第7話 リリちゃんと習字の宿題

「プハーッ!! 助かったぁ」


 リリちゃんちのエアコンがきいたリビングはかいてきだ。冷えた麦茶をもらったらまさに生き返った気がした。外はすっごくあつかった。本気でコゲたと思った。でも、ギリギリ大丈夫そうだった。


「うちまで遠かった?」 


 いっき飲みした麦茶のおかわりをいれてくれるリリちゃん。


 リリちゃんは玄関をピンポンしたわたしをみて「大丈夫っ」てすごく心配してくれた。それだけユデダコになってたみたい。今はひんやりすずしくて、ゆだってた熱もすっかり引いた。


「ううん。まっすぐいって曲がってそれから坂をのぼったらリリちゃんちだっだよ」


 わたしは、おかわりの麦茶をごくごく飲むと、リリちゃんがいっしょに出してくれたスイカも食べた。とってもぜいたくでしあわせだ。


 そうして、わたしとリリちゃんは、宿題の進み具合をくらべたり、明日あるプールの授業は、いっしょに行こうと約束したりしておしゃべりしたあと、テレビをつけてアニメを見ようってことになった。夏休みスペシャルで妖怪のアニメが連続でやってたんだ。見たことない回のやつだったらから、わたしは夢中でたのしんだ。


「あっ、そうそう」


 コマーシャルになったところでわたしは思い出していった。リリちゃんはマジメだからアニメを見ながら宿題のドリルをやってたんだけど(リリちゃんはあと数ページでドリルはおわりらしい。わたしはまだ二ページしかしてない)、顔をあげてこっちを見てくれた。


「あのねー」

 わたしは怖い話をするみたいに声を低くした。

「うち、出るんだよ」

「! ……おばけ?」

「ネ」とわたしはいって少しだまり、「ズッミー!」と大きな声を出した。

「ネズミ?」とリリちゃん。「かわいい?」


 リリちゃんは動物好きだ。イヌかネコを飼いたいみたいだけど、リリちゃんのパパママがあまり乗り気じゃないらしく延期中だ。おじさんは飼うならイヌかな、といってるみたいだけど、どうもママがネコ派なんだって。


「いっしゅんしか見てないからわからないけど、たぶんかわいいと思うよ。きのうの夜はわたしの部屋にも出たんだよ。すがたは見てないけどね、ふすまのむこうにいたの」


「そうなんだ」


 リリちゃんはドリルのすみにネズミの絵をかきはじめた。でもうまくいかなかったらしく、「フタバちゃん、ここにネズミかいて?」とドリルの一番最後のページを開いてエンピツもコロコロっところがした。


「いいよ、まかせて」


 絵はわたしのほうがとくいなんだ。でも、なるべく本物っぽくかこうとしたのに、カラダをかくのがムズかしくて、キャラクターっぽくなっちゃった。わたしはネズミにまつ毛をかいて首にリボンをつけてあげた。


「あのね、ネズミ捕りもしかけたんだよ。捕まったら見たい?」

「死んだやつ?」リリちゃんは首をすくめた。


「ううん」とわたしは答えたけど、いってから頭の中に「?」が浮かんだ。

 たぶん生きてるよね?

「ガムテープみたいなのにくっつくだけだから死なないよ。捕れたら見せてあげる」


 最初のネズミのとなりに小さな子ネズミを三匹かいてからドリルとエンピツをリリちゃんに返した。うちのネズミは一匹かな。それとも家族がいるのかな。


 コマーシャルがおわったから、またアニメを見ることにした。リリちゃんもドリルを再開している。たぶん今日中におわらせるつもりなのかも。はりきってるなあ。


 そしてアニメがおわるころ、リリちゃんのドリルの宿題もやっぱりおわった。あとは読書感想文と図画と工作が残っているだけなんだって。わたしは何もおわってない。でも仕方ない。引っこしの準備でいそがしかったんだから。これからだ、これから。


「でも習字はおわったでしょ?」


 リリちゃんが心配してくれる。わたしは「やってないよ」とけろりと答えたら、リリちゃんは自分のことのようにあせりだした。


「えっ、習字は今週中に出すんだよ? あしたプールに行くときに持っていくつもりかと思ってたよ」

「ほんとに?」

「そうだよ。毎年そうじゃん」


 そんな気がしてきた。習字だけは早くしめ切りがあるから新学期になる前に出すんだった。


「でもヨウもやってないよ」

「うちの学校で、習字の宿題があるのは三年生からでしょ? ヨウくんは一年だからまだだよ」

「……おねぇちゃんも出してないよ?」

「中学生は出したい人だけだって。おにいちゃんがいってた」

「わたしも出さないといけないかな?」

「宿題だよ? あ、今から書く?」


 わたしは迷っていた。でもリリちゃんは返事する前に「習字道具とってくるね」って二階の自分の部屋に行ってしまった。


 だから。


「これでいいかな?」

「もう一枚書いてみて。ここ、少しつまってる。まだ半紙残ってるから、はい」

「ありがと」


 習字って苦手だ。消しゴムで消せないから。あと、いきなりスミがなくなってかすれるし、毛先がわれるんだもん。下手になるに決まってる。


 それでも、わたしはリリちゃんのご指導を受けながら、なんとか宿題の習字を完了させた。


「いいね。上手だよ。まちがってるところもないし」

「うん、ありがとう。新聞にくるんでもっていくんだっけ?」

「あした、いっしょにプール行くでしょ? そのとき渡してあげる。しっかり乾かさないといけないしね」

「ありがと。かさねがさね、ありがと」


 両手でおがんでおじぎしたら、「フタバちゃんおばあちゃんみたい」だって。


 習字で書いた課題の文字は『希望の光』だ。リリちゃんと知り合えて本当によかったよ。じゃないと習字の宿題をしそこねて、絶望のヤミに落ちるところだったから。

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