第142話 忍者……忍者!?
郷に帰ったときに制圧した連中とは違い、今度の襲撃者どもにはオレの式盤を警戒する知識があった。
周囲にある墓。それらに宿る微小な気配の中に自分たちの存在を溶け込ませて、オレの探知能力を潜り抜けてここまで接近したのだ。
術頼みの本家の連中にはできない、オレの好みのテクニカルな戦術だ。六占式盤は探知系の異能の中ではトップクラスの範囲と精密性を兼ね備えているが、このやり方ならば誤魔化せる。
少し前のオレだったら出し抜かれていたところだが――、
『悪いな。そういうのは想定済みだ』
人差し指を立てて、この墓地に集った襲撃者たちに、念話でそう宣言する。
当然、背後で墓参りをしている彩芽は対象には入れていない。せっかくいい気分で墓参りをしているんだ。そんな時にこの程度のことで煩わせる必要はない。
『影縫いの術か。いつのまに……』
オレの意図に気付いてか、捕らえた気配の一人が念話でそう返してくる。
落ち着いた女性の声だ。この状況で返答してきたということはこの集団の頭目と見て間違いないだろう。
『さあ? 答える義務はないな。 で、お前らなにものだ? 蘆屋家の連中じゃないだろ?』
実際には、探知した瞬間にこいつらが潜んでいる影に干渉して術を発動させたのだが、それについては伏せておく。手の内をさらす必要はない。
オレはこの郷を敵地だと考えている。敵地である以上、この地に留まる以上は真に安らげる時間など存在しない。
なので、六占式盤に加えて、オレの影の中には常にかの大妖怪『山本五郎座衛門』の影、その一部を待機させてある。
無論、本来の力の一部のそのまたひとかけら程度の存在だから、できることは影の操作と干渉くらいのものだが、こういう時には役に立つ。特に影の中に潜んでいる何者かを見つけ出して、拘束するなんてのはおあつらえ向きの仕事だ。
さて、せっかく捕まえたこいつら。どうしたものかな。兄妹水入らずの時間を邪魔した罰として、このまま影を脳味噌に突っ込んで思考を覗いてやってもいいが、それも面倒だ。
全員拘束しておいて後から適当に制約でも結ばせて、きりきり本当のことを話させるとするか。
『待ってくれ。我らは貴方の敵じゃない。話を聞いてくれ』
影を首にまで這わせたところで、頭目がそんなことを言いだす。
なんともまあ、よく聞く嘘だ。大体味方なら、こんな風に陰に潜んで密かにオレを監視する必要もない。
それに、いちいち話を聞かなくても、最悪脳味噌の中身を覗いてしまえばいいわけで――む?
そこまで考えたところで、あることに気付く。
こいつらが本当に味方である、という可能性だ。
オレにその覚えはない。覚えは全くないが、今回の作戦に関してはオレの記憶はあてにならない。
あえてそうしたことではあるし、それが作戦の肝の一つではあるが、こんなところでアドリブが必要になるとは想定外だった。
……とりあえず話を聞いてみるしかあるまい。
『……少し待ってろ』
本当に味方だった時を考えて、一応、首に掛けていた影は引っ込めておいて、あとは頭目の拘束だけを回避する。
まあ、妙な真似をすれば一瞬で、息の音は止められるままだが、これでこちらの意志は伝わるだろう。
「彩芽、少し便所に行ってくる。あまり遠くには行くなよ?」
「……下品ですよ、お兄様。ここはお墓なのですからもう少しつつしみを持ってくださいませ」
「お前からつつしみに関して説教される日が来るとは思わなかったよ……」
「あら、失礼なことですね。彩芽はいつでも貞淑、清楚、良妻賢母の優良物件ですよ」
「そうかそうか、じゃあ、兄貴としては嫁の貰い手には困らなそうで何よりだな」
「ええ。ですが、シスコンをこじらせているのに素直になれない困った兄がいますので、行き遅れるやもしれません。これは責任を取っていただきませんとね」
「そのうちなー」
そんないつものやり取りをしつつ、その場から離れる。頭領には『ついてこい』と念話で伝えておいたから問題はないだろう。
ちなみに、彩芽に結婚を申し込んでくるやつがいたら、そいつは一度殺す。その程度で死んだり、ビビったりするような奴には妹はやれない。
オレの大事な妹と結婚しようって言うんだ。オレより強くて、オレより賢くて、オレよりしぶといのは前提条件。そこをクリアして初めて、年収、家柄、人柄、人相等をチェックする。
兄貴としては当然の権利であり、義務だ。シスコンでなにが悪い!
そうして、彩芽をオレの式盤の圏内に捕捉しつつ、声の届かない林まで移動する。
「それで? 味方だってのはどういうことだ――ってうお!?」
林で、一声かけた瞬間、目の前に人影が現れて思わず悲鳴を上げてしまう。
いや、式盤と『影』のおかげでいるのはわかっていたんだが、本当に無音で現れるせいでびっくりしてしまった。
……よくよく感知してみると、こいつ、今の隠れ身に魔力を使ってないぞ?
「失礼した。他意はなく、お許しを」
礼儀正しく頭を下げてくる人影。
女の子だ。黒髪のポニーテールで、年齢は彩芽くらいか。
というか、服装が変、という個性的だ。
全身を覆うぴちっとした黒タイツ。まあ、体形は普通だと思う。出るところは出てるし引っ込んでいるところは引っ込んでいる。アオイやリーズが傍にいるせいで麻痺しがちだが、十代前半だしな、うん。
口元を覆う覆面……太ももにはクナイが巻いてある。
…………もしかして、こいつはまさか――、
「蘆屋道孝殿。それがしの名は――」
「――君、忍者なのか?」
たまらず、相手が名乗るより先にそう尋ねてしまう。
失礼なのは分かるが、これは不可抗力だと思い許してほしい。
だって、忍者なんだぜ?
これはオタクのオレだからわかるが、全人類の50%くらいは一度は忍者になりたいと思ったことがあるはずだ。次点で、巨大ロボのパイロットあたりが来る。
ともかく、オレも幼少期には少し忍者をかじっている。
それに、だ。原作『BABEL』の世界に忍者が存在していることは種々の設定資料でも語られていて、オレは続編やスピンオフでの忍者の登場を今か今かと待ちわびていた。
その忍者、今目の前にいるのだ。これが興奮せずにはいられようか……!
一人称も『それがし』だしな! それに本物の忍者なら郷の結界を誤魔化して内部に潜入する手段を持ち合わせていてもおかしくはない。
「……なんだか、凄い怖いんだが」
「お、おお、すまん。つい、な。で、君は忍者なんだろ? そうなんだろ?」
「ま、まあ、そうだけど……い、いや、そうでござるが」
「おお! やっぱりか!」
と、いかんいかん。どこでも新しい刺激を得ると興奮してしまうのはオタクの悪い癖だ。
しかし、そうか、忍者かぁ……いるんだなぁ……忍者。手裏剣投げとか分身とか変わり身とか、あとビームとか、螺旋なんとかとか出せるのかな……?
「何やら過度の期待を掛けられているような……」
「そ、そんなことはない。続けてくれ」
だって、忍者だもんな! 凄い理不尽な感じの技を出してくれるに違いない。きっと、空手もできる。
「……某の名は『ダユウ』。この『
「……オレの護衛?」
「はい」
オレに護衛はいらないだろとか、さるお方って誰だ? とかそういう視線を感じ取ったのか、くのいち少女こと『ダユウ』ちゃんは視線を下げてしまう。
いや、忍者に会えたのは嬉しいんだけどね。マジで。
「……一応、聞いておくが、雇い主の名前は言えないんだよな」
「決して明かすなと命じられておりますれば。代わりに、こうお伝えせよと命じられております。『オタクなら妥協するな』と」
「…………なるほど」
これに関しては覚えている。オレの口癖の一つだし、おぼろげながら、『夢現境』でこの言葉を何かあった時の合言葉に指定した記憶がある。
ということは、このダユウちゃん率いる忍者軍団はオレの味方と考えてもいい、はずだ。
無論、確信はない。敵がこちらの作戦を察知して罠を仕掛けているという可能性もわずかにはある。
だが、ここはオレの直感を信じる。なにより、味方としてわざわざ忍者を送り込む辺りはすごくオレっぽい。
「わかった。君たちを味方として考えよう」
「ありがとうございます。それと、雇い主から二つ伝言を預かってございます」
「聞かせてくれ」
俺が促すと、ダユウちゃんは一度瞼を閉じてからこうそらんじた。
「一つ目はこうです。『弾劾委員会は無事開催。しかし、蘆屋道綱は姿は現さず』」
「…………そうか」
……想定外ではある。
今回の作戦においては、一番厄介な敵であるオレの叔父上、現当主『蘆屋道綱』に関しては郷の外に拘束しておく予定だった。
そのために解体局日本支部の理事でもある叔父上を弾劾するための裁判を起こしたのだが、そちらは空振りに終わったようだ。
まあ、仕方がない。裁判でカタが着くなら誰も傷つけずに済んだのだが、そう何もかもが上手くいくとはない。
最初から力で決着をつける覚悟はできている。その上誰一人殺さずに事を治めるための準備はしてきたつもりだ。
しかし、意外だな。
弾劾裁判に分体や式神さえよこさないということは弁明さえしないということだ。いくら理事たちの横のつながりが強いとはいえ、そんなことをしていては解任は免れない。
つまり、叔父上は解体局の理事の座に執着していない……?
蘆屋本家の人間は基本的に権威主義で権力欲に凝り固まっている。だから、理事の座を簡単に手放すことはない、そう踏んでいたのだが、叔父上は違うのか? オレが叔父上という人間の解釈を間違えているのか?
……思えば、オレは叔父上と会話したことがほとんどない。この十年間を通して片手で数えられる程度で、人となりなんて何もわかっていない。
ああ、くそ、しまったな。足を引っ張るとは思ってもみなかった。
いや、まだ間に合うか。正面切って対決するより先に盈瑠に話を聞いておけば――、
「では、もう一つの伝言もお伝えします。『必ず間に合うから、浮気厳禁』だそうです」
「……それだけ?」
「それだけです」
「そうか……」
雇い主が誰かはともかく、誰からの伝言なのかは明らかなので思わずふっと笑ってしまう。こんな時でもアオイはアオイだ。オレを信じているからこそ、心配の言葉ではなく普段通りの彼女を伝えてくれたのだろう。
そう思うと、オレも肩の力が少し抜ける。混乱しかけていた思考がさえるようだ。
どちらにせよ、今回の作戦はオレにとっては出たとこ勝負の要素だらけなんだ。皆を信じて、因縁の星祭りに臨む。改めてそう覚悟させてくれるだけの強さがアオイの言葉にはあった。
……案外、もう近くまで来てたりしてな。
――――
あとがき
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