第138話 実録、因習一族の闇
この『BABEL』の世界における蘆屋の一族は日本国内でも有数の勢力を誇る異能者の集団だ。
しかし、千年間も一族の命脈を保つのは簡単なことじゃない。
普通の一族でも千年分の家系図を遡ろうというのは難しいうえに、異能者は男子が生まれにくい。そのため、蘆屋の一族はその命脈を保つためにありとあらゆる手を尽くしてきた。
その一つが、婚姻政策。
ほかの名家と血縁関係を結んだり、一族のものに分家を起こさせたりすることで、血縁を絶やさないようにしてきた。
大事なのは本家の血を絶やさないこと。だから、分家に異能の才があることもが生まれれば容赦なく養子として取り上げるし、才が乏しいと分かればさっさと嫁に出されて、才ある子を産めと強制される。
時代錯誤もここも極まれり。千年前ならともかく現代にもこんなことをやっているのは
そんなことをしている家なので、当然、人間扱いされるのは本家の人間のみで、迎えられてきた嫁は人間扱いされない。そういう意味では、彼女たちも蘆屋家の犠牲者と言える。
今、オレと彩芽の目の前にいる女性『蘆屋盈恵』もまたそのために迎えられた嫁の一人。次代の蘆屋を生むために集められた人身御供の一人だ。
そのはずなのだが――、
「――はい、チョコレートケーキ。彩芽さんにもどうぞ。遠慮なく食べてね、若いんだから」
差し出された皿の上に乗っているのは言葉通り、チョコレートケーキ。彩芽の方のケーキもきちんと俺のものと同じ大きさで、二人して目を白黒させていた。
蘆屋の郷の片隅にある奥座敷の一室でのことだ。
蘆屋盈恵、叔母上に話があると呼ばれて通されたのがこの和室だった。
本当は無視してもよかったのだが、この蘆屋の郷にあって叔母上だけはどうにも考えが読めない。他の本家の連中が分かりやすく三流の悪党なのに対して、彼女だけが一体誰の味方で、誰の敵なのかがさっぱり見えてこない。
それを確かめるためにも、こうして招待に応じたわけだが……話をする前になぜかケーキがでてきた。
この和室にまるで似つかわしくない二つのケーキ。それだけでも異物感がすごいのに、そんなものを本家の人間、叔母上が出してきたことに完全に不意を突かれていた。
「ん? どうかされたのかしら? ああ、心配してらっしゃるのね。毒なんて入れてないわ。大事な甥っ子、姪っ子だもの。殺したりなんて、ねえ?」
オレと彩芽が固まっていると、叔母上があっけらかんとそんなことを言ってくる。悪戯っぽい表情だが、口元は怪しく歪んでいるように、見えなくもない。
というか、怪しく見えるように振舞っているのはおそらくただのいたずらで、このケーキもただのケーキだ。
……やはり、なにを考えているのかまったく読めない。何考えがあるのか? あるいは何も考えてないのか。いっそのことこのケーキに毒でも入れてくれてれば分かりやすいんだが……それもないな。一応式盤で検査しているが、反応はないし……、
あまりというか、めちゃくちゃ好きじゃないが、読心の術使っちまうか……?
いや、やめておこう。あれは便利だが、便利すぎて大抵の異能者はなんらかの対抗策を講じている。それに人の心を勝手に覗き見るようなことをするのは好かん。
読心はあくまで最終手段。こんなことで人の心を土足で暴くようなら、オレは本家の連中と大差のない下衆に落ちてしまう。
それに術の行使に際しては屋内ではより繊細な注意が必要となる。
屋敷それぞれに強固な結界が張られているせいでわずかな魔力の動きでも感知されてしまう。今のオレでも誰にも察知されずに六占式盤を展開できる範囲は部屋一つ分が限界だ。
彩芽には室内では絶対にオレから離れるなと言ってあるから大丈夫だとは思うが、やはり、片手落ちだ。
その代わりと言ってはなんだが、一つの一つの屋敷の結界は独立しており、情報が共有されることはない。身内でさえ信用していないのだ、
「……いただきます」
叔母上の意図は読めないが、出されたものに手を付けないというわけにもいかない。叔母上の考えを知るためにも、ここは応じておくべきか。
まずは一口。
……普通のチョコレートケーキだ。特別美味しくも不味くもない。妙な味や異能の気配もない。
「お、お兄様……わ、わたし……」
「……食べてもいいし、食べなくてもいい。だが、まあ、出されたものは食べるのが礼儀ではあるな」
オレがそう答えると、彩芽も恐る恐るケーキに手を付ける。
それを見て叔母上は微笑むのでもなく、バカにするのでもなく、ただ興味深そうに彩芽を観察している。
…………思えば、叔母上はいつもこうだ。
いつも人間関係の輪の外にいて何かを見ている。他の本家の連中のようにオレに敵対したり、彩芽をいびるようなことはしないが、オレ達を含めて特定の誰かに味方することもない。
そのくせ、完全に孤立もしておらず、本家の連中以外にも分家のものたちとも付き合いがある。
叔母上の立場は現当主の本妻だ。盈瑠という異能の才を持つ娘もいる。
出自としては分家の娘ではあるが、本家にたくさんいる女たちの中では比較的に盤石の地位があるはずだ。
だというのに、ただ見ているだけであったり、今のようにオレたち二人にケーキを食べさせたりもする。オレの場合は毒入りやら呪いが掛かった品を差し出されることはあるが、彩芽にまで何かを振舞おうとするものはこの郷にはそういない。
やはり、よくわからない。そういえば、実の娘である
となれば、こちらから動くか。ことが起こる前に不確定要素を減らしておきたい。せめて、敵か、味方かくらいははっきりさせておこう。
「あら、道孝さん、食が進んでないようだけど、お口に合わなかったかしら? チーズケーキもありますよ?」
「い、いえ、お構いなく。それより、叔母上。一体何のつもりかお聞きしたいんですが」
あくまで平静さを保ったまま、魔力も凪いだままでそう尋ねる。言葉は少し棘がある感じになってしまったが、こちらの立場を明確にする以上、仕方がない。
叔母上の立ち位置はあいまいだ。こちらから脅して敵側に回すようなことは避けたいし、なにより、戦闘要員出ない彼女を力で脅すのは彩芽の前では避けたい。
「まあ随分なお言葉だこと。わたしは道孝さんにとっては義理の母でもあるのですよ? 大事な
「……
「似合わぬ強がりはおやめなさいな。彩芽さんには昔から優しいじゃない。それに、最近は
「……なるほど」
…………オレと盈瑠の仲が改善したことをオレたち二人は仲間以外には秘密にしてきた。
本家の監視には注意を払ってきたし、盈瑠も嘘ではないが本当ではない程度の適当な報告を上げていたはずだ。
それを本家の連中に知られている。叔母上がオレと盈瑠のことを口にしたのはそういうことだ。
だが、問題はない。こちらのことを知られているのは想定の範囲内だ。
そうだ、それは覚えている。この前の『夢現境』での作戦会議でそういうことを話していたと記憶にあった。
それに、もしかすると――、
「その道孝さんが家族仲良くは無理だ、なんて。盈瑠が聞いたらどう思うかしら? 泣いてしまうかしら? まったくひどい兄様だこと」
「もう結構です。盈瑠、隣の部屋にいるんでしょ?」
オレの指摘に叔母上が「まあ」とあからさまに驚いてみせる。これだけほのめかしておいて本気で俺が気付かないとでも思っていたわけがない。
事実、少し遅れて左側の襖が開いて、耳まで真っ赤にした盈瑠がしずしずと進み出る。大方最初からここでオレと話をするつもりだったのに、叔母上に付き合わされたのだろう。
……叔母上の奥座敷。確かにこの郷において密談場所としてこれ以上の場所はない。
だから、先行していた盈瑠はオレとの合流場所としてここを選んだ。場所選びのセンスは悪くないが、結果として余計なものが付いてきたというわけだ。
「兄様……これは、そのぅ……」
「構わん。叔母上は……何がしたいのかわからないのですが」
オレの言葉に叔母上は楽しそうにニヤリと笑い、こう答えた。
「あら。わたしはただ母として娘たちを助けているだけですよ? だって、当然のことでしょう?」
どうにも釈然としないが、盈瑠の態度からしても、とりあえず味方と考えてもよさそうだ。無論、心底からの信用はできないが。
「じゃ、兄様。付いてきてください。会わせたい人たちがおります」
「人たち?」
「兄様の、うちらの味方です。会ったら驚きますよ、絶対」
盈瑠の言葉に、頭に疑問符を浮かべるオレと彩芽。
ここは蘆屋の郷。敵地のど真ん中だぞ? 味方なんているはずがない。どういうつもりなんだ、盈瑠は……?
――――
あとがき
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