第145話 道摩法師

 初代道摩法師『蘆屋道満』本人の登場によって『臨』の間に集った一族は大混乱に陥った。

 厳密にはこの『蘆屋の郷』の管理システムようなものが『蘆屋道満の御霊』の殻を被っているだけで、かの大陰陽師本人ではないのだが、そこはこの際脇に置いておく。結界内でこの怪異がもつ権限は確かに神の領域に達しているわけだし。


 ともかく、蘆屋の一族にとって初代道摩法師こと『初代様』の言葉は絶対だ。その初代様が道摩法師の代替わりのための『試しの儀』を宣言した以上、表立って異を唱える者は一人としていなかった。


 これは想定外の事態ではあったが、オレたちにとっては有利に働いた。おかげで、星招きの完了を待って血判状を示し、叔父上相手に宣戦布告するという手順を省略することができた。

 ……まあ、喜んでいられるのはここまでだったわけだが。


 蘆屋道満の御霊、便宜上『初代』と呼ぶことにするが、彼は確かに『試し儀』の開催を宣言し、ついでに自ら次の道摩法師となる候補を指定した。

 そのうちの一人がオレだ。これは予定通りであったし、望むところではある。

 

 問題はそのあと。なんと、『初代』はオレが以外にも2人、一族の者を候補として選んだ。

 1人は、昨年本家に生まれた男子『蘆屋道時』くん二歳。母親に抱えられていた赤ちゃんは特に何もわかっていないらしく、ニコニコ笑っていた。本家の一族でも赤ちゃんはかわいいな! 一応、オレの従弟にはなるのだが、顔を見たのはこれが初めてだ。


 と、そんな赤子を選んでどうするのかという話だが、なんと試しの儀は候補者が一人で突破しなければならないというわけではないらしい。

 必要であれば、自らの派閥の人間をいくらでも加勢に呼んでもいいという例外規定があるとのことで、道時くんは何の自覚もないままに怖い大人の術師を二十人ほどを引き連れて試しの儀に参加することになった。当然、代替わりのために受ける試練の方もその配下の連中が代行することになる。


 そして、道時くんの後ろ盾は本家の連中、ひいてはこの試練の儀で挑まれることになる叔父上本人だ。

 道時くんは実質叔父上の代行であり、試し儀においてはオレの妨害をしてくることが予想される。試練の内容次第ではあるが、オレはそれとも戦わねばならない。

 

 ……可哀そうではある。本人は何も分からないまま大人の都合で動かされ、命がけの儀式に参加させられる。だというのに、実の親までもが心配するどころか、名誉なことだと喜んでいる。

 恐ろしいのは、それがここでは当然だということ。改めてこの蘆屋の郷は人界とはかけ離れたルールで動く異界なのだと認識させられる。


 しかし、以前のようにただドン引きしてもいられない。この因習を変えるのもまた今の俺の役目なんだからな。


 それに、増えたのは敵だけじゃない。儀式に参加するのは俺と挑まれる側である叔父上を含めて四名。そして、その最後の一人とは――、


「……なんで、うちが」


 今オレの前で心底困った様子でため息をついている盈瑠みちるだ。

 

 場所は試しの儀の控室でもある『ひょう』の間。周囲には白紙の札や巻物、あるいは鐘や笛などの術具が所狭しと並べられており、まさしく術者にとっての武器庫という様相を呈している。


 オレの記憶が正しければ、この兵の間はただの控室だったはずだ。

 それがほんの数分でこの変わりよう。おそらく初代がここの構造を自らの権限で造り替えたのだろう。


 おまけに、候補者をごとに別位相に分けて、待機場所を用意してくれる用意周到っぷりだ。


 なので、別位相にある他の控室には叔父上と道時くんの御供たちが集められていることだろう。こうして分けられたことで盈瑠がオレこっち側というのはバレてしまったが、致し方ないことではある。


「そう落ち込むなよ。作戦は最初とだいぶ変わったけど、予定通りではあるんだし」


「気軽に言わんといて……うちの苦労が水の泡に……」

 

 慰めるが効果なし。

 まあ、気持ちは分かる。入念準備をしていた計画が誰かの気まぐれで吹っ飛ぶのはめちゃくちゃ心臓に悪い。


「まあまあ、全部が全部無駄になったわけじゃないんだから、いいんじゃないか? お前が働いてくれなきゃこうして味方を集めることもできなかったわけだしさ」


「そうですよ、盈瑠様。盈瑠様のお働きがなければ、お兄様はお一人で戦うことになっていたのですから。ね、お兄様?」


 一緒に控えの間に来ている彩芽がそう援護してくれる。本当はこんな危険な場所には連れてきたくなかったが、試練の間引き離されるよりはこうして傍にいてくれる方がオレも安心できる。

 他にもこの場には、『次代派』の精鋭五人が盈瑠の補助兼彩芽の護衛として集まってくれている。


 その中には安城家の玲奈ちゃんもいる。まだ年若いが、術師としての実力は折り紙付きで任命された時も「まっかせて!」と胸を張っていた。


「おう。完全にぼっちだ。さすがにしんどい」


「なら、ええけど……」


 二人がかりでの励ましが功を奏して、少し肩の力を抜く盈瑠。内心、実の父親と対決しなければいけないことで複雑だろうに、強い子だ。全部終わったらおいしいものを食べさせて、思い切り甘やかそう。そうだ、千葉の某所にあるテーマパークとかいいかもしれない。いや、そうなると皆行きたがるか……当主になればそこら辺も経費で落ちるかな……、


「でもなあ、折角血判状も用意して、かっこいい口上も考えてたんやけどなぁ……はぁ……」


「そうでもないと思うがな。まず、あの初代様の出現状態が不明だし、その血判状も少なくとも呼び水トリガーとしては機能したはずだ。無条件に出てくるならもっと自由に干渉してきてるだろうしな」


 初代はこの『蘆屋の郷』内部では万能の存在だが、そう自由な存在でもない。これは単なる盈瑠への慰めではなく事実だ。

 『血判状が用意され、試しの儀のための用意がなされている』という条件下で初めて顕現することができる、そういう術式が組まれているのだろう。極めて限定的な条件下での顕現だが、だからこそ、全能性も発揮できる。


 ……たぶんだが、この術式を組んだのは生前の初代道摩法師『蘆屋道満』その人だ。

 あの時、一瞬だけ解析できたが、初代が降臨した時に発動して術式はそれはもう見事なものだった。ほんの触り程度しか分からなかったが、それでも結界との連動も含めた術の精度は今まで目にした術の中でも最高のものだった。


 あれほどの術を組めるのは、かの蘆屋道満本人をおいて他にはいない。だとすれば、その目的もおのずと――、


『正解だ、道孝。お前は中々に出来がいい』

 

 そんなオレの心中を見透かすかのように、念話が聞こえる。というか、思考を完全に読まれている。

 読心の類じゃない。単純な術者としての考え方の癖を読まれている。

 

 しかも、この念話、受け取り手であるオレ以外は誰一人として感知できていない。これだけ術師がいて盗聴どころか探知も不可能なんて、ぜひ盗みたい。


『安心せい。今の我はこの儀の監督役であり、祭祀でもある。すべての者に相応しい試練を与える、あくまで公正にな。ゆえに、お前の情報もほかの候補者には伝えぬ』


「……そいつはどうも」


 初代様の言葉に安堵しつつも、オレはその裏の意味を理解する。

 公正に試練を課すということは全員が全員、同じ条件、同じ試練を受けるわけではないということを意味している。


 つまり、オレと盈瑠、道時くん、そして叔父上では試練の突破条件が異なる可能性が高い。

 そして、なんというか、面倒なことにオレはおそらくこの初代様にいろんな意味で目を付けられている。


 もうだいぶ味わってはいるが、この世界で上位存在に意識されるというのは特典以上に災難の意味合いが強い。なので、これから始まる試しの儀がオレにとってより困難なものになるのはほぼほぼ確定事項だ。


『――これより、第一の儀を始める』


 そうして、全員に聞こえる周波数で念話が響く。この調整も見事。術師でありながら歴史に名を遺すにはこれほどの実力がいるのだと思うと、少し、背筋を正したくなる。


 盈瑠も初代の次の言葉を固唾をのんで待ち構えている。オレは畏敬の念はそれなり程度しかないが、ほかの一族の連中にとっては違うのだろう。


 しかし、問題はここから。どんな無理難題を突き付けられるやら――、


『第一の儀は闘儀とうぎである。我が子孫たちよ。互いに争い、我に千年の成果を示せ』

 

 ……なるほど。

 闘技、つまりは模擬戦か。事前に予想していた内容とも一致する。問題はない。

 なんだ、戦うだけでいいなら楽だ。作戦を立てる前はそのつもりで準備してたんだ。まったくもって構わないが――。


『されど、これはただの闘儀にあらず。蘆屋道孝、前に』


「……はい」


 案の定なご指名に従って、一歩前に出る。相変わらず姿は見えないが、ほくそ笑んでいるのが容易く想像できた。


『汝には格別の試練を課す。道孝、汝はこの儀において己が式神を使役してはならぬ。我が後継たらんとするならば、その身一つを持って己が器を証明せよ』


 …………なるほど。

 ……………式神の使用禁止か。


 上等だ。というか、想定した中ではマシな方の無理難題だ。

 やってやるよ、初代様。アンタの思惑なんて乗り越えて、オレはやるべきことをやるまでだ。


――

あとがき


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