第144話 星を招く

 『星祀り』の第一段階、『星招きの儀』が行われるのは『本堂』の玄関ともいえる『りん』の間においてだ。

 ……凜がいたら何か反応してきそうだが、あいにく今ここにはいないので無理だ。少し残念だ。


 それはともかくとして、外から見ると少し大きめの一軒家程度の広さしかない『臨』の間だが、内部は異界として拡張されており、学校の体育館ほどの広さがある。

 板張りの床が延々と続いており、天井は見上げるほどに高い。吹き抜け構造となった二階部分には儀式に参加しない者のための席が用意されていた。


 ……親戚連中はもうほとんど揃っている。ここにいるのは本家でも成人済みの者か、あるいは、分家でも党首クラスの者だけだが、それでも全部で百五十人ほどが雁首を揃えていた。


 オレたちが、いや、オレが姿を現したのを見てほぼ全員が怪訝そうな表情を浮かべている。

 完全にアウェーだが、気にしない。それに孤立しているわけでもない。オレの味方だという分家筋の連中、いわゆる『次代派』の連中の姿も二階部分に確認できた。


 そんな空間の最奥には祖霊舎それいしゃと呼ばれる祭壇があり、そこには白と黒の太極図が掲げられている。

 なんでも千年前に、かの初代道摩法師『蘆屋道満』により描かれたものなのだが、より重要なのはその袂に置かれた小さな式盤だ。


 その小さな式盤こそがかつて蘆屋道満が使用していた式盤であり、この郷全体を覆う深結界『『道摩星満陣どうませいまんじん』の異界因とでも言うべきものだ。

 あくまで、探索者界隈限定の話ではあるが、その価値は国宝にも匹敵する。つまり、値が付けられないほどの価値がある。


 まあ、場合によっては、そのとんでもないお宝をオレは強奪するか、もしくはぶっ壊さないといけないわけなのだが。

 ……改めて、そう考えると、複雑な気分だ。オタクとしては国宝なんて唯一無二のものを乱暴に扱うなんて許されないことだと思う反面、国宝をぶっ壊してもいい機会なんてそうそうないなとちょっとワクワクしている自分もいた。


「道孝様は最前列に。お付きのものは傍に控えさせるのがよろしいかと」


 おときの案内に従って、全員の視線を集めながら奥へと進む。

 案の定、一族の連中にジロジロ見られて酷く気分が悪い。クソ婆め、オレへの嫌がらせじゃないだろうな? とも思ったが、連中の並びはオレでもわかるほどに一族内での序列順になっている。なので、一応、次期『道摩法師』候補筆頭であるオレが最前列に配置されるのは、まあ、自然なことではある。


 なので、あえて堂々とした、邪魔するやつは蹴っ飛ばすぞくらいの態度で、一族の者たちをかき分けて進む。彩芽はオレの背後で申し訳なさそうな顔をしているが、内心、にやつきそうなのをこらえているのが気配で分かった。


「『道摩法師様、ご入堂』」


 オレたちが着座したのを見計らったかのように、声と念話が重なって響いた。

 

 言葉通り、叔父上が臨の間に入ってくる。

 先ほどまでと違い、これからの儀式のために魔力を循環させているから多くのことが分かる。


 魔力量だけでも今のオレと同等か、あるいはそれ以上。魔力の流れは感心するほどにスムーズで、術師として基礎鍛錬を怠っていないのがよくわかる。術の精度も言わずもがなだろう。

 正面から戦った場合、オレが上回ることができるかは状況と手持ちの式神次第。そして、地の利が叔父上にある以上、厳しい勝負になる。少なくとも、周りに配慮している余裕はないだろう。


 そんな事態を避けるための作戦だ。オレは穴あきどころか、概要しか覚えてないが、そこは皆を信じている。


「――皆よく集まってくれた。今年は珍しい顔も見られ、また、『客人たち』も多く招きに応じていただき、私も嬉しく思う」


 叔父上は親戚の海を堂々と横切り、祖霊舎の前に立ったところで、そう声を発した。

 振り向きもしないのは、祖先の霊に背を向けぬためか、あるいは別の理由からか。


 相変わらず読めないが、今のところ、こちらの作戦は順調に進んでいる、はずだ。

 

 盈瑠から聞いた話では例の『血判状』を用いて代替わりを願うのは星招きが終わってからだ。

 願う相手である『星』、初代道摩法師の『御霊』が不在ではそもそも血判状の意味がないから、当然と言えば当然ではある。


 なので、まずは星招きを乗り切らないといけないのだが、こちらに関しては問題ない。

 なにせ、星招きの儀を取り仕切るのは『道摩法師』の役目だ。オレのような親戚その1はただ座って魔力を提供するだけでいい。


 無論、オレが提供する魔力は必要最低限のものだ。情報が読まれないように工作もしてある。外部から接続した魔力をそのまま流してるだけだが、オレの体内で練ってはいないから、オレの色が混じることはない。


 ……それに、最後に儀式に参加したのは十年前とかだから、儀式そのものにも少し興味がある。

 術師としてのサガだ。これほど古い術を見られる機会はそうない。現代へと受け継がれる過程でそぎ落とされた部分や失われた部分に今より強くなるためのヒントがあるというのはよくある話だ。


「それでは、これより、『星招き』の儀をはじめ――なに?」


いざ叔父上が始まりを宣言した瞬間、それは起こった。

 

 突如として出現した巨大な魔力の光体。禍々しさと相反する懐かしい気配を帯びたその魔力は、巨大な太極図へと注ぎ込まれ、そして、そのたもとに置かれた式盤へと流れ込んだ。


 正体は不明だが、魔力の質は『神域』のそれ。つまり、今突然、多神教における『神』に匹敵する存在が出現したというわけだ。


「これは……」


 乱入者に親戚連中だけではなく叔父上までもが驚きに目を見開いている。

 明らかに儀式の一部じゃない。オレだけではなくこの場に集った全員にとって完全に想定外の事態だった。


 だが、何よりも不可解なのがこれほどの存在が今までどこに存在していたのかという点だ。

 ここには術師が150人以上いる。そこにはオレと叔父上も含まれている。観客席の連中も含めれば倍近くの異能者もいる。だというのに、誰一人として、こいつの存在に気付けなかった……? 


 ありえるのか? そんなことが。ありえるのだとしたら、こいつがそもそもこの場所に最初から存在したという可能性しか――なるほど。そういうことか。


『――ほう、3人は気付いたか。しかし、遅い。この程度のこと、事前に予見しておくべきだな』


脳内に声が響く。発信源は当然、件の魔力塊が注がれた式盤だ。

 ……聞き覚えのない声だが、どこか懐かしい。思わず身が引き締まるが、それだけじゃない不思議な感覚だ。


 当然と言えば、当然か。この声は蘆屋道孝オレの先祖、それも初代道摩法師の声なのだから。


『――聞くがいい。我こそは、かの大陰陽師蘆屋道満、その最後の残滓。汝らが道摩法師と称えるものののなれの果てである』


 その声の宣言に、おくれて一族一堂がどよめいた。

 

 それもそのはず。星招きで招かれるのが、初代道摩法師の御霊だ。その御霊が星招きの儀よりも先にこんな形で現れるなんてのは初めてのことだ。

 しかも、声まで発した。儀式では式盤の光を通してのみ意志を示すのが通例だというのに、こうして話すなど例外中の例外だった。


 一方で、疑う余地はない。光体の放つ魔力、発した声。そのなにもかもが目の前の存在が自分たちに流れる血の源だと告げていた。

 先ほど起きた現象にも説明がつく。目の前のこれが本当に初代道摩法師の御霊なら、この郷全体を覆う結界そのものともいえる。感知できなくて当然だ。


 ……オレにもなぜ『これ』が現れたのかわからない。

 ただ背後にいる彩芽が怯えている。オレにとって重要なのはその一点だ。


 ご先祖様だかなんだか知らないが、妹を怖がらせるような真似しやがって。これで大した用事じゃなかったらオレがぶっ飛ばしてやる。


『――生きがいいな、道孝。お前はなかなかに滑稽で、不愉快だ。かつての我であれば弟子にしてたやもしれぬな。そういうものの方がなぜかよく育つ故な』


 名前を知られていることは別に驚くことはない。この御霊はこの郷そのものでもある。内部の人間の情報程度把握できていて当然だ。


『――さて、早速だが、本題に入るとしよう』


 御霊はもったいぶってそこで言葉を切る。親戚連中の大半は混乱の真っただ中だが、こちらの反応を楽しんでいるのだとオレにはわかった。


 …………どうにもいい予感がしない。

 ひょっとしたら御霊こいつの顕現もまた作戦のうちなのかもしれない、とも考えたが、それ以上に、この初代から感じる気配はどうにもあの誘命いざないみことこと先生にも似ている。


 つまり、強大な力を持っているくせに、事態をひっかきまわすのが生きがいということだ。

 なので、ここからの発言次第ではこのただでさえ面倒な状況がさらに面倒なことになりかねない。


 そして、最悪なことにこういう時のオレの予感はよく当たる。なんなら自前の占いよりも的中率が高いくらいだ。


『此度の星祀り、我が取り仕切る。三百年ぶりの試しの儀だ。我の跡目を名乗るのなら、それに相応しい力を見せてもらわねばな?』


 ……顔どころか、姿形すら見えないが、初代道摩法師がにやりと笑ったのが分かる。それも、誘先生が余計なことを思いついた時と同じ感じで。

 …………たぶん、おそらくだが、この段階で試しの儀の難易度がベリーハードから地獄ヘルくらいに上がった。どうやらこの一族、初代の段階からオレへの嫌がらせに特化しているらしい。勘弁してもらえませんかね……?


――

あとがき


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