第141話 墓参り
星祀りは蘆屋の郷において年に一度行われる最大の行事だ。
他の家で言えば、お盆や正月のようなものだ。
親戚一同が一つ所に集まって、和気あいあいとはしないが、先祖である初代道摩法師『蘆屋道満』の
他と違うのは、その祈りが実際に効果を発揮してしまう点だ。
俺も含めて一族のものは全員が少なからぬ恩恵を受けている。
俺のような分家の出身者かつ本家の連中に嫌われているとせいぜい、少し運がよくなるとか、陰陽道系の異能を使う時に消費する魔力がちょっと浮くとか、その程度のことにすぎない。だが、ここに住んでいる本家の連中の一部に与えられている加護は桁が違う。
具体的に言えば、本家の連中は蘆屋家がその長い歴史で蒐集してきた数多の式神を自由に使役できる。
総数にして千体の式神。低級の式神から『神域』の怪異に至るまでがそこには登録されており、質も数も国内では最強だ。
蘆屋本家を敵に回すということは、その式神軍団『鬼神蒐集録』を敵に回すことになる。
しかも、蒐集録には強い強制権があり、そこに名前がある怪異は蘆屋の本家の人間には逆らえない。例え、ほかの人間と個別に契約を結んでいても優先権は蒐集録の方にある。
俺の扱う式神の半数もこの蒐集録に載っている。特に切り札の一つである『黄幡神』の名もそこにあるのは戦力的にも厳しいが、そこに関しては十年前から分かり切っていたことだ。
無論対策はしている。問題はない。
他にも結界内では魔力を消耗しても即充填されたり、術者の力量が足りてなくても結界が力を貸すことで高度な術が行使できたりもする。
強力な加護だ。さすが、国内最強の術者集団と言われるだけはある。
逆を言えば、本家の連中がいきがっていられるのはこの『道摩星満陣』と『星祀り』のおかげといっても過言じゃない。つまり、『陣』の制御権さえ奪ってしまえば、あとはどうとでもなるということだ。
まあ、そのどうにかする方法を今の俺は忘れてしまっているわけだが。そこら辺はみんなを信じて、身を任せている。できる手は全部打った後だしな。
ともかく、蘆屋の一族にとって今日の星祀りは一年でもっとも重要な行事だ。
祀り自体も盛大に執り行われるし、蘆屋家の親戚も大概集まる。それに、一年を通してこの日だけは外部の人間もこの結界の内側に招かれる。例えば、星神に奉納する神楽の一座や異能者の雅楽隊、あるいは蘆屋の家に関係する他の名家の大物などが特別に招待されるのだ。
これは蘆屋家の権力と勢力を見せつけ、他家を牽制、あるいは縁を結ぶための政治的行為なのだが、オレたちにとってもチャンスだ。
この日、星祀りの当日だけは蘆屋家の親族ではない人間もこの郷に足を踏み入れることが許される。
この機会を活かさない手はない。作戦会議の時のオレも当然そう考えていたはずだ。作戦に組み込んでいないはずがない。
無論、本家側もそれを承知している。だから、作戦にはどうやって本家の検閲をすり抜けて味方を内部に引き込むのか、そこも含めてオレはみんなと考えてたはずなんだが……、
「……まあ、わかるようにはしてないよな」
星祀り当日の昼間、郷の入り口付近の腰掛け岩の上でそううめく。
念の為、わざわざ朝早く起きて、郷に出入りする外部の人間に目を光らせているが、そこにみんなの姿はなかった。
当然といえば当然。アオイやほのか先輩、凛にリーズと言った学園のメンツがオレの味方であることは知られている。そんな状態で、目で見てわかるような形で郷に入れば一瞬で露見して、入境を拒まれる。
本家の連中程度、みんなの相手にはならないが、力押しで解決できる話でもない。そこら辺はオレが忘れている何らかの方法で潜入を試みているはずだ。
ここ数時間で、蘆屋の郷に足を踏み入れたのはいつも呼ばれている神楽の一座と雅楽隊。それと関係のある他の名家のVIPが数名。籠に乗っていて顔は確認できなかったが、魔力の質で大物だということはわかった。
他には代わりどころで仮面で顔を隠した能楽座の一団も今年は呼ばれていた。
……珍しい。
千年前から因習で凝り固まったこの郷は江戸時代生まれの歌舞伎でさえ最近の文化だと思っている時代遅れぶりで固定された面子以外を招くことは滅多にない。一体誰の差金で……いや、やめておこう。今、答えを出すと思考を読まれた時にまずい。
だが、そうか、道摩法師になれば星祀りに何を招くかも決められるな。
そうなったら、好きなバンドや歌手を呼びまくってアニソンフェスみたいにしてやろう。出店も出すし、その日限定でテーマパークみたいにするのもありだな。伝統がとか文句を言ってくる年寄りがいたら全員、強制退去にしてやる。
そんなことを考えていると、だんだんやる気になってくる。道摩法師になるのは単なる手段と割り切っていたが、意外と楽しいところもあるかもしれない。
なんかうまいこと暗示とか使ってマジでやれないかな、蘆屋の郷アニソンゲーソンフェスティバル。山にでっかいスクリーン投影して、映画上映とかも楽しいかも……、
「あら、道孝さん。こんなところで何をしてらっしゃるのかしら?」
そんな妄想に浸っていると、背後から声を掛けられる。この声は、叔母上だ。屋敷の外に出てくるとは珍しい。
「どんな客が来ているのか見ているだけです。叔母上こそ何かご用ですか?」
「わたしもおなじよ。今年は珍しいお客様がいらっしゃるから見ておきたいと思って。まあ、招いたのはわたくしなのですけどね?」
くすくすと笑う叔母上。
相変わらずなにを考えているのか腹の内が読めない。
あの見慣れない、仮面を付けた能楽の一団は叔母上が招いたのか。当代の道摩法師の正室でもある叔母上にはそれくらいの権限はあるだろうが……やはり、目的が見えない。
盈瑠曰く、『
一応、盈瑠から話を通せばいろいろと便宜を図ってくれてはいるらしいが、どうにも立ち位置をはっきりさせようとしない。こちらに協力しているにしても、最終的な目的が見えないままだ。
……少し話してみるか。例の血判状には叔母上の名前はなかったが、味方であるなら少しは相手のことを知っておきたい。
「なぜ、そんなことを? 叔母上は何に関しても無関心を貫かれるのだと思っていましたが」
「あら、心外ね。わたしはいつもこの家のことを考えて行動していますのよ? たまにはこの郷にも新しい空気を入れないとね?」
「……能も成立したのは五百年前ですけどね。どうせなら新しめのバンドとか、アニメで街興しとか、そういうのがよかった」
「あら、道孝さんはそういうのがお好きなの? 意外だわぁ、もっと人間っぽくない趣味をお持ちだと思ってました」
「……やり返されましたか」
しかし、人間っぽくない趣味ってなんだ? オレ、本家の連中から見たら怪物か何かに見えてるのか?
「その顔からすると、気付いてらっしゃらなかったようで。意外と鈍いところもあるのね。可愛らしいこと。叔母さん、そういう初心なの、好きよ」
上機嫌にそんなことを言い放つ叔母上。明らかに遊ばれているが、言われて気付く。
オレは他人から自分がどう見えているかについて深く考えたことはあまりなかった。
オタクの悪い癖、かもしれない。オレのような光のオタクにとって重要なのは人を理解し知ることで、人に理解され知られることは優先度が低かった。
今更どうしようもないし、どうする気もないが、これからのことを考えれば、どう見られているのかを知っておくことは大事だろう。
「からかわないでください。それより、
「素直にお聞きになるのね。そうね、道孝は自分が本家に憎まれていると思っているでしょうけど、少し違うわ。あの人たちはね、貴方が理解できなくて、恐ろしくてたまらないの」
「……なるほど」
理屈としては分かる。
正体不明な怪物こそが最も恐ろしい怪物であるように、恐怖の根源には未知がある。
本家の連中にとっては、オレはその未知の怪物というわけだ。
客観的に見ても、オレは本家の連中と比べて圧倒的に強い。同じ術を使っているだけになおのこと理解不能で、恐ろしいのかもしれない。
だが、同じ才能がある原作の『蘆屋道孝』は一族の連中に恐れられていたり、嫌われていたりという様子はなかった。
原作では描写されなかっただけ、ということも考えられるが……そうだったらあんなナルシストには育たたないだろう。
「強さの話だけじゃなくてよ。蘆屋家の歴史は千年以上、初代様も含めてその間天才は何人もいた。でもあなたは違う。貴方は在り方の全てがこの郷において異質すぎる。考え方も、性格も、生き方もね」
叔母上にそう付け加えられて、オレはようやく理解する。
いや、正確に言えば、自分の立ち位置は理解しているが、それでどういう感情を抱かれるかまでは考えてなかった。
原因は理解できている。オレは転生者だ。六歳の時点で異能に目覚め、記憶を取り戻した時点で自意識は確立されていた。
そのおかげでこの郷の人間の影響を受けずに済んだが、そんな子供は周りから見れば異質に映るだろう。
だが、オレが異質だとしても間違っているのは本家も連中の方だ。
オレはあくまでオタクとしての良心、良識に従って生きているだけで、やましいところは……ところは…………すこししかないが、間違ったことはそんなにしていない、はずだ。
いや、そもそもの話をするなら、異能の才能がないというだけで彩芽を差別するような連中に一欠けらの正義もあろうはずがない。
全員、彩芽と同じかそれ以上の目に合わせてやりたいところだが……、
「その怒りもそう。とっても普通で、とっても羨ましい。でも、それだけじゃダメよ。なにかを変えたいなら、救いたいなら、もっと賢くならないとね」
叔母上が言った。
いつものどこか重さない口調と声ではなく、身を引き締める冬の風のような一言だった。
叔母上の言葉とは思えない。まるで別人が突然、叔母上の口を借りて話したようだった。
あるいは、これが叔母上の隠していた本性なのか?
「……叔母上、あんた」
「なーんて冗談ですよ。今年の星祀りもつつがなく終わるようにしませんとね?」
それを尋ねるより先に、叔母上はオレに背を向けて去っていく。
その背中を呼び止めるべきなのか、オレには分からない。
だが、そんな逡巡をしているうちに、叔母上が立ち止まった。
「ああ、そうでした。道孝さん、星祀りが始まる前にお墓参りにいったほうがよいと思いますよ? 一年に一度くらいは会いにいかないと、お義兄さんとお義姉さんが寂しがってしまいますから」
最後にそんなことを言って、叔母上は今度こそ去っていく。
やはり、意図が読めないが、叔母上のあの声を聞いた後ではどうにも気になる。
……星祀りの開始までまだ少し時間があるし、久しぶりに行ってみるか、墓参り。
◇
そういうわけで、オレは一年ぶりに実の両親の墓参りに彩芽といっしょに行くことにした。
両親の墓は『蘆屋の郷』の内部の端っこの方の墓地にある。本家の連中は死ぬと中心部にある『休霊堂』に祀られるが、あくまで分家筋の両親は端っこの方の共同墓地にひっそりと眠っているのだ。
……正直なところ、実の両親に対して思うところは特に何もない。というか、何か思う前に死んでた。彩芽が生まれてすぐに事故で亡くなったということになっているが、信ぴょう性はネッシーの実在性と同じくらいだ。まあ、この世界だと異界の中にいるんだけども、ネッシー。
とにかく、オレに両親の記憶は一切ない。当時三歳だし、そのあと転生者になったしな、オレ。
それは彩芽も同じはずなんだが、妹はこの郷に帰るたび必ず墓参りを行う。普段は冗談めかした頼み事しかしないくせに、墓参りの時だけは真剣だから断れたためしがない。
今日だって、先にオレから墓参りにそうと心底嬉しそうだった。
この墓地にあるのは墓碑銘の墓石の群れとその中心にある『蘆屋家』と刻まれた巨大な墓石だけ。きちんと手入れはされているが、それも式神によるものだし、盆の季節だというのに花もお供えもない。
ただ寂しいだけの、石の群れ。偉そうに一族の結束田のしきたりだの重んじるくせに、実態はこんなもんなのだ。
「…………お父様、お母様。お兄様と参りましたよ」
そんな場所で、彩芽だけはちゃんと両親に会いに来ている。一族のカスどもはおろか、付き合っているだけの俺なんかとは比べ物にならないほどに、優しい。
「今年はお兄様から誘ってくださったんです。相変わらずの態度ですが、何の心境の変化でしょう? もしかしたら、彩芽の大切さに改めて気づき、禁断の愛の逃避行の決意を――!」
「前言撤回だ。両親の前で近親相姦の宣言するやつは俺より親不孝だ」
発言内容は相変わらずだが、彩芽の背中はどこか嬉しそうで、くつろいでいる。
彩芽にとって生き地獄ともいえるこの郷でこんな彩芽が見れるとは思ってもみなかった。それだけでも、ここに来た価値があったってもんだ。
――だからこそ、そこに水を差す連中は許せない。
墓石の陰に潜んだ無数の気配共にはオレの怒りのほどを思い知ってもらおうか。
――――
あとがき
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