第147話 式神

 術者の使役する式神、あるいは使い魔との契約の強さはそのまま術者としての力量に直結していってもいい。


 なにせ相手は協力関係にあるとはいえ『怪異』だ。自由にさせ過ぎれば術者本人を害することもあるし、強力な式神であればあるほど制御不能になれば大惨事を引き起こす。

 一方で、式神の自由意思を完全に縛ってしまえばすべての動作をいちいち指示しなきゃいけなくなって手間が増えるだけだ。それこそ、式神を使役する意味がない。


 だから、式神との契約には絶妙なバランス感覚が必要になる。

 縛りすぎず、自由にさせ過ぎず、同時にその式神の能力を最大限に発揮させねばならないからだ。


 それこそ、あの『初代』が残した言葉にこうある。『契りの糸は蜘蛛の糸のようにせよ』と。契約の縁は蜘蛛の糸のように柔らかく、そして、切れにくいものにせよという意味だ。


 その点で言えば、道時くんの護衛の術師たちの式神との契約は強固すぎた。

 術師たちの式神はそれぞれの式神が単一の能力を行使するように命令されていて、行動の自由はほとんど許されていない。


 式神の役割を一つに限定して、武器のように扱う。発想自体は間違っていないし、それはそれで強力なのだが、今回の場合は裏目に出ている。今、戦闘しているこの『ぬえ』を倒すには式神同士での連携が必要だ。


 というわけで、術者諸君の式神との契約を乗っ取らせてもらった。無論、乗っ取った際に契約も一部書き換えさせてもらった。


「し、式神が!?」


「契約の破棄!? ど、どうして!?」


「み、道孝!? き、貴様何を!?」


 というような事情を説明している暇はないので、当然、道時くんの護衛達には非難されるが、構っている暇はない。

 

 なにせ、オレは隠身の術を解いて魔力を励起させている。鵺からすればこの場における最大の脅威であり、最高のごちそうだ。

 実際、鵺の注意はオレに向いている。涎の代わりに物質化した呪いを垂れ流して、牙をむいて嗤っていた。


「――■■■■!」


 耳をつんざく叫びをあげて、鵺が飛び掛かってくる。

 飛沫ならともかくこの質量、この威力の攻撃はオレの結界じゃ弾けない。そのまま押しつぶされるだけだ。


 回避しないといけないが、鵺本体をかわすだけではすまない。降りかかる呪いの質量も流れ弾どころじゃない、掠めればオレでも呪いに侵されかねない。


 そこでオレはだけ移動する。すると、次の瞬間、至近距離に鵺の巨体が激突した。

 まき散らされる呪いの塊。周囲を埋め尽くすようなそれはしかして、オレにだけは届かない。


 実に幸運ついていた。今なら宝くじが当たりそうだ。


「――?」


 鵺もオレに視線を向けると不思議そうに頭をひねる。どうにも愛嬌のある仕草だが、ネタばらしをしたところでこいつには理解できないだろう。

 問題は、道時クンの護衛の方。同じ術者として術の解析でもされたら面倒だったが、あの「な、なにが起きたんだ!?」という表情からしてまあ、大丈夫だろう。


 今の一撃をオレは回避したわけじゃない。より正確に言えば、今の攻撃は外れたのだ。

 アルマロスとの戦いの際に使用した『八門金鎖陣はちもんきんさのじん』、それを改良した『八門金鎖陣・連環れんかん』のおかげだ。

 

 『八門金鎖陣』の効果は相手の幸運を下げ、こちらの幸運を上昇させることで攻撃が外れる確率を高めるというものだったが、『連環』においてはそこにさらに一工夫加えてある。


 この『連環陣』において陣の中にいるオレとオレ以外の対象は魔術的な縁、それこそ鎖のようなもので結ばれている。

 その鎖を通して陣の効果によって下げられた対象の幸運はオレへと循環する。ようは下がった分の相手の幸運値がオレにプラスされているというわけだ。


 なので、この『連環陣』は通常の陣よりもはるかに長持ちで、陣の内部にいる対象が多ければ多いほどオレの幸運は長持ちする。まあ、あくまで『とんでもなくツイている』というだけなので相手との実力差が運の要素が入り込みようがないほどに乖離している場合は意味がないのだが……、


「まあ、おまえくらいの相手ならこんなもんさ」


 鵺をそう挑発して、奪った式神たちを配置につける。

 与える命令はシンプルだ。『鵺を倒せ』と『オレの命令を聞け』の二つだけ。後は与える魔力の配分を前の主の二倍に設定しただけだ。


「――■■!」


 鵺が吠える。尾の蛇をオレに向かって振るうが、それが届く直前、オレの身体が引き寄せられた。

 

 奪った式神の一体『女郎蜘蛛』の糸だ。その糸がオレの身体を絡めとって、自分の傍に引き寄せたのだ。

 おかげで鵺の攻撃を回避できた。ここから反撃だ。


「『射よ』」


 餓鬼どもに命を下す。魔力を使って彼らの武器を弓に作り替えて、一斉射撃だ。

 本来、矢一つ一つは小さく威力もないが――、


「■■!?」


 小さな矢に怯えるようにして、鵺が飛び退く。これで勝負を決められれば早かったんだが、そううまくはいかないか。


 鵺という怪異には弓矢によって退治されたという逸話がある。

 古くは平安の世の話だ。時の帝を脅かした鵺を源頼政みなもとのよりまさが退治した。その時に用いたのがかの源頼光、アオイのご先祖様から受け継いだ『雷上動らいじょうどう』だ。


 餓鬼どもが用いる弓はそんな名品に及ぶべくもないが、それでも弓は弓、矢は矢だ。オレが魔を祓うための浄化を付与エンチャントしているから効果は覿面だ。

 

 もっとも、これだけでは鵺を仕留めるのには足りない。それこそアオイがこの場にいれば一刀両断にして片が付くだろうが、オレにはできないので下準備が必要だ。


「『囲め』」


 即席で塗壁に魔力を注ぎ込んでその能力を拡張する。

 そうして形成するのは鵺を取り囲む土壁。余剰魔力による強化も併せてその強度は小型ミサイルの直撃にも耐えうる。鵺でも壊すには十数秒はかかる。


 これで閉じ込めた、とはいかない。上ががら空きだ。完全に覆うには塗壁の質量が足りない。

 無論、想定内だ。すでに手は打ってある。


「『覆え』」


 土壁の上に天井を作るのは女郎蜘蛛の糸。幾重にも折重なった糸は鋼鉄にも匹敵する硬さだ。簡単にはぶち破れない。

 これで拘束は完了。鵺に何か切り札があれば話は別だが……まあ、あるだろうな、切り札。


「■■■■――!」


 鵺がこの世のものではない奇怪な叫び声をあげる。そうして、次の瞬間、強固な囲いが内側から弾けとぶ。直接攻撃を受けた塗壁のダメージは甚大だ。


 ……何が起きたかはわかる。

 あの鵺は囲いの中で自分の表層を覆っている呪いを一斉に励起、呪いの大爆発を起こした。その衝撃と呪いの奔流が塗壁の囲いをぶっ飛ばしたのだ。


 呪いの爆発反応装甲リアクティブアーマーのようなものだ。本来の反応装甲は防御のためのものであって拘束を吹き飛ばすために使うものじゃないが、威力は十分。塗壁には再生能力があるが、


 さて、これでオレはせっかく手に入れた手駒を一つ失ったわけだが、ここまでは作戦通りだ。

 鵺は囲いを破り、ニタニタと笑ってオレに殺意を向けているが、勝負はすでに決している。オレの勝ちだ。


「――『呪詛変転・百舌鳥もず』」


 鵺がこちらに飛び掛かろうとした瞬間、術を発動させる。一瞬だが魔力を全開にし、鵺の魔力量を上回ることで呪いを返すのだ。

 

 炸裂したのは物質化した呪いの棘。鵺の全身を覆う呪いの鎧が変質し、鵺を貫いたのだ。

 体内から飛び出した棘の数々はさながら百舌鳥によってはやにえにされた獲物のようだった。


 自らの呪いによって鵺の息の根は止まった。単なる物理攻撃ではなく呪いによる概念的な死だ。怪異といえども再生はできない。それでも、念のために餓鬼どもに解体させておくが、これで当面の脅威は片付いた。


 やはり、戦うだけなら楽でいい。これから本家の術師どもと話さなきゃいけないことの方が気が重い。

 実際、振り返ってみると護衛の術師たちが口をアングリア明けてオレを見ていた。


「き、貴様……いったい何を……?」


「見りゃわかるだろ。呪詛返しだ。基本の基本を応用した」


 またオレなにかやっちゃいました……? とボケようかとも思ったが、こいつらにオタクジョーク(WEB特化バージョン)が通じるとも思えないので、素直に種を明かしてやる。これに関してはバレたところで問題ないしな。


「鵺のばらまいた呪いを塗壁が受け止めた分も含めて全部、返してやったんだ。耐性のある表皮を貫通するようにきちんと物理攻撃の形にしてな。それだけだ」


「…………なるほど」


 オレの説明で理解できた様子の術師たち。まあ、厳密にはもう少し複雑な手順を踏んでいるのだが、こいつらに説明する義理もない。

 呪詛返しで敵を仕留めるというやり方についてはこの鵺が呪いを武器にしていると知った時点で考えていた。式神を強奪できなかった場合は自分であえて呪いを受けて増幅して返すことになっていたから、その意味では少し楽はできた。


 まあ、呪詛返しの難易度で言えばもっと複雑で難しい呪いを返したこともある。この程度は朝飯前だ。


「式神も返してやる。赤ん坊なんだ、きちんと守れ」


 ついでに奪った式神の契約も返してやる。我ながら甘いことこの上ないが、この『闘儀』で戦うのがほかの術師だけではないのなら道時クンを守るにはある程度の戦力が必要だ。

 そして、オレとしてもこいつらに張り付いて守ってやる気もない。なので、せっかくだが、式神は返す。背に腹は代えられないとよく言うが、良心も一度手放すと簡単には取り戻せないもんだ。


「…………礼は言わない。我らから式神を奪ったやり方も許さない。だが、忘れることもない」


 本当に式神を返してやると、護衛のリーダーと思しき女がそんなことを言ってくる。本当に悔しそうな顔だったので不覚にもオレの中のSが刺激されそうだったが、どうにか堪えた。


「さっさと忘れてくれ。それと、リタイアできるならさっさとするこったな」


 それだけ言い残して、その場をあとにする。背中をにらまれているのはひしひしと感じたが、攻撃されなかっただけ今回の行動にも意味があったと思うとしよう。


 ……しかし、『初代』の考えが読めない。これが怪異との戦闘も含めたバトルロイヤルだとしてそれで一体何を計ろうって言うんだ?



――

あとがき

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