくなっている。


「あっ、でも見て」


 すきまだけ開いていた押し入れを、わたしは全開にして奥までよく見るようにした。


「逃げたんだよ。だってネズミ捕りがなくなってるもん」


 中にあるのは引っこしの時に持ってきたダンボール箱だけ。中には冬服とかが入ってる。ハスミちゃんは頭を突っ込んでダンボールの裏もたしかめた。


「ほんとだ。逃げたんだね。ホイホイがなくなってる」

「ほら、ネズミが出たんだよ。ウソじゃないよ」

「ウソとは思ってないよ」とおねえちゃん。


 それがウソでしょ。だってさっきまで、わたしのこと「ねぼけた」って、バカにしてたんだから。


「でもさあ。あのネズミ捕り、けっこう大きかったよね。あれごと逃げれる?」

「根性だね。けれどね、諸君」


 ハスミちゃんは首にかけてるタオルで、こめかみに浮いた汗をぬぐうと立ち上がった。


「ホイホイを張り付けたまま、ネズミくんは、どこに逃げたわけだい? ドアは閉まっていた、窓も……って、この部屋暑いよ、網戸にしたら?」


「アミドは虫が入るんだもん。エアコン、つけてくれたらいいんだけど」

「ハイハイ、だったら、わたしの部屋にもエアコンつけてよ」

「そういうことはママの前でいいな」


 むくれるおねえちゃんをこづき、ハスミちゃんは窓を開けた。でも風は吹いてないし、ちっともすずしくならない。ハスミちゃんはアミドをガタガタゆらした。


「ちゃんとハマってるね。うーん、ネズミはどうやって逃げたんだ。この部屋は密室だよ、フタバくん」


 エアめがねをくいっとさせるハスミちゃん。


「ドアも窓も閉まっている熱中症まっしぐらの部屋で、ネズミはどこに消えたんでしょう?」


「ドアだよ」とわたしはゆびさした。

「ドアっていうか戸ね。ここ引き戸だもん」


 引き戸だからって何が変わるの、とおねえちゃんがバカにしてくるから、わたしは説明してあげた。


「ネズミが手でカリカリして開けたんだよ、それから閉めた」

「バケモンだね」


 ハスミちゃんが笑う。それから、この話は終わりってかんじで、さっさと出て行こうとする。


「ネズミ、すぐ見つかるよね。あの大きな家がはりついてるんでしょ?」

「かもね」

 と、ハスミちゃんは振り返って、

「明日、二人に扇風機を買ってあげよう。ママに資金をねだっとく。猛暑でくたばったら大変だもの」


 だって。おねえちゃんはよろこんでた。でもわたしはネズミが気になって気になって、あんまりうれしいとは思わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る