第137話 因習の郷だよ、全員集合!

 猫耳を生やした妖怪バスはゆっくりと走り出す。

 バスのいく道は通常の道路ではなく舗装どころか、切り拓かれてさえいない獣道。障害物どころかそもそも本来は道さえない場所だが、バスが近づくと木々が左右に分かれて道を開けた。


 乗り心地は見た目の珍妙さに反して悪くない。それどころか、快適と言ってもいい。車輪が宙に浮いているおかげか揺れも全くなく、座席も沈み込むほどにフカフカしていた。


 もっとも、このバスは現実世界を走行しているように見えて、実際に走っているのはすでに『蘆屋の郷』という異界の表層だ。だから、バスは今、山を登っているように見えても、概念的には異界に潜っているということになる。


 人工の異界とも言える『蘆屋の郷』に通常の異界深度の尺度を当てはめるのは難しいが、それでもあえて言えばランクB『禁域』に相当する異界となる

 郷に常駐している本家の術師の数は木っ端な雑魚も含めて100人ほど。これはそのままDからBランクの怪異に相当する戦力だ。


 以上のことから、蘆屋の郷は内部に100体以上の怪異が蠢くBランク異界ということになる。

 つまり、今のオレの戦力ならわりとどうにでもなる、ということだ。全力で切り札を切れば瞬く間に無効化することもできる。


 障害となりうるのは、今のオレに匹敵、いや、それ以上の術師である現『道摩法師』蘆屋道綱のみ。だが、そちらに関してはそのための作戦が動いている、はずだ。

 これに関しては皆を信じている。心配はしていない。全員オレより優秀かつ天才揃いの原作キャラたちだ。詳細は覚えていないが、それでもどうにかなるという安心感がある。


 それは、こうして、蘆屋の郷に侵入した今となっても揺らいではいない。

 

 バスが霞がかった山頂を越える。その時、周囲の景色が一変した。


 ただ開けた景色と岩があるだけのはずの山頂。

 そこには長大な石段が連なり、左右には瓦屋根の武家屋敷が並んでいる。その最奥にあるのは門の扉に巨大な五芒星の描かれた三階建ての館であり社、本殿とも呼ばれる現代の道摩法師と『初代道摩法師』の御霊の住まう場所だ。


 これが『蘆屋の郷』、そのだ。

 さながら山間に築かれた隠里かくれさとだが、その実態はそんな可愛らしい者じゃない。雀の仲居たちが美味な料理や小判を運んできてくれたりはしないのだ。


 代わりいるのは陰険で性根の腐った陰陽師の群れ。どこかの心霊現象でお困りの病院とかで一山いくらで買い取ってくれないだろうか。


 そんなことを考えていても仕方ないので、彩芽と一緒にバスから降りる。心底気乗りしないし、この郷に対しても治安最悪のスラム街と同じ程度の好感度しかないが、背に腹は代えられない。


「――チィッ」

 

 バスを降りた瞬間、不愉快な気配を無数に感知して舌打ちを一つ。


 自分達では気配を隠して監視しているつもりなのだろうが、魔力の残滓も残っているし、気配の消し方も雑だ。会ったばかりの頃のリーズでさえ、まだマシ。いや、比べるのは彼女に失礼だ。


 千年続く血族だなんだとうぬぼれておいて、実際の実力はこんなもの。実戦の経験が少ないから術の洗練もされていないし、魔力操作のような基礎でさえおざなりだ。


 あー、イライラしてきた。いっそこの場で全員、焼きを入れてやろうか? バカは死ななきゃ治らないっていうしな、死に掛ければ少しは自分の身のほどを思い知るだろう。


「……お兄様」

 

 そんなオレの殺気を察したのか、彩芽が俺の右袖をぎゅっと握る。

 ……生来の優しさゆえか、あるいは『隷従の呪縛』ゆえか。いや、前者だな。

 

 オレはまだ実際に加害行為には及んでいない。呪いによる行動制限の条件には引っかかっていないし、魔力の流れが凪いでいることからもそれは明らかだ。

 

 さすがは我が妹、愚鈍でそこ意地の悪い本家の連中にも一応情を掛けてやるのだから懐が海よりも深い。

 対するオレの器はおちょこより狭い。本家の連中は地面に頭をこすりつけて彩芽に感謝すべきだな。


 さて、そろそろあいつが顔を見せる頃合いか。嫌いなんだよなー、あいつ。


「――道孝様」

 

 噂をすればなんとやら。偽装を解いて姿を現したのは黒い束帯を着た白髪の老婆。

 家令の婆、名前なんだったか、確か『おとき』だったか? 表面上は丁寧に頭なんぞ下げているが、こいつが意地の悪いの婆であることをオレは知っている。


 実際、オレの袖を掴んでいる彩芽がおときが姿を現した途端に、身をこわばらせた。

 クソ婆が怖がらせやがって。残り少ない寿命をここで終わらせてやろうか?


「ようこそおかえりくださいました。我ら一同、ご帰還をお待ちしておりましたとも」


「そりゃどうも。だが、本当に歓迎する気があるなら姿も現さずに見ているだけってのは無礼じゃないか? 一応、オレは次期道摩法師様なんだからな?」


「…………ご無礼をば」


 オレに監視を見抜かれていることを知って、おとき、もといクソ婆が視線を下げる。

 まあ、動揺を抑え込んで次の指示を出そうとしているのだろうが、そんな暇は与えない。


「手間を省いてやるよ。こんな雑な隠れ身だし、気付いてほしかったんだろうしな」


 すかさず右手で指パッチン。それだけの動作だが、俺の魔力とに干渉された術式は一瞬でその効果を失った。


「な、なに!?」


「えっ!?」


「そ、そんな!?」


 四方八方で驚きと困惑の悲鳴が上がる。

 オレたちの周囲に放り出されたのは隠れ身の術を引っぺがされた本家の術師たち。こんな事態は想定していなかったという顔は実に爽快で、思わず笑いだしそうだった。


 で、術が破られたことで、自分たちの状況にも気付く頃合いだろう。


「術が使えない!?」


「な、なぜだ!?」


「何が起きて……!?」


 続けざまにそんな悲鳴が上がる。

 まずは混乱、次に恐怖。こいつらとしては突然後ろ頭を殴られたようなものか。


 なにせ、ふたたび隠れ身を使って姿を消そうにも術そのものが発動できないんだ。

 術者、あるいは異能者にとって異能の行使は呼吸のようなもの。オレも鏡月館で経験したが、これに不調をきたした際の不安感、恐怖は得も言われぬものがある。


 それだけじゃない。明確に攻撃を受けているにもかかわらず、こいつらは己の身を守ることもできない。より正確に言えば、こいつらはオレが許可しているから今生きていられるというわけだ。


 からくりは簡単だ。こいつら皆、オレの術『六占式盤』の上に乗っている。ちょうど、学園で盈瑠みちると手合わせしたときに式神の制御権を強奪したのと同じ仕組みだ。

 盤の内側はオレの世界だ。そして、オレの世界の内側にあるものはどうとでもできる。術の発動前に感知して、それを阻害することも容易というわけだ。


 無論、これだけならば本家の連中全員をこうして盤に捉えることはできない。いくら未熟でもオレが盤を展開したのを察知できていれば対抗手段を講じることぐらいはできただろうからな。


 だから、今回の肝はオレが『式盤』を目に見えず、その上、感知もできない形で展開している点にある。


 感知不能な六占式盤、新たに使えるようになったこの術を名付けるなら『六占式盤・天網恢恢てんもうかいかい』といったところか。


 原理としては鏡月館、平坂神社で得た経験を応用したもので、異界そのものの魔力の流れを利用して、通常知覚しない別位相に式盤を展開。その上で、流れそのものを改変してオレに追従させることで式盤を展開しながらの移動も可能にしている。


 ようは、無敵ゾーンが不可視化したうえに、移動可能になったというわけだ。

 しかも、この改良型の式盤をオレは怪異バスに乗り込んだ時点から展開し続けている。本家の術師どもがいくら警戒しても俺がやっていることの原理に気付けない限りはどうしようもない。


 もっとも、ここまでやったところで式盤に直接干渉、もしくは式盤そのものを砕けるような力の持ち主には通用しない。

 ようは、雑魚掃除のための小細工。本家の術師どもに身の程をわきまえさせるには十分だったようだが。


 ……こんなことをしても何の意義もないことはよく理解しているが、それでもこの意趣返しはやっておきたかった。

 今、本家の馬鹿どもが味わっているのはこの郷で彩芽が味あわされた苦痛の千分の一程度だ。いっそこのまま全員に呪いをかけてやろうかとも思うが……今はやめておこう。オレにしがみついている彩芽に、血に濡れたオレは見せたくない。


「お、お見事でございます、み、道孝様。ですが、お、お戯れはどうかそこまでに……」

 

「考えておいてやる。それより、さっさと宿に案内しろ。言うまでもないが、オレの側役は彩芽だ。それ以外のやつをよこしたり、ほかの用事を彩芽に言いつけたりしたら、わかってるよな?」


 オレの命令に、おときは苦虫をかみつぶしたような顔で頷く。

 内心では、なぜオレが彩芽を傍に置くかについて足りない頭で邪悪な考えを巡らせているんだろうが、知ったことではない。


 本家の連中は信用できないし、なにより、オレの式盤の中にいれば彩芽を守れる。誰かが腹いせをしようとしても、行動に出ようとした瞬間に、呼吸を止めることも今のオレならできる。


「じゃ、彩芽。早く行こう。田舎くんだりまできて疲れた。早く休みたい」


「に、荷物はわたしが――」


「いい、オレが運ぶ」


 おとき以下本家の連中を無視して、2人分の荷物の入ったキャリーバッグをかついで石段を登る。

 まあ、最初に一発かましておくのはこのぐらいでいいだろう。どうせこのあと全部をひっくり返す予定なんだ。今のうちに自分たちがどれだけ恵まれていたか噛みしめておくといい。


「あらあら、道孝さんも相変わらずねえ。本当、やんちゃなままなんだから。おばさん、若さが羨まししいわぁ」


 そんなオレたちの前に現れたのは、薄い桃色の着物を着た美しい女性。

 栗色の髪をかんざしでまとめ、言葉通りに愉快そうな顔で、あるいは他人事を見るように気楽な顔でオレたちを見下ろしていた。


 ……知らない人間が見れば、二十代前半と言っても通用するだろうが、彼女が何者であるかをオレと彩芽を知っている。


「……どうも叔母上。ご機嫌そうで何よりです」


「あら、道孝さん。そこはお義母かあさんでもいいのよ? それとも、盈恵みちえさんって呼んでくれるのかしら?」


 このひとの名前は蘆屋盈恵あしやみちえ。現道摩法師の正室にして、盈瑠の実母。そして、この蘆屋の郷で最も腹の内の読めない危険人物でもあった。



――――


あとがき


次の更新は11月2日土曜日です! 応援いただけると励みになります!


新作も連載開始したのでお時間があればそちらもよろしくお願いします!


https://kakuyomu.jp/works/16818093080593362826

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