第4話 ハスミちゃんはボサボサ頭
ハスミちゃんはやっぱり二階にいた。階段をあがって一番おくの部屋だ。家具も何もない部屋のまんなかで、ハスミちゃんは、あぐらをかいてスマホを見ていた。となりには、ハスミちゃんがうちに泊まりに来るときにいつも持ってくる大きなスポーツバッグとコンビニの袋がひとつある。
「ハスミちゃん、ママが呼んでるよ」
ハスミちゃんはわたしの声にびっくりしたいみたいだ。スマホを投げそうなほどびくりとしてから、「わあ、フタバかぁ」とホッと息をはいている。
「あんたたち、いつ来たの?」
「さっき。車の音、聞こえなかった?」
ぜんぜん、とハスミちゃん。スマホに夢中になってたんだろうな。ゲームかな。ママは目が悪くなるからと、わたしたちが遊びだすと、すぐやめるよういうけど、ハスミちゃんはそんなの気にしないのだ。どうせもう目が悪いし、って。
ハスミちゃんは、いつもは肩くらいの長さのボサボサ髪をそのままにしている。でも今日は引っこしで気合を入れてきたのか、後ろにひとつにむすんでいて、毛先がススキみたいにボッとふくらんでいた。
「よっこいせ」とハスミちゃん。
「おこられる前に下に行きますか」
立ち上がると、ハスミちゃんのからだは、パキパキ音を立てた。
「フタバ、ここはわたしの部屋にするからね。一番奥の角部屋。残りは好きに選ぶといいよ」
まんなかの部屋が、どんな部屋か見てないけど、ハスミちゃんのとなりがいいと思った。「わたしは、まんなかにするよ」
ハスミちゃんにつづいて階段をおりながら、話しかけた。
「あのさ、この家、ネズミがいるよ。台所に出たんだ、冷ぞう庫の裏に逃げたよ」
「げー」とハスミちゃんは立ち止まって、わたしを振り返る。
「ネズミはダメだよ。わたし、あいつらにサンドイッチ盗まれたことあるからね」
ハスミちゃんと台所に行くと、ママは食器だなにお皿をしまっているところだった。
「ハスミ、ダンボールに『食器』ってあるやつ持ってきて、外にあるはずだから。それがすんだらネズミ捕りを買ってきてもらいたいの。ついでにお昼もお願い」
ハスミちゃんがだまって手を出すと、ママは「もぉ」とため息をついてから、あごでテーブルをしめした。ママのトートバッグがある。
「財布からいくらか持って行って。ポイントカードもね」
ハスミちゃんが一万円札を抜こうとしたら、ママが気づいて舌打ちした。「冗談だよ」とハスミちゃんはいって、千円札を三枚とるとジーパンの後ろポケットにねじこんだ。
「おつりはちゃんと渡すからさ。おねーちゃん、妹を信頼してよね。あ、フタバも買い物に行く?」
わたしは行くって答えようとした。でもママが「フタバは自分の部屋の荷物を片付けないといけないから。お昼は全員おにぎりでいいよね。ハスミ、コンビニで買ってきて」だって。
それからすぐ出て行きそうになったハスミちゃんにママは「食器のダンボール持ってきて」ともう一度たのむのをわすれなかった。ハスミちゃんは振り向かないで手だけヒラヒラさせると台所を出て行った。
「ママ」とわたしはウキウキしながらいった。
「わたし、二階のまんなかの部屋を自分のにするね。ハスミちゃんは一番おくだって」
「あらそう、いいんじゃない」とママ。
「でもおねえちゃんとケンカしないようにね」
というわけで、ママの心配は当たってしまった。おねえちゃんもまんなかの部屋がいいって。本当はおくがよかったけど、そこはハスミちゃんの荷物があったからやめて、二番目にココがいいと決めたんだって。どうやら、わたしと入れちがいに二階にあがって来たみたいだ。
「最初にココにするって決めたのはわたしだよ。ハスミちゃんに聞いて。そういうよ」
「でも、わたしはもうどこに何をおくか決めたから。フタバは向かいにするか、階段のすぐ横の部屋にするといいよ」
で、おねえちゃんはわたしが何をいってもムシ。ダンボール箱からとり出した教科書を本だなにならべていく。ハスミちゃんが選んだおくの部屋はからっぽだったけど、ここは本だなとつくえ、それからベッドまであるんだ。わたしはますますこの部屋が気に入ってしまったのに、おねえちゃんがこうなると、ぜったいにゆずらないから、あきらめるしかない。
「むかいの部屋もベッドある?」
おねえちゃんは「あったよ」といった。でも見に行くと、むかいの部屋にあったのはベッドじゃなくてフトンだった。ココはタタミの部屋だったんだよ。押し入れもついてるけど気に入らない、わたしは床の部屋にベッドがほしかったから。
でもこのとなりにある部屋は物置で、前に住んでいた人が残していったガラクタがたくさんつんであった。たぶん使えるものは何もない。手前にある掃除機を引っぱり出そうとしたけど、ホースのところがわれて穴が開いていた。
だから残りは階段をあがってすぐの部屋しかない。もちろん、一階にいけば、もっといい場所があるかもしれない。でもわたしは二階に部屋がほしかったんだ。
というのに、ドアを開けてみるとそこにはヨウがいて、持ってきたお気に入りの茶色のタオルケットを広げて上にすわっていた。
「ぼくはこのへやにするよ。ママといっしょじゃなくていいんだ」
そういうわけで、わたしはこの家でたった一つのタタミの部屋を使うことになった。もちろん一階にだっていい部屋はあった。床で日当たりの良い最高の部屋が。でもそこはママの部屋になったから、わたしにはタタミしか残らなかったんだ。
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