第9話 事故物件

 おねえちゃんは、この家が「おばけハウス」だとは知らなかった。


「本当に? リリちゃんのウソじゃなくて?」


 と、うたがってきたけど、おねえちゃんだってリリちゃんがそんなイジワルなウソをつく子じゃないとわかってるから、「えー、やだー!」と小さい子がだだこねるみたいにジタバタした。


「サイテイ、サイアク。他に知ってる子いるかなぁ、やだー、やだー」


 おねえちゃんがイヤがってるのは「うちにはおばけが出るのかも!」って心配じゃなくて、「おばけハウス」に住んでるってバレるのがイヤなのだ。それはわからなくもないけど。だって、からかわれそうだものね、おばけハウスの住人なんて。でもわたしは本当におばけが出るのかも、ってことも心配だ。


「ママは知ってるのかな?」

「知ってるんじゃない? 知ってて、わたしたちがイヤがると思ってだまってるんだよ」


 でもおねえちゃんもわたしも、ママに聞く勇気が出なかった。なんか怒り出しそうなんだもん。「イヤがったって、ずっとこのうちに住むんですからね!」ってさ。だから、かわりにハスミちゃんに聞いてみることにした。そもそもこの家を見つけてきたのはハスミちゃんだっていうしね。


 で、どうなったかというと。


「うん、そうだよ」


 ってハスミちゃん。

 おねえちゃんは「えーえーえー」とさわいで、ジタバタした。


「ありえなーい。みんなにココに住んでるってバレないようにしないとダメじゃん」

「そんなのムリだと思うけど」


 わたしのれいせいなツッコみに、おねえちゃんはギロッ。にらまないでよー。だって絶対すぐバレるって。


「正確にはおばけハウスって呼ばれてるのは今知ったけど」


 ハスミちゃんはパソコンで執筆中だったみたいだけど(でも文字は一行しか打ってないように見えた)、画面をぱたんと閉じた。わたしとおねえちゃんを真剣な顔をして見てくる。


「あのね。この家は出るんだって」

 ハスミちゃん。古典的なおばけポーズをしてる。手を下に向けてたらす、アレ。

「ネズミは出るよ」

「フタバ。ネズミも出る。でもこっちも出るのよ」


 みーたーなー、って。ハスミちゃんは白目になる。


「マジ?」とおねえちゃん。わたしも「マジ?」と聞く。

「マジ。大マジ。だから家賃安かったんだよ。この家はね、いわゆる事故物件」


 白目から戻ったハスミちゃんは、ひょいっと肩をすくめた。


「この家ってハスミちゃんが見つけてきたんだよね?」

「どうしてママに紹介したの?」


 わたしとおねえちゃんが責めると、ハスミちゃんは「バカだねー」とのんびりいって閉じたパソコンの画面をまた開けた。


「あんたたちのママはそういうの気にしないし、わたしは気にするけどみんなで住むならへっちゃらだと思った、以上!」


 しっしっ、と払う仕草。どうやら執筆モードに戻るらしい。といってもキーボードの上にある手はピクリともせず、動いたと思ったら動画サイトを開けてたけど。


「ハスミちゃんっ」

「おばさんはお仕事中でーす」

「ねえ、出るって何がでるの、どんなおばけ?」

「巨大ネズミ、または人食いネズミ」

「ほんと!?」

「バカだね、フタバったら。ハスミちゃんさ、冗談いってないで本当のこと教えてよ。まさか殺人事件があった家とかいわないよね?」

「殺人っ!?」

「カズハぁ、フタバを脅さないのーぅ。ちがうって。ただちょっとね」


 ハスミちゃんは動画を止めてこっちを見る。


「突然テレビの電源が入ったり、誰もいないのにノックする音が聞こえたり、電気がついたり消えたりするんだって。あとは寝てたら何者かがさわってきたり、かじったり?」


 たいしたことないでしょ、ってハスミちゃん。

 でもわたしは昨日の夜のことを思いだして、ぞぞぞー、とした。


「電気がついたり消えたり……。それってトイレの電気?」

「さあ。いろいろなんじゃない?」


 ハスミちゃんは今度こそ「お仕事しまーすっ」て執筆画面を出してポチポチ文字を打ちだした。読んでみたくなって近づいたら、ぐいっとおでこを押し返される。


「ダメダメ。集中したいから出て行って。ほら、カズハも」


 だから、部屋を出たおねえちゃんとわたし。

 おねえちゃんは何かいいたげにわたしを見てくる。


「何?」

「トイレの電気って何の話?」

「ヨウのイタズラだと思ったんだけどね」


 わたしはきのうの夜、トイレにいったら電気をパチパチされたことを話した。おねえちゃんは「ヨウじゃなかったの?」と小声になってる。


「うん。だってその時間はママと部屋にいて、もうねてたって」

「ウソかもよ」

「わたしも朝はそう思ったよ。でもハスミちゃんの話を聞いてさ」


 おねえちゃんはプルッとふるえた。


「わたしたちが住んでるの、事故物件だって。ありえないよね。ハスミちゃんって、やっぱ変な人だよ。知ってる? あの人が書いてる小説、ホラーなんだよ?」

「前はファンタジーっていってなかった? ドラゴンが出てくるやつ」

「いろいろ書いてんだよ。でも今はホラーだよ。ぜったいね」


 それは、おねえちゃんのそう思ってるだけ? それとも本当にハスミちゃんは今、ホラーをかいてるのかな。みんなで住んだらこわくないっていってたけど、取材のために住んでるのかな?


「おねえちゃん」

「ヨウにはヒミツね、このこと」

「うん、わかってる。また前のアパートに帰るって泣いてもイヤだし。でもね、あのね」

「何よ、あー、わかった」

「うん」


 おねえちゃんは「ハア」とめんどうくさそうにした。


「夜だけだよ。でも寝てるのを起こすのはナシね」

「うん。でもモレそうだったら起こすかも。おねえちゃんがいきたくなった時もついていくよ、トイレ」

「ありがと。でもま、わたしは怖くないけどね」


 でもその夜、おねえちゃんに起こされていっしょに一階のトイレにいった。ちょっと腹が立ったからおねえちゃんがトイレに入ってる時、わざと電気を消してやった。ぎゃーってすごい悲鳴でパンツだけはいたおねえちゃんがとびだしてきた。パジャマのズボンは足にひっかかったままだ。


「出た!」

「ごめん、わたし」

「ばかっ」


 たたかれたけど、これはしかたない。ふざけすぎた。

 わたしの番の時、今度はおねえちゃんがイタズラするかなと思ったけど何もなかった。というか、おねえちゃんはわたしを待たず部屋に戻っていた。ちぇっ。ビクビクしながら階段をあがって自分のタタミの部屋に戻る。


 と、その時だ。押し入れのふすまがガタガタゆれている。

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