第139話 家族会議
オレと彩芽は
蘆屋の郷にある屋敷はどれも結界によって独立した小異界だ。
なので、内部の空間は拡張されていたり、別空間と接続されていたりして見た目通りの広さ、大きさであることはまずない。
この奥屋敷もそれは同じだ。すでに3分近く、この縁側の廊下を歩き続けている。
庭側の景色は真っ暗で場所の特定はできない。というより、ここは異界だ。正確に言えば今オレ達の居る場所は異界と異界の狭間、どこでもない場所とでもいうべきだろう。
つまり、オレたちは今、異界を使って屋敷と屋敷の間を移動していることになる。
確かにこの方法なら誰にも察知されずに蘆屋の郷内部を移動できるが――、
「で、盈瑠。オレたちはどこに向かってるんだ?」
オレがそう聞くと、盈瑠は立ち止まることなくこう答えた。
「せっかちすぎひん? 兄さま、サプライズとか苦手なん?」
「楽しいサプライズなら好きだがな。ジャンプスケアとかは苦手だ。椅子から落ちそうになる」
「じゃんぷすけあ……?」
「ホラー映画とかで急にでかい音と一緒に飛び出してくる奴だ」
「そ、そんなのあるん……?」
どうにもピンときていない様子の盈瑠。
そういえば、彩芽とはよく一緒にアニメやら映画やら見ているが、盈瑠とはまだそういうことをしてなかった。
それこそ、盈瑠と一緒に映画を見たのはあの『四辻商店街』の『昔日映我堂』でだけだ。
「盈瑠。どんな映画が好きだ?」
「映画? 映画って……普通の?」
「おう。オレは基本なんでもいけるから、今度一緒に見よう。最初はそうだな、やっぱり、王道がいいか? スペース・セイバーとか。どう思う彩芽」
「わ、わたしですか……わたしはそんなことを申し出る立場ではないというか、なんというか……」
「そういうのはいいから。オレとしてはどうせなら旧三部作からの方がいいと思うんだが、長いかな?」
「わ、わたしは、新三部作からでもいいかと思います。時系列順に見るのも
後ろからとことこ歩いてきていた彩芽だが、少しだけいつもの調子に戻っている。
ここが蘆屋の郷の内部だが、異界でもある。概念的にも郷の結界と隷属の呪いの効果が薄れているのだろう。
「それもありか。彩芽は新の方がロマンチックで好きだって言ったもんな。オレは旧の方が冒険映画してて好きなんだが、でも、通してみた時の感動もあるからなぁ」
「新? 旧? そんないろいろ種類があるの? すまほの機種みたいなもん?」
「そんな感じだ。ああ、あと、前に気を付けろ。なにか――」
「――へ?」
雑談しながら歩いていると、何かが感覚に引っかかる。ちょうど、直線が終わって曲がり角に差し掛かるあたりだ。
知っているようで知らない気配。式盤で感知できる範囲では敵意の類は感じないが、走ってきていないか? こいつ。
というか、ここに人間がいるのか。まあ、合わせたい人がいると言ったのは盈瑠だし、それそのものはなにもおかしくはないんだが……、
「おっはよー! 盈瑠ちゃん!」
「――キャッ!?」
突然、飛び出してきた気配の主に先頭をいく盈瑠が悲鳴を上げる。数歩後ずさってオレにぶつかった。
まったくオレがいるからって式盤での探査をさぼってたな。可愛いげはあるが、探索者としてはまだまだだな。
「おっと、大丈夫か? ちなみに、ジャンプスケアってのはこういうのだ」
「……ようわかったわ。うち、ホラー映画だけは見いひんからな」
盈瑠がホラー映画に対するトラウマを抱えたところで、改めては知ってきた気配の主を見る。
女の子だ。年のころは盈瑠と同じくらいで、自分をにらんでいる盈瑠に余裕たっぷりピースサインをしている。
明るい茶髪をして、Tシャツにミニスカートを履いた今風な少女。その顔には見覚えがあるような、ないような………、
「あ! 次代さま! 御無沙汰しております!」
女の子はオレに気付くと、礼儀正しくぺこりと頭を下げる。
次代さまっていうのはどうやらオレのことらしい。咄嗟に盈瑠の方に視線を向けるが、とぼけた顔をされた。
「えーと」
「分家の
少女のことを思い出せないでいると、彩芽がそう耳打ちしてくれる。
あーそういえばいたな。綺麗な着物を着せられて緊張しながら挨拶をしてきた子だ。
しかし、あの控えめな子がこんな感じになるとは。子供の成長は早いな!
それに本家の娘じゃないならこっちもそこまで肩ひじを張る必要もないだろう。
というか、この場所で出くわしたということはこの美玲ちゃんが盈瑠の言っていたオレに会わせたい人なのか?
「もー! その感じ! 次代様、あたいのこと忘れてるよね! 場合によっては婚約者になってたかもしれないのにー! ひどい!」
「あ、そうなの? いや、ごめん。今思い出したんで許してくれ」
婚約者か。まあ、分家の娘ってことだし、そう言うこともありうるか。
結局、何の因果か、オレの婚約者は現在アオイなわけだが、場合によってはそういう世界線もありえたのかもしれないな。
と、そんなことを考えている場合じゃない。
「聞きたいんだが、その次代様ってのはなんだ? オレのことでいいんだよな?」
「うん。次の道摩法師になられるお方だから次代様。わかりやすいっしょ?」
「……なるほど」
分かりやすいのは確かだが、正直、その呼び方は好きじゃない。
必要性や作戦としてはともかくとして、オレは道摩法師の称号を継ぐのにまったくもって乗り気じゃない。
道摩法師を継ぐということはそのまま蘆屋本家の当主になるということで、そんな面倒は正直ごめんだ。
当主なんてのは罰ゲームと同じだ。
ただでさえクソほど不自由なうえに、しがらみばかりが増える。おまけに今でさえ命を狙われてるのに、その頻度が激増する。
そりゃ振るえる権力は強大で、この蘆屋の郷という強力な異界の支配権も得られる。
だが、マジで当主になんてしまったらオレの素晴らしいオタクライフが失われる。今のように学園のみんなと一緒に過ごす時間も減ってしまうかもしれない。そうなったら、それこそ命に関わる。
なので、次代様と呼ばれるのは嫌だ。嫌なのだが、彩芽のためだ。今は呑み込むしかない。
「え、嫌そうな顔……なんか、気に触ることでもしちゃった、あたい……?」
「……気にせんでええよ、美玲はん。兄様は基本的にこんな顔や。愛想がないんや。な、兄様?」
「あ、ああ。気にしないでくれ。考え事をしてただけだ」
盈瑠に肘で小突かれてそう繕う。
むぅ、腹芸の類は苦手だ。どうにも
「で、美玲はん。ここでなにしてるん? 『庭』で待ってるように言ったと思うんやけど」
「あー退屈すぎて、出てきちゃった。盈瑠ちゃん遅いし、あたいだけでも迎えにね」
「余計なことはせんといて。まったく緊張感に欠けるんやから……ともかく話は後や。みんなと合流するで」
そう言って再び歩き出す盈瑠。そんな彼女に連れられて曲がり角を過ぎると、そこには『茶室』があり、すぐ傍には『庭』があった。
松の木が生えて、枯山水の築かれた日本庭園。異界らしく兵の向こうには真っ黒な空間が広がっているだけだが、美玲ちゃんの言葉通り、庭の中には15人ほどが集まっていた。内訳は女が10人に、男が5人だ。
その十五人はオレ達が着たことに気付くと、続々とこちらを振り返った。
「……こいつら」
美玲ちゃんと同じく見覚えのある顔が揃っている。おそらくみんな、星祀り等の行事で顔を合わせた本家以外の親戚の連中だ。
ここは蘆屋の郷。親戚の連中が集まっていてもなにもおかしくはないのだが……どうにも変だ。
敵意がない。親戚の連中はだいたいオレのことが嫌いなはずなのに、こいつらの視線からはむしろそれとは逆のものを感じる。
好意というか、尊敬というか、そんな感じだ。
なんというか逆に座りが悪い。親戚には嫌われなれているせいか、好かれているというのは不気味で仕方がない。
いったいどういうことだ?
「兄様、驚いてはるようで。ふふん、隠しておいた甲斐があったわぁ」
困惑していると、盈瑠が満足そうな顔でそう言った。
どうやらこの親戚連中が盈瑠の言っていたオレに会わせたいやつらということになるらしい。
「これがうちの集めた蘆屋家内の反抗勢力、今の本家じゃなくて兄様を支持する『次代派』の代表たちや!」
そういってドヤ顔で親戚たちを指し示す盈瑠。
……なるほど。こいつは驚いた。まさか蘆屋家の中にオレを支持する派閥がいるだなんて考えてもみなかった。
完全に予想外。夢の中では聞いてたのかもしれないが覚えてないし、こうして向き合っている感じからしても、正直、盈瑠には悪いが、あまり頼りになる術師の気配はない。
……実は、アオイや先輩、凜たちを期待してたんだが、そう上手くはいかないか。だいたい蘆屋家の血縁以外が郷に入るのは簡単じゃないしな……作戦ではそこら辺をどうにかする方法も考えたはずなんだが、オレは覚えてないし……、
いや、贅沢は言っていられないか。今は使えるものを使って、戦うしかないんだ。
それに数は力だ。この親戚連中でも何か役に立つかもしれない。
――――
あとがき
次の更新は11月16日土曜日です! 応援いただけると励みになります!
新作も連載開始したのでお時間があればそちらもよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます