第121話 誘惑の色香

 異界探索者界隈で知られる伝説の殺し屋『語り部』はオレの愛する原作ゲーム『BABEL』には登場しない。

 彼女が登場、というか、言及されるのは原作から派生した『異界探索者シリーズ』の一作『小説、山三屋ほのかの冒険譚』においてだ。我らが山三屋先輩を主人公としたこの小説において、人類における最高峰の実力者の一人として『語り部』の名前が挙げられていた。


 ほかにもその異能が物語のモチーフとしていること、『砂漠』に関連するものであることなどが設定資料集には記されていた。


 情報としてはこれだけだが、これだけだからこそオレやリサのようなオタクは想像を膨らませて、いろんな妄想を語り合うことができた。


 そして、この世界に転生してからは実際に遭遇してしまった。

 残念ながら、敵としての出会いにはなってしまったが、実際に彼女の異界を経験して生き残ることで多くを知ることができたのはオタクとして僥倖だったと言える。


 それでも、足りない。語り部について知りたいことはオレの個人的興味を筆頭として、数多くある。

 だが、今は――、


「まず、オレのせいってどういうことだ? なぜ、アンタがこんなところにいる?」


 オレの問いが、蒼いテントに響く。

 他に聞きたいことはたくさん、例えば語り部が異能に目覚めた経緯とか、どうして殺し屋になったのかとかあるが、今は私情を優先するわけにもいかない。


「だから、アンタのせいさ。アンタに関わったばっかりにこのザマだよ」


「…………まさか、誘先生か?」


「そういうことさ。まったくいい面の皮ってやつだよ。こんな極東で魔人に出会っちまうなんてね」


 ……なるほど。おおよその事情は呑み込めた。いかに語り部が世界で五本の指に入る使い手でも、それは人間の範疇での話だ。まさしく人間外、規格外の魔人相手ではどうにもならない。


 先生が語り部について心配しなくていいって言ってたのはこれが理由か。あの人らしいおおざっぱさといえばおおざっぱさだが……、


 それに、この異界は『死の領域』に属する異界だ。そして、誘命は『死神』。この世界に存在するありとあらゆる死の概念を司る魔人だ。

 そんな誘先生であれば死の領域に属する異界なんて裏庭のようなものだ。自由に出入りできるだろうし、そこに人を放り込むのも難しくないだろう。


 そう考えると、誘先生がオレたちに気付いてくれさえすれば救助してくれる可能性もあるが……いや、忘れよう。先生は一応生徒思いではあるが、存在の規模が大きすぎる反面、オレ達が自分の領域に迷い込んだ程度のことに即座に反応するとは思えない。


「あのホテルから逃げたはいいんだけどね。この国を出る前に、アンタの先生に見つかっちまったんだ。おれも年貢の納め時かと思ったんだがね。あの魔人、おれを殺さずに此処に放り込みやがった。あとで用があるからって言ってな。それがかれこれ、二か月くらい前のことかねぇ? おれじゃなけりゃ死んでたね。おれが言うのもあれだけど、感覚ずれすぎじゃないかい?」


 今が8月の初旬だから、2か月前というと6月か。つまり、あのホテルでの事件があってすぐに先生は語り部を捕捉していたということになるわけだ。

 そこから2か月異界で放置……敵ながら同情しかない。そして、その無茶苦茶をやらかした当人の弟子としては戦慄するほかない。


「それで、その先生の用事ってのは……」


「あ? んなの、おれが聞きてえよ。ここは冥界の端っこだから腹も減らねえし、喉も乾かねえが、とかく暇なんだ。おかげでこんな店まで構える羽目になっちまった。ったく、珍しいからなんて理由で極東での仕事なんて受けるんじゃなかったよ」


 ため息を吐く語り部。煙管の灰を落とすと、疲れた様子でテントの星空を見上げた。


 ……先生のことだ。場合によっては自分がこの異界に語り部を放り込んだことも忘れてるかもしれない。

 やはり、ここからの脱出はオレと凜の2人でどうにかするしかないか。問題はないと思うが、さて……、


「……あなたを雇って、そいつについて聞きたい」


「へえ? 今更気になるのかい、そんなことが」


 言葉とは裏腹に、語り部は笑っている。口角を上げたその笑みには伝説の殺し屋『語り部』の名に恥じぬ凶暴さが秘められていた。


 だが、ここで引くわけにはいかない。オレの推測が正しければ何らかの取っ掛かりが得られるはずだ。


「アンタに山三屋先輩の誘拐を依頼したのは、先輩の婚約者だった玄木くろき家の連中だ。それは間違いないし、そっちのほうは先生にお灸をすえられてるから考慮の必要はない」


「ああ、おれに依頼を持ってきたのはそのクロキって連中で間違いない。陰気な顔してたよ、なんつうの? ああいうのをこの国じゃ貧乏神に憑かれてるっていうんだっけ?」


「……まあ、間違ってはない」


 実際、平安以来の長い歴史を誇る玄木家はここ50年ほど不幸続きだ。直近の当主3人が子供を残す前に夭折し、今現在残っている男子は

齢70歳を超えた老人と分家筋のぼんくらのみ。かつては名家として隆盛を誇ったものの、異能をもって生まれる子も少なくなり、その勢力は急速に衰退しつつある。


 山三屋先輩との婚姻にあんな強引な手を使ったのもそのためだ。先輩に授けられた『父よりも優れた子を産む』という予言によって次代において勢力を盛り返そうとしたのだ。


 悪辣かつ人権無視も甚だしいが、異能者の家系ではそう珍しいことじゃない。

 もっとも、だからといって許せるわけじゃないが。オレはともかくとして山三屋先輩の笑顔を曇らせた罪は万死に値する。誘先生が手を下していなければオレが直接乗り込んでいた。


 しかし、そんな不届き者達のことは今は重要じゃない。今問題とすべきは、


「ずっと考えてたんだ。玄木は名家で汚いこともするが、度胸はない。家格で負けている蘆屋家うちに正面から喧嘩を売るようなことはとてもじゃないができない。ましてや、オレが本家に嫌われているとはいえ、次期道摩法師の暗殺なんて大それたこと企めるのかって」


「続けな。愉快な妄想として聞いてやるよ」


 妄想と断じつつも、語り部はオレの推測を否定はしない。


 確かにほかの可能性はいくらでもある。玄木の連中が先輩が連れてきたのが蘆屋道孝オレだったと知らなかったという可能性もあるし、連中が必死過ぎて政治的な体面をかなぐり捨てたという線もある。

 

 だが、蘆屋本家が八人目と繋がりがあり、解体局を裏切っているとなればまた話が違ってくる。


「だから、考えたんだ。貴女に山三屋先輩の誘拐を依頼した人間とオレの暗殺を依頼した人間は別なんじゃないかって。誘拐を依頼したのは玄木家、そして、暗殺を依頼したのは――」


「――アンタの実家と解体局の上層部の誰か、かい?」


 オレに先んじて答えを口にしておきながら、語り部はますます愉快そうに笑みを深める。

 語り部は明確には言葉にしないが、彼女の態度はオレの推測を肯定している、ように見える。正直なところ確信も確証もなくて不安だが、オレの推測通りなら納得はできる。


 先日の『鏡月館』での一件よりはるか以前から『八人目』と蘆屋本家は結託している。蘆屋道孝オレを始末するべく二重三重に罠を張っていたのだ。玄木家に内々にオレを始末する許可を与えたか、あるいは、そもそも語り部を紹介したのが本家なのか、そこまではわからないが、どちらにせよ、一枚も二枚も噛んでいるのは確かだ。


 これだけだと四方八方敵だらけだと嘆くべきなのだろうが、これで容疑者は絞れた。八人目は蘆屋本家と相当深いつながりがあるとみて間違いない。

 つまり、蘆屋本家を叩けば八人目へとたどり着ける、と思う。もうすでに推測していたことではあるが、語り部のおかげで確証が得られた。

 もとから、本家の連中とはこの夏の間にけりを付けるつもりだったが、そうする理由が一つ増えたわけだ。


 しかし、腹立たしい。オレを殺そうとするだけならまだしも、それに山三屋先輩やほかのみんなを巻き込んだのは許せない。関わったやつは全員生まれてきたことを後悔させてくれる。


「おれはあんたの妄想を肯定も否定もしねえよ。休業中とはいえ、殺し屋だ。守秘義務は守る」


「分かってる。オレにはアンタに無理強いする気も、それができる力もない。だから、オレが次に聞きたいのは――」


 これでまず聞くべきことは聞いた。であれば、次は聞きたいことを聞く時間だ。

 まずはあれだな、趣味か、もしくは好きな映画だな。そういう軽いパンチから入って、プロフィールを埋めていく感じで――、


「だけど、今のおれは気分がいい。少し付き合ってくれりゃあんたにくらいはポロっとこぼしちまうかもねぇ……?」


 だが、そんなオレを崖から突き落とすように、悪魔の誘いが投げかけられる。途端、語り部の笑みが怪しげな艶やかさを帯びた。

 

 ……悪い予感の正体はこれだったか。

 語り部は明らかに何かを企んでいる。生き生きとしたその顔からもそれは明らかだ。


 だが、なんだか悪くない気分ではある。遠くに聞こえる祭囃子に浮かされているのか、あるいは語り部の色香にでもやられたか。どちらにせよ、今のオレに退路はない。語り部にオレの殺害を依頼した人間の名前、なんとしても明らかにしてみせる。ついでに、語り部のスリーサイズとか好きな食べ物とか趣味とかも……!


――――――――

あとがき

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