第127話 思い出を繋いで

 祭りの終着点、平坂神社の境内でオレ達を待っていたのは、七人の魔人の一人『死神』誘命いざないみことだった。

 しかも、オレ達と勝負した語り部が言うには、彼女を雇ったのは命先生だという。つまり、この事態は全て最初から先生の掌の上だったというわけだ。


 ぜひ、説明を求めたいところだが、当の本人は意味深に微笑んでいるだけで何かを言う様子はない。

 というか、これでだいたいのことはわかったでしょ? とでも言いたそうな顔だ。


 ……こういう人だと承知の上で師事したオレが言うのもなんだが、無茶が過ぎる。それに凜を巻き込んだのは許せない。ここは一言、文句を言っておくべきだ。


「――つまり、今回の一件は全部修行の一環だったってわけですか、先生」


「うん。成果が出たみたいで師匠としては一安心だよ。でも、君、怒ってる?」


「ええ。すごく怒ってます」


 オレがそう頷いても、先生はいつも通りに微笑んでいる。少しは申し訳なさそうな顔をするとか期待していたわけではないが、こっちにもオタクの意地がある。今回ばかりは引き下がる気はない。

 先生相手にオレができることはないし、できたとしてもいするつもりもないが、だからこそ、互いのためにこれはダメだと言わなきゃいけない時がある。


「え、なに? どういうことなの、蘆屋君……? 先生が語り部さんの依頼人って……」


「オレたちがこの異界に迷い込んだのも、語り部と勝負することになったのも全部偶然じゃなかったってことだ。ねえ、先生」


「そうだよ。まあ、よく言うじゃないか。出来事とはすべてが必然であり、偶然なんてものはこの世界には存在しないって」


「先生」


 オレがにらむと、さすがにまずいと思ったのか、先生は視線を逸らして後ろ頭を掻く。少々わざとらしい。らしいと言えば、らしいが今回は反省してほしい。


「オレたちをこの異界に招いたのは先生だ。そのうえで、語り部にオレたちと勝負をするよう依頼してたんだ」


「え……!? なんで、そんな自演乙みたいなことを……」


「オレの修行のためだ。だいぶ前に稽古をつけてくれと頼んだから、いい機会だからっていきなり異界に放り込んで、ついでに捕まえておいた語り部を利用した、そんなところだろうよ」


 自演か、言い得て妙だな。


 先生の立てた計画はそう複雑なものじゃない。おそらく突発的に思いついて、そこに手持ちの駒をうまく配置したそんな感じだろう。


 まず、神社にいたオレと凜の位相をずらして自分の管理する異界の一つに放り込む。

 さらに、そこにいる語り部にオレ達の前に立ちふさがり、間接的に鍛えるように依頼しておくことで、ただの遭難ではなく修行場としてこの異界を活用したのだ。


 実際、した運命視と視界を共有したことはオレにも大きな糧になった。

 自覚できる範囲だけでも可能性操作の精度もその対象もここに来る前とは比較にならないほどに拡張された。


 ……鏡月館で掴んだ異界を操作する感覚と、今日目にしたあの視界、その二つを合わせれば――、


 いや、これについては後で考えよう。たぶん、踏み込むと沼にハマる。なんてものはそれこそ現状では手に余る。


 あるいは先生の意図はそこにもあるのかもしれない。オレたちに語り部をあてがうことでオレの異能と相互作用のある凜の運命視の魔眼の成長を促しつつ、オレ自身をも強くする。

 師匠としての手腕だけを見れば完璧と言ってもいいだろう。効率的と言い換えてもいい。


 それに加えてもう一つ。この自作自演には目的がある。


「それに、人伝ならあのにも反しない。そうですよね、先生」


「そういうこと。流石ぼくの弟子。怒ってても理解が早い」


 先生が愉快そうに答える。やはり、そうだったか。


 七人の魔人たちによる『七公会議』において魔人たちは八人目の魔人の誕生に際して直接関与しないという誓いを立てた。


 この盟約による縛りは強力だが、穴も多い。今回先生は自分が掴んだ八人目に関わる『フロイト』の情報を語り部を通じて伝えることでその縛りを回避した。


 語り部が勝手にオレに情報を流す分には先生は関与できないし、そこには八人目の出現を阻止する意図もない。、と言い訳ができる分には盟約違反にはならないというわけだ。


 一石二鳥どころか、三鳥を狙える計画だ。さすがは魔人。即席とは思えないほどに練られている。


 その一方で取りこぼしているものも多い。先生のように強大な存在にしてみれば人間の一生、その中の一瞬一瞬の希少さなど視界に入らないこともあるだろう。

 だからこそ、オレは先生にオレが怒っている理由を伝えないといけない。


 しかし、思えば、ヒントはいくつもあった。この異界は先生の司る死の領域に隣接しているうえに、語り部を捕らえてここに放り込んだのも先生だ。それに、そもそも学園の側で魔人である先生が自分の生徒が異界に迷い込んだことに気付かないなんてことまずありえない。


 ぶっちゃけ、オレも途中でなんどか「もしかしたら」とは思っていた。だが、そう考えてしまうと行動に甘えが生じかねないし、腹を立ててしまうだろうから、意識して考えないようにしていた。

 もっとも、後者の方の努力はこのネタ晴らしで無になったわけだが。


「でも、効果的だったろう? 異能を成長させるのは経験、それも危機の経験だ。緊張し、恐怖し、そのうえでそれらを乗り越えるんだ。本気でなければ意味がない」


「……正論ですね。でも、それだけです」


 確かに異能の成長については、先生の言うとおりだし、実際、オレも凜も語り部との勝負を通じて新たな力を開いた。


 だが、結果が良ければそれですべて許されるのであれば道理が通らない。


「オレのことは構いません。いえ、オレは貴方の弟子だ。教えを受ける身としては文句を言う資格はない。だけど、凜を巻き込むのはやりすぎだ。ましてや、今日はデートなんです。凜に謝ってください」


「で、デート……!? そ、そう言い切っちゃうんだ、蘆屋君……えへへ」


 当の凜はデートと言う単語に浮かれているが、だからこそ、俺はこの件に関して怒らないといけない。

 それにデートはデートだ。それ自体にやましい意味はない。むしろ、ここを誤魔化した方がアオイは怒る。なので、素直に認めることにする。あとでしばかれるかもしれないが、それでも、アオイに嘘をつくよりはいい。


 ともかく凜は今日の祭りを楽しみにしていた。どれだけこの体験型修業が効果的だと言っても、それは彼女から青春の一ページ、1か月以上も楽しみに待っていた瞬間を奪っていい理由にはならない。


 原作キャラの思い出作り妨害罪だ。光のオタクとして許しておけない。その犯人が同じ原作の登場人物だとしてもオレは断固として糾弾する。


 おもえば、オレが八人目と、フロイトと戦うのも同じ理由からだ。愛する登場人物みんなが思い出を作っていく世界を壊すやつは何人であろうと許してはおかない。


「――そうか。君はそこに怒ってたのか」


 オレの言葉を受けて先生が言った。だが、納得したような言葉とは裏腹に、先生の顔には一瞬だけ拗ねたような表情が浮かんで、すぐに消えた。


 オレの気のせい、ではない。原作キャラの原作に存在しない表情差分を見逃すオレではない。

 しかし、むっとするのでもなく怒るのでもなく、拗ねる……? どういうことだ……?


 だが、ここでそれを指摘したころで、先生は認めないだろう。いや、先ほどの表情を本人が自覚しているかさえ定かじゃない。そんな深い部分を知ろうとするならこちらにも相応の覚悟と準備が必要だ。


「でも、そうだね。確かにそれに関してはぼくが悪い。生徒の青春を守るのも、教師の役目だ。ごめんね、リン。デートの邪魔をしてしまった」


 さっきの表情がまるで嘘みたいな誠実な態度で先生は凜に謝る。 

 先生にしては珍しいが、よかった、わかってくれて。なんにせよ、オレがなぜ怒っているのか、先生は理解してくれた。


 むしろ、先生に比べれば卑小な人間であるオレの怒りにもきちんと向き合ってくれる先生に今は感謝したい。

 

「い、いえ、大丈夫……ではないですけど、これはこれで楽しかったというか、スリルもありましたし、その、石橋効果? で急接近みたいな感じだったので……」


 凜の方もこんなことを言っているし、彼女がいいのならオレとしても怒り続ける理由はない。

 ちなみに、石橋効果じゃなくて吊り橋効果だ。石橋だとむしろ安定してるから心臓のドキドキを心のドキドキと勘違いすることはありえない。


「君も、もう怒ってない? ぼくのこと許してくれる? 嫌いにならない?」


「はい。それに、オレが先生を嫌いになることはまずありえません。嫌うのと怒るのは全然別のことです」


「――うん。ありがとう」


 先生にお礼を言われて、なんだかこっちの方が気恥ずかしくなってしまう。ずるいぞ、先生。

 だが、わかってほしい。もし仮に他の誰かが先生に対して今日と同じことをしたのならオレは同じように怒る。それが正義オタクというものだ。


 一方で、先生の意図もわかる。オレの修行と同じように、『甲』の皆の強化も急務だ。特に凜の運命視の魔眼の重要性は先生にも分かっている。


 ……今回の一件で、凜はその力を大きく増した。

 これからのことを考えれば、その恩恵はでかい。原作通り、運命視の魔眼は切り札ジョーカーそのもの。練度次第では最上級の怪異にも通用する。


 それに、場合によっては、フロイトの特定にも――、


「なんだい、もめないのかい。どさくさに紛れて逃げてやろうと思ってたのに」


 語り部の声が境内に響く。彼女は鳥居の側に立って退屈そうな顔をしている。

 そんな語り部を見て、先生はにやりといつも通りの笑みを浮かべた。


「やあ、ご苦労さま。なかなかにいい敵役ヴィランだったよ。ぼくが審査員ならアカデミー賞候補だ」


「け。おれは映画より演劇派だ。だいたい生き物よりも自然現象に近いやつに演技を評価されても嬉しくないね」


 七人の魔人の一角を前にしても語り部は態度を変えない。さすが、というべきか。


 誘先生は俺達にとっては先生であり味方、オレ個人にとっては推しの一人だが、語り部やほかの異能者たちにとっては自然災害に手足が付いているようなものだ。

 心境としてはそれこそ台風と対話するようなもの。だというのに、ここまで堂々としているとは尊敬してしまう。


「おや、失礼だな。こんな美女を捕まえて山や海と同じだなんて。それとも、それくらいに偉大って意味で解釈してもいいのかな?」


「好きにしな。おれが興味があるのはアンタが約束を守るかどうかだけさ」


 語り部の言葉に、先生はわざと「はて?」と首をかしげてみせる。語り部が不機嫌そうに睨むと、今度は「てへ」と舌を出した。かわいい。かわいいが、煽りがすぎる。

 先生が語り部にオレたちを鍛えるように依頼した際、なにを報酬にしたのかはおおむね想像がつく。というか、この状況で報酬になりうるものは一つしかない。


「えと、確か、ぼくの言うとおりにしてくれたらこの異界ここから出すって約束だっけ? でも、それでいいの? ここならお腹も空かないし、毎日お祭りだよ? 本当に帰りたい?」


 やっぱりそういうことか。

 語り部への報酬はこの異界からの解放。オレの誘いを断ったのもそういうわけだ。


「……もういい。天幕に戻る」


「ごめんごめん、冗談だよ冗談。はい、開錠」


 呆れて帰ろうとする語り部だが、その前に先生がぱちんと指を鳴らす。その瞬間、甲高い音と共に何かが砕けた。

 この強大な魔力の流れからして、この異界に語り部を縛り付けていた因果を先生が断ち切ったのだろう。


 ……簡単にやっているが、人間の術師では100年修業したって同じことはできない。

 オレも強くなったが、所詮は人間のレベルだ。芽生えかけていたうぬぼれは完全に消え失せた。


「出口はこちら―。足元気を付けてね」


 さらに手を叩くと、オレたちの目の前の空間が罅割れ、黒い穴が現れる。

 異界の外、現実の世界に繋がる転移門だ。


 これも神業。異界の法則を無視して現実との接点を作るなど手間を考えるだけで卒倒しそうになるが、魔人はこれを当たり前のこととして実現する。

 

 語り部はフンと鼻を鳴らしてから、転移門へと踏み出す。

 解体局の一員としては指名手配犯を野に放つことになるわけだが……同じことをしようとしていた身としてはなにも言えない。


「ああ、忘れてた」


 しかし、語り部は直前で立ち止まると、こちらに近づいてくる。ばつが悪そうに顎を掻きながら、こう言った。


「セティアだ」


「へ?」


 突然の発言にオレと凜が顔を見合わせる。どういうことだ?


「だから、名前だよ、おれの。そっちの嬢ちゃんが勝負に付け加えただろ? だから名乗ったのさ」


「あ。なるほど! ありがとうございます、セティアさん!」


 凜が笑顔で返す。彼女らしい無邪気な感謝だった。


 そういえば、そうだった。

 語り部の名前を知る機会を忘れていたとはオタクとして恥ずべきことだ。


 しかし、そうか、セティアか。爽やかな響きで、語り部に実にマッチしたいい名前だ。

 これでオレの脳内設定集の項目が一つ埋まった。オタクとしては大満足だ。


「それと、袖すり合うのも多少の縁ってこの国では言うんだろ? せっかくの縁だ。おれに会いたい時は月に向って、名を呼びな。一度だけ、格安で仕事を受けてやる」


 そう言って語り部は右手の煙管から灰を落とす。その灰は地面にそのまま地面に落ちるのではなく、魔力の糸となってオレたちと語り部を結んだ。


 高度な契約術の一種だ。どうやら語り部は本気だ。オレたちが月に向かって名を呼べば、それは確かに語り部に届く。


 すごくありがたいし、光栄だが、どういうつもりなんだ……?


「本当ですか!? でも、僕、殺したい人とかいないので、できた時でいいですか!?」


「お、おう。好きにしな」


 妙に物騒かつずれたことを言う凜にひきつつも、語り部は一瞬オレの方を見る。それでオレの考えを見抜いたのか、最後にこう言った。


「なに、深い理由はないよ。ただアンタら2人を気に入ったってだけさ。特に嬢ちゃんの方はなかなかいい物語を書いてくれそうだしね。『そして、幸せに暮らしました《ハッピーエバーアフター》』期待してるよ」


 瞬間、語り部の姿が崩れる。先ほどまでそこに存在していた彼女の体は同質量の砂へと変換されて、空間の穴へと消えていった。

 見事で、綺麗な術だ。幻術と現実改変の合わせ技。語り部の術は有効なだけではなく美的センスにも長けている。


 ……オレも見なうべきか。もう少し術式を洗練して、要素を絞れば近いことはできるかもしれない。


「ちぇーかっこいいことしちゃって。ぼくもあれ見せちゃおうかなー、いきなり白骨になるやつ」


「それは勘弁してください」


 対抗してあほなことを言い出す先生をなだめて、息を吐く。

 語り部との勝負は楽しかったが、緊張したし、疲れた。というか、ここはまだ異界だ。談笑するなら現実で落ち着いてやりたい。


「じゃ、帰ろうか。お詫びも兼ねて時間もずらしておいたから普通のお祭りも楽しめるヨ。ねえ、愛弟子、ぼくって弟子想いでしょ?」


 先生が再び手を叩くと、転移門がその色を変える。青色だ。おそらく対抗心でオレたちが選んだ魚の色に合わせたのだろう。


 ……門の向こうには静止した本来の平坂神社の光景がかすかに見える。ここを潜れば先生の言う通り、現実世界へと帰還できる。


「……そうですね。でも、戻ったら話があります」


「うん。わかってる。覚悟は決まったみたいだし、聞き届けるよ」

 

「はい。でも、今は――」


「それもわかってる。うん、君はそうでなくちゃ。使命だけに生きるには人生は長くて、隙間だらけだ」


 先生の同意を得て、凜の方を見る。頬を赤らめて、どこか期待した眼でオレを見る彼女に負けて、オレはらしくもなく気障なセリフを口にしていた。


「ほら、行くぞ。祭りはまだ終わってない」


 二人で冒険はしたが、まだ祭りを楽しんでない。凜と2人でやろうと思ったことは金魚すくいに、輪投げ、くじ引きにといくらでもある。それにせっかく花火の見えるスポットも調べたんだ。無駄にしてなるものか。


「う、うん! よろしくね、蘆屋君!」


 凜が満面の笑みを浮かべる。その愛らしさ、尊さで胸をいっぱいにしながらオレは彼女の手を取った。


 そうして二人で、転移門へ。

 つないだ手は固く、例え離れたとしても、この記憶、いつか思い出になる一瞬はオレと凜を繋いでくれる。そう信じて一歩先へ踏み出した。


――――――――

あとがき

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