第133話 最後にうさぎが言った
オレが転生してから10年間、彩芽を解放するための方法を考え続けてきた。おかげでそれなり以上のプランが出来上がったと自負している。
しかし、道綱叔父上が『八人目の魔人』の協力者『フロイト』であるという可能性が高くなった時点で大きな修正を余儀なくされた。
それでも、使える部分はある。その使える部分を基礎として、甲乙両探索班の戦力、そして、盈瑠の協力を織り込んでの新たな作戦を建てる。
それこそ、言うは易しだが、ずっと頭のどこかで考え続けていたことではある。おかげで、いざ言語化してみると意外とスムーズに順序だてることができた。
問題は、その実現性。作戦を建てたオレ自身でも無茶だと思うくらいだ。みんなも当然同意見だろうと考えていたんだが――、
「――うん……それなら、いける……かもしれんね……」
オレの作戦を聞いて重苦しい長考の末、盈瑠が言った。
意外な答えだ。どちらかといえば理屈で考える盈瑠であれば一旦は否定してくると思っていた。
場所は変わらず夢現境の水晶の花畑。しかし、話がしやすいようにかいつの間にか地面にはハイキング用のシートが広がっており、みんなはそこに腰かけて思い思いの体勢でオレの話を聞いている。お茶まで行き渡っている。
おそらく淹れたのはリーズだ。夢の中でも気遣いの達人。異界内部での飲食は危険だが、ここは夢の中でもあるわけだし問題はないだろう。
心配なのは未だに凜の真実を知ったショックから抜け出せていない谷崎さんだ。真剣に話を聞いてくれてはいるものの、やはり、凜のことが気になるのかときどき視線を送っている。なのに、当の凜はなぜ谷崎さんがショックを受けているかもよく分かっていない様子。罪作りな奴め、あとでフォローが必要か……、
だが、今は作戦だ。
盈瑠はいけるかもしれないと言ってくれてはいるが、ほかの人の意見も聞いておきたい。
「…………理論上は可能、ですわね。もちろん、危険は伴いますが、成功すれば戦わずしてミチツナ理事もその配下の戦力も無力化できますし、生け捕りにもできます。管理局にとっても理があるかと思いますわ」
ところが、この中では一番の理論派であるリーズからも賛成意見が出てくる。
さすがに本人も露出が過ぎると思ったのか、ガウンを上から着ているが、そこまでは改善されてない。むしろ、合間から覗くチラリズムがなかなかにエロ……いや、今はやめておこう。ここだと下手なことを考えると、なにが物質化するかわかったもんじゃない。
それにしても……この作戦、意外といけるのか?
「…………問題は相手が解体局の理事ってことよね。学園内だとこっちの動きは把握されちゃうわけだし、そこさえどうにかすればどうにかなるんじゃない?」
そう指摘を述べたのはリサだ。
彼女は朽上理沙であり、同時にかつてのオタク
そんなリサが助けてくれるのはとても頼もしいが、同時に彼女の指摘は非情に痛いところを突いている。
今回の作戦における最大の障害は、もちろん、当代の道摩法師『蘆屋道綱』だ。彼は現代における最高峰の術師の一人であり、解体局の裏切者であるくせに、五人しかいない解体局極東支部の常任理事でもある。
支部の理事の権限は学園の運営から各探索隊への任務の割り振りまで多岐に及ぶが、中でも厄介なのが探索隊への監察権だ。その監察権があればなにができるかというと――、
「確かに監察部を動かされたら面倒なことになりますわね……痛くもない腹を探られる、だけではすまないでしょうし、なにより、わたくしたちが動けないのでは敵地でミチタカを孤立させることになります。さすがの貴方でもそれは厳しいでしょう」
「……まあ、うん。そうなると詰みだな」
リーズが言ってくれた通り、伯父上が理事としての権限を最大限に活用された場合、こちらの作戦は実行が困難になる。
理事の監察権の中には解体局内の憲兵隊、異能者を狩るための部署『監察部』への命令権も含まれている。
原作の設定通りなら監察部の構成員は通常の探索者とは違い、対怪異にではなく対異能者、対術者に特化した精鋭の集まりだ。
仮にこちらの戦力を頼みに力押しを選んだとしてもそう簡単にはいかない。場合によっては、蘆屋の本家の戦力を相手にするよりも厄介なことになりかねない。
なので、できれば監察権の発動は防ぎたい。防ぎたいが、その方法が思いつかない。オレたちはどれだけ強くても立場としては一学生、異界探索者の一人でしかないわけだし、上層部を動かすにはそれなりの権力が――、
「あのさ。
発言したのは凜だ。彼女は寝間着のままでシートの上であぐらをかいている。
心底リラックスした感じの様子を見るに、谷崎さんが自分のことでショックを受けていることに気付いていないらしい。この、朴念仁め! しっかりしろ、原作主人公!
……それはともかくとして、先生に動いてもらうことはオレも考えた。だが、そう簡単にはいかない事情があるのだ。
「……叔父上がただの理事ならそれでいいんだが、叔父上はかなりの確率でフロイト本人、もしくは協力者だ。そして、フロイトは『八人目』の関係者でもある。そこに先生が直接関与すれば『魔人』間での誓約に反したことにもなりかねない。それは、まずい」
「えと、魔人たちはその八人目? の誕生を直接邪魔しちゃダメなんだっけ? そっか、それがあったんだっけ……なんか抜け穴とかないかな?」
「抜け穴……そうか、その手があるか」
さすがは凜。朴念仁だが、やはり、原作主人公だ。ここぞという時には打開策を閃いてくれる。
凜の言う通り、魔人たちの誓約は強力無比なものだが、抜け穴もある。
問題はどんな方法をとるか。
誘先生は確かに日本支部の理事の一人だ。だが、それは先生が解体局に協力を申し出た際に交換条件として得たもので、実権はほとんどない。学園内では好き放題できるが、解体局内で強権を振るうことはできないだろう。
だが、理事は理事だ。理事としての基本的な権限は持ち合わせている。その中にはほかの理事に対する弾劾を要求する権利も含まれている。
「……先生に弾劾裁判を起こしてもらう。罪状は何でもいい。いや、フロイトの件以外なら何でもいいっていうのが正しいか? ともかく、弾劾裁判さえ起きれば――」
「アンタの叔父さんはその間、理事としての権限が停止される。監察権も行使できないから、監察隊も動かせない。アタシたちも動ける。うん、いいと思う」
リサがオレの言葉を引き継ぐ。
彼女の言う通り、理事としての権限は弾劾裁判を起こされた時点で一時的に停止される。
これは解体局の規則でもあるが、同時に理事たちを縛る誓約にも組み込まれている。強大な権限を持つ分、縛りが多いのは魔人も解体局の理事も同じというわけだ。
今回はその縛りを利用させてもらう。同じ理事に弾劾を提起された時点で理事としての権限は停止され、臨時の理事会が招集される。
その理事会が開催されている間は道綱叔父を顕現的にも、物理的にも拘束できる。
……これは思ったよりも妙案かもしれない。
蘆屋の郷で事を起こす際に叔父上が不在ならあっさりと片が付く。それこそ、誰も死なずに済む。
「裁判自体がこっちの思い通りの判決になればそもそも戦わずに相手を拘束できるかもね。そうなれば、万々歳。十年考えた作戦が不要になる誰かさんはかわいそうだけど、ね」
皮肉気な口調のリサ。
さすが、その胸部でTシャツの真ん中で微笑んでいる女児向けキャラを痛めつけていること以外、朽上理沙のエミュレートは完璧だ。いや、今の彼女は朽上理沙でもあり、同時にゴールデンひまわりでもあるのだから、こう言い方は正しくないか。
なんにせよ、尊敬に値する。オレは結局、原作通りには振舞えなかった。
もっとも、そうしていては救えなかったものもある以上、今更それを悔いる気などないが。
「そうだな。そうなればオレは考え損だが、でも、それが一番だ」
あえて、「その望みは薄い」とは口にしない。
弾劾裁判は被告人も理事ならば裁判官も弁護人も理事だ。
判決は理事間での関係性次第。そして、蘆屋家は国内における最大勢力の一つ。他の三人の理事の内、二つとは婚姻による縁戚関係にある以上、判決がどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
結局、叔父上とは最後に戦うことになる。その事実を口にしないのは、盈瑠を傷つけたくないというオレのエゴでしかない。
「兄様。そんな気遣いはいらん。うちはもう腹を決めましたから」
そんなオレを盈瑠は毅然とした態度で切り捨ててくれる。その強さ、気丈さがオレには眩しい。
こいつはオレなんかよりもよほど大きな歩幅で毎日成長している。
飛び立つ鳥を見送るような気分だ。誇らしくて、少しだけ悲しい。原作で最終決戦に赴く主人公たちを見送った担任の巫女田先生もこんな気持ちだったのだろうか。
「うちは兄様の側につきます。勘違いされんように言っときますけど、別に使命感やら正義感だけで決めてわけやないから。あくまで、頼りない兄様をうちが助けたほうが貸しが大きいってそれだけの話ですから」
「ああ。その方がいい。ヤバくなったら遠慮なく裏切ってくれ」
「ふん、うちを安くみんといてくれます? うちが着いたんやから、兄さまには何が何でも勝ってもらいます。うちを裏切り者にした責任、取ってもらわんとね?」
「わかってる。欲しいものを考えとけ」
オレの答えにふふんと笑う盈瑠。なにやら悪いことを考えている風だが、これが盈瑠なりの照れ隠しであることを今のオレは知っている。
……思えば、少し前までオレは盈瑠を敵だと思い込んでいた。その思い込みが消えたのはある意味、オレを消そうとしていたフロイトのおかげでもある。オレ以外の皆を巻き込んだことは許せないが、その点だけは感謝してもいい。
「今更だが、みんなはどうだ? こんな無謀なことには付き合えない! 私は寝て忘れる! って言ってくれてもいいんだが……」
「意味のないことを聞かないでください。夫婦というものは一蓮托生。いいえ、死後も同じ墓に入るのです。死ぬかもしれない程度で私との縁が切れるとでも? もっとも、縁が切れないのは私に限った話ではないようですが」
オレの未練がましい問いに、アオイが代表して答える。
彼女の言葉通り、この場に集められた皆の瞳に迷いはない。皆、オレのことを信じて命を預けると、そう言ってくれているのだ。
……オレは幸せ者だ。オタクとしてだけじゃなくて、男として、人として、ここで踏ん張らなきゃ、オレはもう何にも顔向けできない。
そうさ、やってやる。相手はあの道摩法師、現代最高峰の術師の一人。それを生きたまま捕らえてみせるとも――、
「あ、あのちょっと、あーしから提案があるんだけど……」
最後に、うさ耳がぴょこんと揺れた。
そのあとに山三屋先輩が述べた提案により作戦の決行と作戦名が決定した。
名付けて『忘れん坊うさぎ大作戦』。
ちなみに、この名前は先輩発案の元、多数決で決められた。さすが先輩、ネーミングセンスまで可愛い! 本人が決まった後に「変えてー! 冗談のつもりだったのにー!」と抗議していたことも含めて最高だったぜ。
――――
あとがき
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