第118話 行きはよいよい

 目を開けるとそこは雪国ならぬ、祭りの最中だった。

 どこまでも続く坂と左右に立ち並ぶ出店。彼方から聞こえてくる祭囃子には懐かしさを呼び起こすのと同時に、祭り特有の浮ついた気分にさせる効果があった。

 

 ……坂の上にはおそらく社がある。となれば、ここは参道ということか。


 これら一つ一つはどこの祭りでもあるような光景だが、先ほどまでオレたちがいたのは言っては悪いが寂れた商店街の催す小さな祭りで、こんな規模はなかった。


 周囲に感じる魔力の濃さから言っても、ここは間違いなく異界の中だ。事実、さっきから人間の客の代わりに次々と火の玉型の人魂ひとだまが姿を見せ始めていた。


「こ、ここ、異界だよね? ど、どうしていきなりこんな……」


「わからん。武器は……持ってきてないよな?」


「う、うん、ほ、ほら、浴衣だと隠すところないし……」


 背後の凜に尋ねると当然と言えば当然の答えが返ってくる。解体局の探索者たるものいつ何時でも異界に備えるべしとは言うが、それが実践できている者は少ない。


 かくいうオレも今回に関しては完全に想定外。何が起きたのか絶賛混乱中だ。

 ……八人目の、フロイトの罠か? あるいは、何か別の――、


「あ、蘆屋君、どうする?」


「オレの後ろにいろ。手持ちの式神でどうにかする」


「ぼ、僕も戦う! そ、そのパンチとかで! 格ゲーもやってるし大丈夫だよ!」


「お前の体がコマンド操作で動いてるとは知らなかったよ。アケコンか? レーバレスか?」


「え? パッドだけど? ワンボタンで技出るやつ」


「……そうか。でも、ゲームやるだけで達人になれるなら今頃、世の中達人だらけだ。それに相手は怪異だぞ、殴る蹴るでどうにかできるのは山三屋先輩くらいで――」


『――いや、そういう心配はいらねえと思うぜ』


 不意にどこかから念話が聞こえる。背後の凜が慌ててるところから見て、彼女にもこの声は届いているようだ。これでオレが正気を失って幻聴を聞いているという説は潰せた。


 冷静に聞き覚えのある声の発信源を探ると、オレのズボンのポケットの中からだった。

 

 何も入れていないはずの左ポケット。そこに手を突っ込むと指先に固いものが当たる。その瞬間、何に触れたか気づき、ポケットから引っ張りだした。


 黒い木槌だ。古ぼけていながら威厳のあるそれにオレはすごく見覚えがあった。


「……山本さんもとか?」


『おうよ。困ってるようじゃねえか、坊主』


 やはり、念話の主はかの大妖怪『山本五郎左衛門』だ。

 オレが呼んだ覚えもないのに勝手に顕現したのは大問題だが、なにやら事態に精通しているようだし、今はありがたい。


 もちろん、怪異の言うことを鵜吞みには出来ない。しかし、今は情報が得られるだけでもだいぶマシだ。少なくとも巻き込まれた瞬間に襲われたりはしてないから、害意は少ない異界だとは思うのだが……、


「で、どういうことなんだ?」


『うむ。そこはさ。あの世とこの世の間にある境目みたいなもんだな。一方は現世へ、もう一方はあの世に通じてる。お前さんたちの言うところの死の領域に属する異界ってやつだ』


「なるほど……」


 坂や境目に由来する異界は異界の中でも比較的メジャーな部類だ。オレたちのような異能者ではない一般人でもよく迷い込むことがある。

 それらの異界が涅槃とか冥界とか呼ばれる死の領域と結びついているというのもよくある事例だ。特に日本においては神話に語られる『黄泉平坂』の伝承があり、坂といえばあの世といってもいいほどに密接に結びついている。


「じゃ、じゃあ、僕達死んじゃったの!?」


 死、というワードにあからさまに動揺する凜。気持ちはわかるが、今更だ。危険な異界の多くは死の領域に含まれるか、隣接しているし、そもそもオレたちの担任教師はその領域の化身みたいなもんだ。


「死んでないし、死に掛けてもない。少し迷い込んだだけだ。たぶん『学園』の、いや、『聖塔』のせいだ。結界の隙間に入ったか?」


「結界の隙間……? そんなのあるの?」


 凜の問いに頷く。オレも今まで忘れていたが設定集にはこの現象についてちゃんと記載されていた。


 聖塔学園の象徴でもある『疑似バベルの塔』はあらゆる言語が一つだった世界を模すことで、あらゆる異界との繋がりうるという特性を持っている。そして、その術式が暴走して好き勝手に異界に繋がったり、引き寄せたりしないように複雑かつ高度な結界術と封印術でどうにか制御している。


 しかし、いくつもの術を複雑に重ねたせいで聖塔学園の結界にはいくつかの隙間が生じてしまった。

 これらの隙間はただ結界の穴というだけでなく世界中に無数に存在する異界に通じてしまっていて、その隙間に踏み込むと今のように知らない異界に放り出されてしまうというわけだ。


 この平坂神社は学園の敷地の外ではあるが大結界の中ではある。たまたま結界の隙間がここに生じていた、というのもあり得ない話ではない。


 いやー、こうして遭遇するまでは完全に忘れていたな、この設定。なにせ結界の隙間は固定されているわけじゃなくて常に流動しているので、よほどの幸運か、よほどの不幸でもなければ遭難することはまずない。


 ついでに言えば、飛ばされる先の異界もランダムなのだが、今回に関しては条件がそろっている。


 まずこの神社の名前だ。『平坂神社』なんてズバリそのものだし、おそらく祀られている神様も死の領域を司る神様なのだろう。

 ついでに、ここにオレと凜が居合わせているというのもある。オレは日本の土着の怪異と縁深いし、凜には運命視の魔眼がある。

 

 モノの運命を見る、ということはモノの終わりをるということでもある。終わりとは、すなわち『死』。その意味で凜は常に死と繋がっているといっても過言ではない。


 それらの要素が揃ったことによって、オレたちはこの異界に放り出された。いや、より正確に言えば、オレたちが引き寄せたというべきだろうか。


「……山本、本当に危険はないんだな?」


『道を逸れなきゃ大丈夫なはずだ、寄り道はすんなよ? それと逆走もいただけねえな。あとは、きちんと行儀よくしてれば大丈夫だろ』


 山本はなんとも曖昧な物言いだが、だいたいのルールはわかった。

 

 ここは参道だ。神社に繋がる参道、ということはここでの行儀とは神社での作法のことを指す。祭りの最中だから多少は無礼講として、簡単なところで言えば、道の真ん中を歩かない、とかになる。


 そして、もう一つ大事なのは、山本の言う通り道順を守ることだ。。人魂が一様に下に向かっていることからこの法則はまず間違いない。


 ……オレは大丈夫だが、心配なのは凜だ。こいつのことだ、何かの間違いで壊してはいけない祠をぶっ壊す系のことをしかねない。トラブルを起こしてなんぼだしな、主人公は。


「凜、もう少しオレの方に寄れ」


「え? う、うん、それは、その、オレの近くにいろ的な意味?」


「あ、ああ? そういう意味だが?」


「わ、わかった! じゃ、じゃあ、遠慮なく!」


 そういうと凜はオレの左手をとって、ぎゅっと握る。なんで? と考えるより先に、確かに伝わる熱とかすかな震えに気が引き締まる。


 凜も怖いのだ。武器も持ってないんだ、無理もない。ここは戦えるオレがしっかりしないと……!


「山本、ここを出る方法教えてくれるか?」


『あん? そんぐらいわかってんだろ? ここは別に神隠しの里ってわけじゃない。ちゃんとそこの神様にお願いすりゃ出してもらえるさ』

 

 ……予想通りではある。

 山本の言葉を信じるならここは害意のない異界だ。であれば、無理やり解体する必要もない。ここの異界因と交渉、もしくはお願いして穏便に出られるのなら、それにこしたことはない。


 となれば、最短で参道を上がって、神様にここから出してくれと頼むのがいい。


『そう鯱張しゃちほこばりなさんなって。ちょいと刺激的な逢引きだと思やいいのさ。な、嬢ちゃん? せっかくの機会を逃したかねえよな?』


「う、うん、折角だし、僕も楽しみたい、かな」


 ……山本め。無駄に凜を焚きつけている。頬を赤らめての上目遣いにはこちらの理性を揺さぶる効果がある。

 何かの罠かと思ったが、山本は誘先生と同じ愉快犯。事態を完全に面白がっている。


「…………少しだけだぞ。それと、何も食べるなよ?」


「う、うん! 気を付ける!」


 オレが歩き出すと、凜も遅れてついてくる。

 痛いほどに握られた左手を縁に、2人で参道を昇っていく。


 ……まあ、たまにはこういうのも悪くない、かな。


――――――――

あとがき

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