第140話 星祀り前夜

 次の『道摩法師』であるオレを支持する人々、盈瑠みちる曰く『次代派』の人々との顔合わせにはそう時間はかからなかった。


 というのも、ほぼ全員が完全な初対面というわけではなく、一応、見知った連中だったおかげだ。

 あの場に集った十五人の内十三人が分家出身者で残る二人も遠縁の親戚。何らかの年中行事挨拶くらいは交わしていた。


 意外だったのは、その十五人が例外なくオレに対して好意的だった点だ。

 ……正直言ってしまえば、オレは親戚連中に対して好かれようとしたことは一度もない。それどころか、親戚に対するオレの態度は不愛想、無礼、無口の三拍子そろった最悪のものだった。


 …………今思うと少し頑なすぎたかもしれない。どうせこいつらは敵に回るし、彩芽をいじめるような奴らにどう思われようと知ったことかと開き直っていたせいだ。


 なので、こうして親戚連中の中にオレを慕う人間が少数とはいえ存在しているというのはかなり意外だった。


「――で、結局のところ、どう思われたん?」


 そうして、顔合わせが終わり、宿泊所である屋敷に戻ったところで、盈瑠がそんなことを聞いてくる。

 

 今この屋敷にいるのは、オレと彩芽、そして盈瑠の三人だけだ。景色の変化のない郷の中ではわかりづらいが、外界ではそろそろ夜になる頃だろう。

 結界が独立しているここならば盗聴の危険性はない。盈瑠に関してもすでに本家の連中からは疑われているから問題はない。


「どうって、なにがだ?」


「わざととぼけてはります? 『次代派』のことに決まってるやろ」


「……名前、ほかになかったのかなと考えている」


 オレが適当にそう答えると、盈瑠は拗ねた顔でそっぽを向いた。ちょっとからかい過ぎたか。


「まあ、嬉しかったよ。こんなオレでも支持してくれる人間がいるってわかったんだからな」


「せ、せやろ? 意外といるんやで、兄様のファン」


「自覚はないがな。だが、お前も分かっていると思うが、異能者ってのは数よりも質だ。仮に100人の術師を集めたとしても、相手が高位の怪異じゃまとめて殺されるだけ。役には立たない」


 俺の指摘に、盈瑠は素直に頷く。さすがにそこらへんはよく理解しているようだ。

 

 異界探索においては数で押すという戦いの常套手段は使えない。むしろ、いたずらに犠牲者を増やすばかりで何の益もない。

 これは術者相手にも同じことが言える。この郷に帰ってきて一発目にかましたように力の差があれば一呼吸で何人でも簡単に無効化できる。


 まあ、例外もあるにはある。例えば、封印や結界式の場合は儀式に参加する術者の人数が重要だったりもする。術によってはどれだけ強大な術師でも一人では行使不可能なものもあるしな。


 それはそれとして、あの十五人の中でものになりそうなのは最初に遭遇した美鈴ちゃんとあとは3人。その4人も実戦経験が圧倒的足りていない。現状ではあまりあてにはできない。


「なに、そんなに気に入らへんの? 『次代派』」


「いや、そういうわけじゃない。そこら辺を承知のうえで集めたってことは何か考えがあるんだろ? お前のことだしな。そこら辺は信じてる」


「そ、そう。ま、まあ、うちは優秀やからな! 当然や!」

 

 オレの言葉に今度はどや顔になる盈瑠。かわいいやつめ。


「兄様は知らない、いんや、覚えてへんやろうけど、『道摩法師』になるためには『次代派』のみんなが必要なんや」


「……あれって今代の法師が死んだら自動的に次のやつに引き継がれるだけじゃないのか? それか、本人が譲ると決めたら譲れるとかそんなんじだったと思うんだが……」


 俺の問いに頷く盈瑠。

 実際、オレは道摩法師の引継ぎに関して多くのことは知らない。いや、盈瑠の口ぶりからしても正確には忘れているというべきか。

 夢現境での作戦会議で聞いていたのだろうが、目覚める際に忘れるべき事柄に含めたとみるべきだろう。


 というか、そもそも本家と戦うのは彩芽を解放するのが目的で、蘆屋家の当主でもある道摩法師になる気はさらさらなかった。なので、そこら辺の儀式に関する知識も曖昧だ。

 だが、まあ、これだけヒントがあれば察しはつく。


「でも、それやと、今の道摩法師を殺すか、死ぬまで待つしかないやろ? だから、道摩法師の継承にはもう一つ、方法があんねん」


「その代の道摩法師が乱心した時のための安全装置セーフティ的な感じか。さしずめ、その術を動かすのに頭数が必要ってわけだな」


「……お察しのよいことで。でも、そこはうちに言わせてくれてもええんちゃうか? いけずやわぁ」


 つい先回りしてしまい、盈瑠がすんとなってしまう。いかん、どうにもこの郷にいると余裕がない。

 ロクな思い出がないせいか、空気が淀んでいるせいか、なんにせよ、どうせ道摩法師になるならそこらへんも改善するとするか。


「悪い悪い。だが、具体的にはどうやるんだ?」


「星祀りの当日にだけ、この郷の結界『道摩星満陣』に願を掛けることができるんや。そこで今の道摩法師との代替わりを願えば、『試しの儀』が始まるんやけど、そのために必要なのが、これや」


 そういって、指を鳴らす盈瑠。ポンという音と共に彼女の手元に巻物が一つ現れた。

 

「血判状や。うちを含めて、蘆屋の血に連なる100人の名前が連ねてある。これがないと、代替わりの願いは受け付けてもらえん」


「……100人?」


 代替わりを願うには一族の者たちからの支持を得なければならない。それ自体は道理としても、術の要件としても理解できる。100人という人数もただ強いだけの人間が当主になれないようにするためのシステムと考えれば頷ける数だ。


 わからないのは、それだけの支持者がオレにいるということの方だ。


「その顔からすると、よく100人も集まったななんて驚いてるんやろ? だから言うたやんか、兄様のファンは意外に多いって。あそこにいた15人はいろんな分家の代表。まあ、うちが話付けなきゃ血判状に署名なんてしてくれなかったやろうけどな!」


「……そうだったのか」


 作戦会議の前から盈瑠がちょくちょく人と会ったりしているのは知っていたが、そうか、各分家に接触してオレへの支持を取り付けてたのか。

 ……まったく頭が下がる。オレがいろいろと覚悟を決めるずっと前から、盈瑠はオレと一族の関係を軟着陸させる方法を考えてくれていたのだ。


 それに、オレを支持している分家の連中も、実のところ、盈瑠が俺の側についてくれたからこそ『次代派』になってくれたのだろう。

 なんだかんだで、分家筋からも盈瑠の評判がいいというのは彩芽から聞いている。


 本当にできた妹だ。兄としてありがたくも、情けなくなってくる。


「お兄様は親戚付き合いを拒否しておられましたからね。彩芽は何度も申し上げましたのに。ありがとうございます、盈瑠様」


 抜群のタイミングでお茶を淹れに台所に行っていた彩芽が戻ってくる。誰にも見られない屋敷の中だからか、いつも通りのメイド服に着替えていた。


 別にメイド服じゃなくてもいいんだが、本人がこの方が落ち着くならそれでもいいか。彩芽には何でも似合うしな。さすが我が妹、今日もかわいいぞ。


「ふ、ふん、兄様の至らんところを補ってやるのも妹の役目やからな。な、彩芽


「もちろんですとも。特に、わたしたちのお兄様はお強い割には、乙女心に気付かぬ朴念仁でいらっしゃいますからね。何かあるたびにきちんと小言はお耳に入れて差し上げませんと」


「せやせや。うちらがおってよかったな、兄様。これはちゃんとご褒美をもらわんとね」


「…………そうだな。いつもありがたく思ってるよ」


 受け取ったお茶に口を付けながら、そう本心を述べる。2人は少し驚いたような顔をしながらも、素直に受け止めてくれた。


 常日頃から2人には助けられている。オレなんかにはもったいないくらいの妹達だ。

 今だってそうだ。盈瑠が彩芽のことを当たり前のように『姉さん』と呼んで、彩芽もそれに応えている。普通の形ではないかもしれないが、二人がそんな風に話せているというだけでオレは幸せだ。どんな相手とでも戦えるという気持ちが沸いてくる。


 それに、小言も、ダブル妹バイノーラルASMRのようなものだと思えばむしろ、幸せだ。


「……どうしたんやろ、急に変な顔して」


「いつものお兄様ですね。お気になさらず。本人曰く時々内なる自分が抑えられなくなるそうで」


「何それ…………異能の話なん?」


「いえ、持病のようなものかと」


「……ある意味そうだな」


 と、いかん。少しオタクモードに戻りかけていた。いや、別に今はそれでもいいんだが、まずは確認しておかないといけないことがいくつかある。


「それで、その『試しの儀』の内容とかはわかってたりするのか?」


「いや、そこまではわからん。書庫も調べてみたんやけど、なにせ最後にその儀式をやったんは今から二百年以上やからな。それに、そう言うのの細かい内容は書物に残さんことの方が多いしな……」


「まあ、そうだよな」


 盈瑠の言う通り、怪異や異能に関して明文化してしまうことは滅多にない。無論情報伝達の必要はあるが、怪異の中には知られることで力を発揮するものもいるし、逆に異能の中には知られてしまうことで力を失うものもあるからだ。


 ましてや、前回の『試しの儀』は失敗に終わったという。であれば、ますます蘆屋家の記録に残るはずがない。この家が権力闘争に敗れた身内をどう扱うかなど分かりきっている。


「じゃあ、星祭りで血判状を出した後は、出たとこと勝負か」


「そうやね。でも、得意やろ。そういうの」


 盈瑠の信頼に、「おう」と答える。

 正直、言って分からないことの方が多いし、戸惑ってもいる。だが、迷いはない。妹2人が頑張ってくれてるんだ、兄貴のオレがヘタレるわけにはいかない。


 それに試し儀で道摩法師の座を継げるなら、同時にこの異界『道摩星満陣』の制御権を手に入れることができる。

 そこまでくれば、叔父上を、盈瑠の実の父親を殺さずに無力化できる。『フロイト』につながる情報を得るという目的も果たせるし、一挙両得だ。


 …………星祀りの開催は明日の夜。そこで何が起きたとしても、オレはこの幸せを守る。そのための力は付けてきた。後は信じて戦うのみだ。


 


――――


あとがき


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