第124話 運命視の魔眼

 語り部が定めたオレたちの敗北という物語、それを覆すには凜の運命視の魔眼が不可欠だ。


 運命視の魔眼はあらゆる異能の中でもまた特別だ。

 希少性、強力さもさることながら、この『BABEL』世界を運用するシステムとも関りがある。


 この世界において異界を成り立たせているのは、人の集団認知の歪み、それが生み出す可能性の揺らぎだとされている。

 運命視の魔眼の持ち主はその可能性を目視し、あまつさえ干渉することさえ可能とする。つまり、極まった魔眼の使い手であれば異界の創造、あるいは解体さえも自在となる。


 まさしく原作主人公に相応しい強力な異能ではあるが、その一方、制限も多い。通常の異能のように鍛えれば強くなるというわけでもないし、あまりも薄い可能性を視認することはできない。さらに、見えた可能性がどのような結果をもたらすかを判別するには経験が必要となる。

 

 事実、原作主人公『土御門輪』でさえ己が魔眼を最大限に活用できるようになったのは原作ストーリーにおける最終盤、それも各ルートのラストバトルの土壇場になってだ。

 その際も、自由に異界を創造できるわけではなく各ルートのヒロインの協力を得てようやくだった。


 対する『凜』だが、運命視の魔眼も含めて異能の扱いなどの成長は著しいが、まだ原作最終盤の『輪』の域には至っていない。いや、まあ、原作で言えば中盤に差し掛かる夏の時点で終盤に匹敵する進化をしている時点でとんでもない成長速度ではあるのだが。


 ともかく、今の凜一人では語り部の物語をひっくり返すことはできない。物語の中の可能性を操作したところで、物語という巨大な枠組みを超えることは不可能だ。


 だから、オレと凜で協力する必要がある。そうすることで初めて勝ち目を作ることができる。

 まったくどうして蘆屋道孝オレのようなかませ犬が主人公の相棒ポジションになってしまっているのか、これが分からない。分からないが、もう四の五の言っていられない。今は勝つためにオタクとしての領分は忘れよう。


「凜、作戦を思いついた」


「う、うん、ごめんね、二匹目外しちゃって」


「気にするな。まだチャンスはある」


 先ほどの結果を気にしている様子の凜に、そう返す。

 さっきの賭け。勝敗としては魚の色は青で、白を選んだオレたちの敗北だったが、ただ負けたわけじゃない。


 少なくとも、なぜオレたちが負けているのか、その原因は明らかにすることができた。

 問題はあと二回の間に、オレと凜の協力が間に合うかどうかだ。


「――語り部。少し休憩させてほしい。構わないか」


「構わないよ。それより、アンタ、気付いたみたいだけど、怒ってないんだね」


 オレの要請に、語り部は意外なことを聞いてくる。どうやらオレたちを騙した形になったことを一応気にかけてくれているようだ。

 やはり、語り部は真面目だ。職業こそ殺し屋であり、オレたちのような解体局所属の人間としては敵対せざるを得ないが、ほかの『敵』に比べれば気分のままに力を振るうようなことはしない。場合によっては協力できる可能性さえあるかもしれない。


「怒る理由がない。実際、アンタは賭けそのものには干渉してない。アンタが干渉したのはこの天幕で起こるだ。それに言うだろ、この界隈じゃ騙される方が悪いって」


「……そうかい。若いのに達観したもんだ。騙した側としては、もう少し悔しがってくれた方が、可愛げがあるんだけどね」


「そういうのは仲間に任せてるんだ。オレにはこの通り余裕がないもんで」


 オレがだいぶ軽くなった財布を叩くと、語り部は楽し気にくくっと笑みをこぼした。

 財布の中身は残り半分。勝負できる回数も残り二回でちょうど半分。これが尽きたらオレはこの異界に閉じ込められることになる。


 普通ここまで追い詰められると恐怖に苛まれ、緊張してしかるべきなのだろうが、どうにも今のオレは清々しい気分だ。

 この異界の祭りの影響か、あるいは負けが見えて自棄になっているのか。どちらにせよ、やるべきことがはっきりしている、それが一番だと自分に言い聞かせた。



 凜と共に天幕の外に出たオレは、まずは深呼吸をした。

 オレたちが天幕の中で賭けをしている間に祭りの熱気は一段と増している。遠くにあった祭囃子も今やすぐ傍で聞こえていた。


 そんな熱気を振り払うように、緊張しきっていた意識を一度緩めて、ふたたび、締めなおす。

 精神状態をリセットするための反復動作ルーティン。その状態で改めて考えても、やはり、この状況をどうにかするための方法は一つしかない。


 隣ではオレを真似してか、凜も深呼吸をしている。こういうところが憎めない、というか、かわいい。おかげでオレも少し肩の荷が降りた。


 土御門凜を信じて運命を託す、改めてその覚悟が決まった。


「蘆屋君、それで作戦って……?」


「ああ。それなんだがな。残る二回の賭けは全部お前がやってくれ。オレはサポートに徹する」


「え……?」


 オレの答えに、凜は眉を顰める。

 どうやら驚きやら困惑やらを通り越してオレがふざけてると思って、腹を立てたらしい。


 困ったやつだ。オレが言えた義理じゃないが、自己評価が低すぎる。傲慢になられるよりはいいが、あんまり卑屈だとオレが怒るぞ。


「言っとくが、冗談でもからかっているわけでもない。お前じゃなきゃこの賭けには勝てない。少なくとも、オレが主導じゃ絶対に勝てない」


「でも、どうして……? 蘆屋君が勝てないんなら、僕なんかが戦っても……」


「オレだから勝てないんだ」


 納得できないという様子の凜。その凜にオレはこう続けた。


「語り部は術師だ。オレも同じ術師。術師同士の争いは術の精度、数、規模で決するもんだ。未知の術で相手の裏をかくこともあるが、今回はその手は使えない。なんで、オレには勝ち目がない。これはわかるな?」


「えと、同キャラ対決だと実力差が如実に出ちゃうみたいな感じ……? だから、キャラ対されてない僕のほうがチャンスがある?」


「そんな感じだ。よくわかってるじゃないか。まあ、普通自分の学んだ術の系統以外の知識なんてそんなにあるもんじゃないんだが……オレは一度、語り部に手の内を見せてる。つまり、オレの術は語り部の意識の範疇のある。だから、今回の賭けではあまり役に立たない」


 ここまで説明したことで、凜はだいぶ納得できたようで難しい顔で頷く。

 

 語り部がこの賭けにおいて設定した物語、それを覆すにはまず語り部の知らない、予想できない異能を使う必要がある。

 

 その点から言っても、今回主体になるのはオレではなく凜がベストだ。


「それに、お前の異能は物語と相性がいい。ストーリーを描く行為は可能性の取捨選択とセットだ。お前なら捨てられた可能性が見える、と思う。というか、見えてるだろ?」


「……あの光らない欠片のことなら、たぶん」


 やはりか。

 存在している可能性だけではなくすでに消えた、消されてしまった可能性を見るのは運命視の魔眼の異能の中でも高位の技だ。原作『BABEL』においては2週目のおまけ要素として、隠しルートに繋がる選択肢を可視化するという形で表現されていた。


 成長速度のすさまじさは理解しているつもりだったが、今回ばかりはただただ脱帽だ。

 もっとも、2回めの賭けで感覚を共有した時からそんな気はしていた。共有された視界で凜は光っていない場所を見ないように意識していた。それはその可能性を見ても無駄だと思ってたからだ。


「じゃあ、僕がすべきことって、光らない欠片を光らせること……? でも、僕、そんなことできないよ……?」


「そこはオレがどうにかする。陰陽道ってのは卜占の側面も強い。可能性操作はできる。今までと違って1を100にするんじゃなく、0から1にしなきゃならないってだけだ。お前が死んだ可能性を捕まえてくれれば、まあ、なんとかなるさ」


 そう言って不安そうな凜に、微笑んで見せる。空元気だが、凜はオレを頼りにしてくれている。なら、オレも頼りがいのある所を少しは見せないとな。


 だが、0を1にか……それこそ言うは易く行うは難しだ。

 ……オレも覚悟の決め時だ。鏡月館での一件で掴んだあの感覚、あれを応用する必要がある。


「じゃあ、僕は何をすればいい? なんかこう、色が変わるなーって念じればいい?」


「当たらずとも遠からずだが……お前はそうだな、ゲームしてるときみたいに。難しいことだが、それが一番だ」


「そ、そんなことでいいの? もっとこう、複雑な感じの計算とか、試行錯誤とかそういうのはしなくていいの?」


 意外そうな凜に頷く。

 術者ではない異能者、それも天才型にありがちな勘違いだ。


 術者はその名の通り術を操るものだ。だから、理論や計算、術への理解などが必要になるが、異能者は違う。

 異能を当たり前のものとして行使し、できるものとして信じて疑わない強固な自我がすべて。他の理論や知識など所詮付け焼刃でしかない。


 だから、異能者が最も力を発揮するのは平常時。人は普段の生活をしている時に自分を信じすぎてもいないし、疑いもしない。

 凜の場合はいつもオレの家でゲームをしている時こそがベストだ。


「ともかく、お前はいつも通りにやれってことだが、本当にできるか? オレがミスったらお前も巻き添えになるんだぞ?」


 つい心配になって、そんなことを聞いてしまう。

 どんな状況でも平常心を保つのは異界探索者の基本だが、そうそうできることじゃない。


「うん。それならできるよ。だって、僕、蘆屋君を信じてるもん」


 そんなオレの心配を吹き飛ばすように、凜はあっけらかんとそう言った。

 彼女にとってオレを信じるの当たり前のことらしい。

 

「そ、そうか……」


 急に照れ臭くなる。信頼されていることが分からないような鈍感じゃないが、改めて言葉にされると頬が熱くなる。


「あ、蘆屋君、赤くなってる! そうか、そうかぁ! 僕の信頼が嬉しいんだね、ふふふ、親友だもんね、僕ら」


「……まあな」

 

 嬉しそうな凜。

 少し頬を染めた彼女の笑顔は原作の名CGみたいで、本当に綺麗で、オレはただその光景を記憶に焼き付けようとしていた。


「蘆屋君は、僕を信じられる? ミスばっかりで、迂闊で、女の子らしくもないけど……それでも、信じてくれる?」


 最後に凜は、そう言って右手をオレの方に差し出す。その手を強く握って、オレは答えを告げた。


「――ずっと前から信じてるさ。お前が思うよりもずっと前から」


 握手を交わす。互いの熱を掌を通じて感じ、オレたちは再び勝負の舞台へと戻る。今度こそ、勝ちに行くんだ。


――――――――

あとがき

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