第5話 トイレの電気、カチカチ

 夜。ねる少し前。


 わたしは絵日記を書いていた。宿題で十日分の絵日記を書くことになってるんだ。今日はその一日分を書いてしまおうとがんばって書いてたんだ。つくえはなかったから、服を出したダンボール箱をひっくり返して使っている。


 布団はカビくさいから、新しいのを明日ママが買ってきてくれるって。その時、つくえも買ってもらおうと思う。でも今日の夜はダンボールのつくえと、ハスミちゃんから借りたミノムシみたいになるネブクロを下にしてねることになった——中に入るには夏だし、あつすぎるから。


 こんなことなら、折りたたみの丸テーブルを持ってきたらよかった。足が曲がってて、ガタガタいってたけどダンボールよりマシだもの。


 と、そんなことを思いながら、わたしは絵日記に新しい家とワゴン車の絵をかいた。それから大きな食器だなとネズミも。タタミの部屋をかこうとしたけどうまくかけなかったから、文字で、『わたしの部屋はタタミになった』とかいて、目がキッとつりあがった自分の顔の絵をかいた。


 それから、ハスミおばちゃんはスポーツバッグひとつしか荷物がなくてママがあきれていた、とも書いた。たぶん先生も読んでわらってくれるかもしれないから。


 まだ何かつけたそうかと考えていると、カタカタカタと音がした。最初は何の音かわからなかったけど振り向いて気づいた。押し入れのふすまがゆれている音だ。


 前のアパートでもにたようなことがあった。トラックとかが家の前をとおるとグラグラしてゆれる。それと同じだと思った。でもネズミの下にチーズの絵をかいている時、やっぱりおかしいと気づいた。まだふすまはカタカタなっている。でも車が走る音はしない。風のせいかな。見たけど、アミ戸にしている窓のカーテンはまっすぐなままだ。


 カタカタカタカタ。うるさいなあ。


 わたしはふすまをたたいた。と、何の音もしなくなった。そうだ。もしかしたらネズミだったのかも。台所にいたんだもん。わたしの部屋に出てもおかしくない。


 わたしは、ふすまをいきおいよく開けた。来たときはカラだった押し入れは、今はわたしの荷物をおいてある。ダンボールが二箱、その上にぬいぐるみを出してぺったんこになったリュック。ダンボール箱を少し動かしてみた。何も出てこない。


 しばらく息をひそめてネズミが動かないか待ってみた。でもいつまでも何の音もしなくて、耳をすませるのに集中してるのもつかれてきたからやめた。ネブクロの横においためざまし時計を見ると、あと少しで十一時になるところだった。


「もう寝よっと」


 とちゅうやめだったチーズの絵をかきおえると絵日記を閉じた。ねる前にトイレに行こうと思って部屋を出た。ろうかはまっくらだけど、階段のところは小さいだいだい色のライトがついたままになっていて、それで少しは周りが見えた。みんなもう寝ちゃったのか、とってもしずかだ。


 トイレは一階にしかない。まだなれてない新しい家の中を歩くのはこわいかんじがする。でもおねえちゃんを呼んだらバカにされそうだ。ハスミちゃんならついて来てくれるかもってそっちに歩きかけたけど、やっぱりひとりで行くことにした。


 階段はきいきい音をたてる。汗をかいている足の裏がぺたぺたと、ろうかに引っつくかんじがした。


 トイレにはママがお気に入りの炭のにおい消しがおいてあって便座カバーも見たことがある青色、スリッパも見なれた黒ネコの絵のやつだ。これからは、この家にすむんだとあらためてかんじだ。もうあのアパートはよその家なのだ。そう思うとへんな気分だ。


 一階もしずかんだ。ママもねてるんだろう。トイレにすわってると、最悪なことに、電気がついたり消えたりした。パチパチパチ。音がしている。きっとヨウだ。おねえちゃんじゃないと思う。こんなくだらないイタズラ、おねえちゃんは面白がらないから。きっと、ヨウはわたしが階段をおりる音を聞いて、あとをつけてきたんだろう。


「ヨウ、やめて。あんたのタオルケット、やぶいてやるんだから!」


 すると明るい状態でピタと止まった。水を流していそいで出てみるとだれもいなかった。にげた足音はしなかったんだけど。二階に戻ってヨウの部屋を開けてみた。でも暗かったし、ヨウがいるようすはない。きっと一階のママのところに逃げたんだろう。


 それでわたしは腹がたったまま何とかねむったんだけど、朝になってご飯と食べてる時にヨウに聞いてみたら、ずっとママの部屋にいて、そこで八時にはねたっていう。


「でもトレイの電気をつけたりけしたりしたでしょ?」

「ううん、ぼくしてないよ?」


 トーストをかじりながらとぼけるヨウ。しつこく聞いてみたら「やってないもん」と泣きそうになったから、それ以上といつめるのはやめた。でも他にだれだっていうの?

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