第8話 おばけハウス

 これで習字はカンペキ。他の宿題だって、リリちゃんとやったら、あっという間におわる気がした。


 今日もアニメをみてないで、わたしもドリルを持ってきたらよかったんだ。つぎに遊びに来るときは、ちゃんとドリル持ってきてリリちゃんに教えてもらおっと。工作と絵はわたしのほうが得意だから、そこはリリちゃんのお役に立てるはずだ。


 そんなこんなで、そろそろ夕方になってきた。楽しい時間はいつも思うけどすぐおわっちゃう。


「リリちゃん、わたしの家にも遊びに来てね。わたしの部屋はタタミだけどさ」

「タタミ好きだよ?」

「そっか、ならよかった」


 だけど、わたしはどうしてもフローリングへの愛がすてられなかった。ネズミが出るタタミの部屋なんてイヤだ。でも仕方ない、マイルーム争奪戦に負けたんだから。わたしは平和主義だからね、おねえちゃんやヨウと骨肉の争いはしないんだ。


「リリちゃんがタタミでもいいんだったら、いつかお泊りにも来てくれたらうれしいな」

「うん、行く。楽しみ!」

「わたしもっ」


 ぜったい夏休み中に来てもらおう。ウキウキしちゃうな。

 で、わたしは帰る前に、最後にもう一杯麦茶をもらうことにした。キッチンで立って飲んでると、リリちゃんが聞いてきた。


「フタバちゃんの新しい家って、公園が近くにあるところだよね?」

「ううん。公園よりもっとこっちの」


 わたしは空中に地図をかいてみる。リリちゃんはこっちじゃなくて? とうまく伝わったらしく、見えない地図の右をゆびさした。


「こっちのほう。えっとね、青い屋根なんだよ。二階立てで。ボロいの」

「青い屋根の家なんて近所にあったかなあ」


 リリちゃんは覚えがないみたいだ。


「ボロいんだよ」とわたしはもう一度いった。

「中はそうでもないけど。外はボロいの。庭に草も生えてるしね。ほら、どくだみだよ、あのしつこい草。屋根はさ、青だけど色あせてぼやけてる色だよ、ぜんぜんキレイじゃない」


 と、リリちゃんはハッと思いあたったらしい。


「もしかして、おばけハウス?」

「何それ、シャレてんね。うちって、おばけハウスっていうの?」

「ごめん、きぶん悪くしないでね?」


 リリちゃんは両手を合わせてきたけど、わたしはべつにイヤな気分にはなってなかった。逆に面白いと思ってたから。今の家、おばけハウスって呼ばれてるの?


「えっとね」とリリちゃんはいいにくそうにしたけど教えてくれた。

「とっても昔の話だけど、前に高学年の人がそういってるの、聞いたことあったの」

「へーっ、昔って、いつくらい前?」

「わたしたちが二年生の時かな? 六年生の人がいってたんだよ。あの家の前を通ったときに、『ここ、おばけハウスらしいよ』って。それをおぼえてたの」


「ぜんぜん知らなかったよ」

「ごめん」

「ううん、いいの。ボロ家だからおばけハウスっていうのかな?」

「そうかも……えっと」


 リリちゃんは気まずそうだ。わたしは「気にしてないよ。おばけハウスって気に入ったもん」といってみた。でも、リリちゃんは「友だちやめないでね」と、口をすべらせたことをくやんでるらしい。


「やめないよ。リリちゃんがおばけハウスの子と遊びたくないっていうならわかるけどね。すてられるのは、わたしのほうだよね」

「そんなこといわないで」

「おばけハウスの住人でも仲良くしてくれる?」

「もちろん」

「泊りにも来る?」

「……」

「リリちゃん」


 ショックうけた顔真似したら信じちゃったみたいで、リリちゃんは大あわてで、「行くっ、行くよ!!」といってくれた。良かった。友情はつづくのだ。ホッ。


 でも、リリちゃんは、「けどね」といいだした。わたしは身がまえた。リリちゃんの表情は暗い。きっとかなしいセリフが出てくるはずだ。


「無理しなくていいよ。アレだよね。おばけハウスの住人と仲良くしたらリリちゃんまで悪口をいわれるものね」

「そうじゃなくて」

「そうじゃないの?」

「うん。あのね、おばけハウスはね、そのー、見た目がそうだからじゃなくてね」

「ボロいからじゃいの?」

「うん。本当に出るから、おばけハウスなんだよ」

「出るのはネズミだよ」

「おばけも……」

「出るんだね?」

「って、六年生がいってたの、昔ね。今じゃないよ。わたしが二年生の頃」

「つまりわたしも二年生だよね」

「カズハちゃんは四年生だったはずだよね? もしかしたら何か知ってるかも」

 うーん。

「知らいないと思うよ。知ってたら引っこすの反対したと思うもん。あ、ヨウは反対したんだった。でもたぶんおばけハウスだからじゃないよ。あの子、とりあえず何でも反対するのがマイブームだから」


 って、会話をしてたら、ゴトンッと大きな音がしたから、二人してビクッってなった。


「あれ? まー、いらっしゃい」


 リリちゃんのママだ。さっきのゴトッは玄関のドアを閉めた音だったみたい。そうだよね、だってここはリリちゃんちで、おばけハウスじゃないもの。……うちだって、出るのはおばけじゃなくてネズミだけどさ。


「おじゃましてます」


 わたしはぺこりとあいさつしてから、カベの時計を見上げた。うっかり話しすぎちゃったかも。うちのママもそろそろ帰って来るかもね。というか暗くなる前に帰らなくちゃ!


「うちの近くにお引越ししたのよね?」

「はい、そうです。また遊びに来ます! じゃあね、リリちゃん」

「うん、明日はプールね」

「わかってる、下に水着、着てくるよ」


 バイバイして、いそいでサンダルをはく。あーあ、かかとがパカパカしないやつをはいてくるんだった。走りにくいや。外はまだぜんぜんかげってなくて、明るかった。でも早く帰りたい。太陽を食べる妖怪が、すぐ背中からおいかけてきている気がしてソワソワするから。こわい話は好きだけど、ひとりになると、やっぱりこわすぎる。


 っていうか、今から帰るのがおばけハウスなんだけどさ。おねえちゃん、この話、知ってるかな?

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