第134話 そういうやつ
作戦会議を終えた後、オレ以外のみんなは順番に『
みんなが七公会議の時のオレのように生身でここに来ているならばともかく、今回は意識体。状態としては明晰夢を見ているのと変わらないから、目覚めようと思えばそのまま目覚めて、現実世界に戻ることができる。
しかも、目覚める際に、夢の中で経験した記憶を持ち帰るか、否か、持ち帰るとしてどの記憶を持ち帰るかの選択権さえもこちらにある。
これはオレたちが異能者ということもあるが、今の夢幻境にそういう
そんなアリアの敷いた法則を今回の作戦では最大限活用させてもらうことにした。
オレが最後に夢現境を立ち去った時、今回の作戦会議についてすべての記憶を保持しているのは、二名のみ。その二名が誰かについてもオレは忘れる予定になっている。
誰かが捕らえられたり、思考を読まれたとしても作戦を成功させるための方策だ。
発案者は
作戦の最後には記憶が戻るように条件付けしてあるが、作戦実行中はオレはオレの知る限りの情報で動くしかない。
しかし、そうすることで不足の事態になっても誰かが何とかしてくれるし、オレは皆を信じて任せればいい。敵の戦力とこちらの戦力を鑑みて、これが最善だとオレは判断した。
ちなみに、今回の作戦名『忘れん坊うさぎ』はこの忘却という要素から先輩が考えたものだ。
……今回の作戦において、先輩の果たす役割は大きい。頼りきりなのは心苦しいが、先輩からは『頼ることを覚えなさい! す、好きな人に頼られるのはそ、その嬉しいんだからね!』というツンデレっぽい可愛い発言を頂いた。これに関しては記憶に永久保存した。
ということで、最後に残されるのはオレになるはずだったのだが、どうにも1人帰っていないものがいる。ここは少しばかり話をしておくべきか。
「谷崎さん」
そっと近づいて声を掛ける。パジャマを着た少女の小さな方がびくりとした。
大分考え込んでいたようだ。凜の奴め。オレも知っていながら黙っていたから共犯のようなものだが、もう少し周りに気を配れってんだ。主人公気質の悪いところだ。
こういう時に頼りになりそうなリサのやつもさっさと帰ってしまった。帰り際「今回はアナタが適任」とかこっそり耳打ちしてきたが、当のオレはあまりしっくりきていない。
だが、オレが谷崎さんを慰めることができるなら全力を尽くす。
谷崎さんは今回の作戦に関しては学園に残るバックアップ要員としてだが協力を約束してくれた。
それはそれとして、彼女も恋する乙女。そんな少女の初恋が打ち砕かれてしまったのだ。ダメージは計り知れない。
「その、大丈夫じゃない、よな?」
「う、うん、そうだね、うん……」
落ち込み切った声に胸が痛む。心配なので座れるようにその場に椅子をイメージすると、すぐに具現化する。促すと谷崎さんは腰かけた。
「まず、ごめん。あいつのこと、凜のことを知っていて黙っていた」
「……うん。でも、仕方ないよね。わたし、土御門く……さんとは別に親しかったわけじゃないし……秘密だったみたいだし……」
「……事情、聞いておくかい?」
オレの問いに谷崎さんが頷く。オレは許可を取ってからもう一脚椅子を呼び出して、彼女の隣に腰かけた。
勝手に凜の身の上話を話すのは少し心が痛むが、今回ばかりは仕方がない。少なくとも、谷崎さんに何か他意があって情報を伏せていたわけではないと伝えないといけない。
凜が性別を偽っているのは、かつての名家『土御門』の名跡を継ぐためだ。我々異能者界隈は男の人手不足癖に未だに男にしか相続権がないという時代遅れっぷりなので、誘先生の指導の下、偽装をしているというわけだ。
「――というわけで、男のフリをしてたんだ。まあ、最近は大分がばがばだったけど」
「…………まあ、うん、わたしも、その、なんとなくあれ? 土御門君、最近なんかすごいエッチじゃない? とか思ってたから……」
「うん。そうだよね……」
最近の凜はクール系は外見だけで、ジャンルとして無自覚系無知系に近づきつつある。それはそれで素が出てて悪くないんだが、本来の性別を隠すという目的は完全に見失っている。
そこらへんは誘先生が近いうちに何とかするとは言っていたが、どうなってるんだろうか。結局は煩雑な手続きと魔術的な契約の問題だから、時間をかけるしかないと思うんだが……、
「…………すこし、しんどい」
話が途切れると、谷崎さんが消え入るような声でそう言った。
本当に今にもここから居なくなってしまいそうな、儚くて、寂しげな声色だった。
夢の世界も心なしか色あせて見える。谷崎さんの強い感情にこの夢現境全体が影響を受けているのだ。
気持ちが分かる、とは言えない。前世も含めてオレに失恋の経験はない。強いて言うなら『BABEL』とその世界に恋をしていたが、その熱情を失ったことはない。これからだってそうだ。
だから、谷崎さんの気持ちを理解してあげることはできない。それでも、オレは彼女を知っている。原作の知識だけではなく、共に死線を潜り抜けた戦友としても、その勇敢さを優しさを知っている。
だから、ここにいる。谷崎さんを少しでも励ますことができればそうしたいと思うからだ。
「……そ、その、一つ教えて、欲しいんだけど」
「…………なんだろうか」
「あ、蘆屋君と土御門君って、その、付き合ってるの?」
……そう来たか。
当然と言えば当然の問いだ。以前まではただの男友達と認識されていても、凜の秘密が明らかになった以上、関係性を疑われても仕方ない。
なにせ単に同じ部隊というだけじゃなく四六時中一緒にいる。というか、勝手に人の屋敷に出入りしてる。うちの居間にあるレトロから新世代までのゲーム機一式は凜が持ち込んだものだし、最近は彩芽も当たり前のようにあいつの分の食事も用意してる。もはや、立派な居候だ。
……自分で言っててなんだが、ここまでの関係があって付き合ってないというのは逆に不健全な気までしてくる。
しかし、付き合ってないものは付き合ってないんだから、仕方ない。
「いや、あいつとオレはそんなんじゃない」
「じゃ、じゃあ、なに? わ、わたしにはわからないよ。蘆屋くんのことも、土御門くんのことも……わたしが、どうしたらいいかも……」
「だよな。実はオレもそうなんだ。最近、自分のことも他人のこともよくわからない」
オレの言葉に少しだけむっとした顔をする谷崎さん。そんな彼女に茶化してるわけじゃないと断ってから、こう続けた。
「オレにとって、土御門、いや、輪は憧れだったんだ。こうなりたいって理想像? って言ってもいいかもしれない。ほら、あいつ、黙ってるとかっこいいし、意外と男気あるだろ?」
「……それはわかる、けど」
「オレもさ。そういうかっこいいやつになりたかったんだ」
オレが偽りなく本音を述べていることに気づいてくれたようで、谷崎さんが真剣な表情で頷く。
今、オレが述べたのは今世のオレではなく前世のオレが確かに抱いていた感情だ。
家の近所のゲーム店で壁に貼られた原作『BABEL』のポスターを見かけた時に胸に去来したいてもたってもいられないワクワク感。
そして、実際に初見プレイで『土御門輪』を知った時の切なくなるほどの憧れも、何もかもがオレの魂に記憶されている。
そんなことを谷崎さんに話したのは、文字通り夢の中で夢見心地なせいか、あるいは理解もできないくせに失恋した彼女に同情してるのか。
だが、今は目の前の少女に嘘をつくことはしたくなかった。
「でも、実際にこうして友達付き合いしてみると、意外とガサツで、あと、おっちょこちょいで、変な思い込みをしてることもよくあるってわかってくる」
「そ、そうだよね! 土御門くん、クール系の見た目なのに結構ドジっ子だよね!? こ、この前も自販機でジュースとお茶間違って買っちゃって、この世の終わりみたいな顔してたんだけど、その顔が、すっごく萌えるの! 意外な側面が余計に推せるっていうか、可愛いっていうか……あ、ごめん」
「いや、構わないよ。むしろ、もっとやってくれていい」
自分がオタク特有の早口になってしまったことに気づき口を紡ぐ谷崎さんに、オレはむしろ話してくれと促す。
だって、凜のことを話す谷崎さんの顔は嬉しそうで、楽しそうだ。失恋の痛みは簡単には消えてくれないそうだが、それでも、時に喜びは欠けた穴を埋めてくれる。
「い、いいの? こんな話聞いてもらっても役に立つことなんて……」
「いいんだ。ここは夢の中だし時間はある。それに役に立たない話だって大事だし、オレは好きだ。だから聞くよ」
オレが改めてそう答えると、谷崎さんは少しだけ微笑んで「ありがとう」と小さく呟く。
……さすがは原作ヒロインの一人。切なげな横顔もすごい絵になる。その顔を脳内SSDに焼き付けつつ、彼女の推し語りに耳を傾けた。
「それでそれでね、土御門くんって考え事をする時は鼻の頭を触るんだけど、その時の横顔がすっごいかっこいいの!」
「わかるよ。顔はいいからな、あいつ。そう言えば前、市内出た時にスカウトされてたよ、芸能事務所に」
「本当!? で、でも、断っちゃったんだよね? も、もったいない! だ、だけど、解釈一致!」
「うん。でも、その時の発言がまたアレなんだよな。『アイドルなんかになったらゲームで相手に煽り返せない』って言い放ったんだぜ、あいつ。なんで煽り返す方に情熱燃やしてんだよって突っ込んだね、オレは」
「そ、そんな理由だったの!? で、でも、解釈一致かも! ときどき変なところに拘るというか、いろいろ考えてるわりに結局衝動的というか、直情的なんだよね! それなのに、それが最終的にみんなを助けることになるのが、土御門くんのすごいところというか、好きなところというか……あ、そこらへん、蘆屋君も同じだよね、さすが親友だよね」
「そう、かな? まあ、君がそう信じてくれるならそれでいいか」
オレの答えに、谷崎さんが頷く。その満足げな顔に、オレの方が救われる。オレが
励ますつもりでこうして話しているのに、オレの方が元気になっているのでは世話がない。自分でも呆れるほどにオレは単純らしい。
「他にも他にも、えっとね、えっとね」
そうして、思い出を連ねていく谷崎さん。そのどこか悲しげで、清々しそうな横顔を永遠に脳裏に刻む。
凜には悪いが、これは役得だな。
「うん。オレが言うのもなんだけど、谷崎さんはその方がいい。凜とは色々あるけど、別に嫌いにならなくてもいいわけだし、態度も変えなくていいんじゃないか?」
「……うん」
しばらく話をして、話題が途切れたところでそう切り出す。
いつまでも話していたいし、聞いていたいが、夢は醒めるものだ。その前に言うべきをことを言っておかないと。
「たぶん、もっと悩むだろうし、しばらくは辛いだろうけど、それでいいんだよ。この世の終わりみたいな気持ちになって、そう思ってしまっても、弱音を吐きながらも顔を上げて歩き出せる。そんな主人公みたいなやつがオレも、君も好きなんだから」
「……ありがとう、蘆屋君。わたし、このことは絶対に忘れない」
谷崎さんの答えに、オレも頷く。
ただ一回の会話で全てが解決するわけじゃない。谷崎さんはこれからも悩むだろうし、辛いこともあるだろうけど、その時にこの夢現境での些細な会話を思い出してくれたら、それだけで、オレは――、
「――あれ? もうお話は終わりなんですか? アリア、すごく楽しかったのですけど」
不意に、頭上から聞き覚えのある声が響く。
咄嗟に視線を上げると、そこでは空を覆うほど巨大な瞳がこちらを覗きこんでいた。
……いくら魔人とはいえ盗み聞きは趣味が悪いぞ、
――――
あとがき
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