第五章 かませ犬の夏休み 後編
第116話 そうだ、お祭に行こう
某県の山中からヘリで救出されたオレとゴマさんの2人はその日の昼頃には聖塔学園に戻ることができた。
道中にも、帰ってきてからも警戒していたような襲撃も監視もなかった。一応、ヘリに同乗してきたアオイにも頼んで周囲を警戒してもらっていたから間違いない。
とりあえず、鏡月館から始まった事件は解決したとみてもいいだろう。解体局に潜む裏切り者については何も掴めてはいないが、それはこれからどうにかするしかない。ゴマさん改めリサという強力な味方もえらえたし、物事のいい面を見ていきたい。
なので、目下のところ、一番の問題はまだ姿の見えない裏切り者ではなく、オレの腕にコアラのように抱き着いて離れようとしないアオイとなった。
自分の留守中にオレが1人で無茶をした、ということに怒っているし、そんな時に留守にしていた自分を責めてもいるのだ。
だから、オレの片時も離れないようしたとのことで、オレの右腕にその胸部を全力で押し付けつつ、引っ付いている。
かわいいし、すごいなんか幸せな感触だし、これ自体は本来、すばらしいことなのだが、物理的には移動しずらいし、正直、トイレにまでついてこようとするのはさすがに勘弁してほしい。
あと、アオイは一目でリサに警戒していた、主にオレの新たな浮気候補的な意味で。
恐るべきは女の勘。オレもリサも以前通りの関係、つまり、前世からの友人としてではなくあくまで『蘆屋道孝』と『朽上理沙』として振舞っていたつもりなのだが、本当になんとなくで関係性の変化に気付いたようで、オレの方を見て「またですか」と顔に浮かべていた。
というわけで、アオイには早々に色々バレたので前世関連のことは伏せて、「今回の事件を通して誤解が解けたことで、親しくなった」と説明した。少し心苦しいが、こればかりはまだ話せないから仕方がない。
助かったのは、リサのフォローだ。彼女は友人になったことを認めたうえで、『朽上理沙は蘆屋道孝に恋愛感情を持っていない』と断言した。少しだけ悲しい気もするが、オタクとしてのオレは救われたし、物理的にも腕がうっ血しないで済んだ。
そうして、帰還してから3日間、オレは彩芽へのただ今の挨拶もそこそこに事情聴取で拘束されることになった。
まあ、これは仕方がない。先に帰還していたリーズから『監視者アルマロスと遭遇、戦闘した』と報告が上がったている以上、今回の救出作戦の責任者に事情を聴かざるをえないのは当然ではある。
だが、拘束されたところでオレから報告できることは多くない。八人目のことは話せないから、『アルマロスは国内の何者かに手引きされてたみたいです』とは言っておいたが、まあ、あまりあてにはできない。
解体局は基本的に動きが鈍いので裏切り者の特定どころか、裏切り者が本当にいるのかを確定するだけでもだいぶ時間がかかる。組織が大きくなると考えなきゃいけないことが多くなるから仕方なくはあるのだが、ここら辺は原作からしてそうだからなまなかには解決不能だ。
ちなみに、その間もアオイはオレの傍を離れなかった。解体局から来た尋問役がめちゃくちゃ困惑してたが、退出を求められる前に視線で黙らせていた、さすがだ。でも、解体局の人にパワハラ(物理)をするのはやめようね!
そんなこんなで、オレがようやく一息付けたのは事件解決から5日後の8月初旬の水曜日のことだった。
そして、水曜日と言えば淑女協定によるオレの自由日。こうなったら1日精神の静養のために脳が蕩けるまで寝てやろうと思っていたのだが――、
「――最近、僕の扱いが雑だと思うんだよね」
朝っぱらからうちの居間に陣取った土御門凜は開口一番そう言い放った。
当たり前のようにうちの朝食にお邪魔している。ご飯も二杯お替りした。
服装はいつもの制服姿だが、もうボタンがあいてブラとかへそとかチラ見えしているし、隠す気あんのかなこいつ。
ちなみに、今日は昨日発売の新作ソフト「ブラッディソウル3」と2pコントローラーを持ち込んでいる。あとからリーズも合流して、オレも入れて3人でマルチプレイをする予定だ。どうせならリサも呼んで4人でフルパもありか? 喜びそうだ。
「……朝飯のメニューに文句でも?」
「ないよ! 味噌汁おいしかった! 彩芽ちゃん、最高! 特にお豆腐!」
「あ、ありがとうございます! 今日のお豆腐は絹です!」
台所から彩芽が答える。ちなみに、今日の献立は味噌汁に焼き魚、お浸しというザ日本食。こういうときには転生した先が日本人でよかったと思える。これで
「で、誰の扱いが悪いって?」
「僕だよ! 僕! 最近放っておかれた気がする!」
「最近って……お前、休みの度にうちに入り浸ってるじゃないか。今日だって、そうだし」
「い、いや、それはそうなんだけど、こう、精神的な話? この前の事件でも僕の出番なかったし……」
そう言って視線を下げる凜。そんな風に言われると、なんだか久しぶりな気もしないでもない。まあ、裏切者の件やらリサの件やらいろいろあったせいか……、
「ところで、山縣さん、なんでずっと蘆屋君の手を掴んでるの? なんかのおまじない?」
「ええ、そのようなものです。目を離すとすぐに約束を破るので、手を離さないことにしたのです」
オレの左隣に座っているアオイが当たり前だという感じで答える。さすがに食事を摂るときとトイレの時は離してくれるが、それ以外の時は変わらずこんな感じだった。寝るときは当然、添い寝。オレが事件で疲れ切っていなかったら、とうの昔に理性がもたなかっただろう。
「そっか。そうだよね、蘆屋君って放っておくとすぐ無茶して死にそうなるもんね。誰かがずっとついてなきゃ」
「オレ、そんな段差に躓いただけで死ぬ存在だと思われてるのか……」
「そうだよ。だいたいゲームでも後衛は紙装甲って決まってるんだから、もっと後ろにいなきゃ。ね、山縣さん?」
「ええ。具体的には私の後ろがベストです。こう、ピッタリ張り付いてもいいですよ、ピッタリと」
実に魅力的な提案だが、オレの理性のためには遠慮願いたい。それにオレだって自分の立ち位置の危うさは理解しているから、ちゃんと対策もしている。
まあ、今回対策をしたうえで階段でコケて死にかけたんだが……このことは黙っていよう。みんなに話すとそれこそ部屋に監禁されかねない。
「今回は仕方がなかったんだ。オレだって皆を待ちたかったが、緊急の任務、それも救出任務。放置はできないよ。実際、救出対象の三人は助かったんだし」
「それはそうだけど……だとしても、蘆屋君はもっと自分を大事にしてよ。みんな、蘆屋君を頼りにしているんだから、それを自覚して。山縣さんが言いたいことも、多分そうだと思うよ? ね、山縣さん?」
「…………ええ。私を未亡人にしたら、あの世まで追いかけていってお仕置きです」
「…………肝に銘じます」
アオイに後追いなどさせられない、そう思い、真剣に頷く。もともと死ぬ気は一切ないが、これからは一層気を付ける。八人目こと裏切り者のフロイトの件もある以上、背後には常に警戒が必要だ。
そんなオレの真剣さが伝わったのか、オレの腕を握るアオイの力が少し緩む。少しは安心してくれたようだ。
さすがは原作主人公。
もっとも、無茶という意味では直近でその予定があるのが困りものだが。
「…………今度無茶をするときは、アオイにもお前にも付き合ってもらう。約束する」
「ええ。当然です。夫婦とは問題を共有するものですから」
「僕だってそうだよ。友達だもん」
当たり前のように、2人はそう言ってくれる。ありがたくて泣きそうになるが、どうにか堪える。ご飯は少ししょっぱく感じたが、そういうこともある。
「ところで、約束でも思い出したんだけど、僕との約束はどうなってるのかなーって……思わなくもなかったりして」
「約束? なにかあったけ?」
「むー」
照れ隠しにオレがわざととぼけると、凜は頬を膨らませて拗ねる。かわいい、さすが魔性の美男子改めて美少女。柄にもなくからかいたくなってしまう。
「冗談だ。お祭の件だろ? 夏だしな。そのうち連れていくよ」
「そうだよ! それそれ!」
急に明るい表情をする凜。単純明快でよろしい。
凜をお祭に連れていくと約束したのは、四辻商店街でいっしょに街を回った時の話だ。まだ一月半程度しか時間が立っていないにもかかわらず遠い昔のことのように思えた。
「じゃあさ! これなんてどうかな! 明日、ちょうど僕の当番だし!」
そう言って、凜はチラシを一枚取り出す。
そこには『平坂祭り! 明日から!」という文言が明朝体のデカ文字で踊っていた。
詳細に目を通すと、市内の神社で行われる小さな祭りのようだ。よくある夏のお祭って感じだ。見ようによってはエモかったりはするのだろうが、実際、行ってみると何もなさすぎてがっかりするパターンと見た。
でも、平坂祭り? なんか、引っかかる気が……、
「……そんなのでいいのか? どうせならこうもっと大きなお祭でもいいんだぞ?」
「うん、これでいい。普通のお祭を普通にめぐってみたいんだ。だめ、かな?」
探るような凜の視線はオレにだけではなくアオイにも向けられている。確かに曜日ごとの分割統治は淑女協定の約束事とはいえ、今のアオイがOKするかは少し不安だ。オレも彼女が今はダメだというなら従うつもりだ。
「…………まあ、いいでしょう。凜ならそこまで害はないでしょうし」
熟考の末、意外にもアオイが承認してくれる。彼女なりに色々葛藤はあるのだろうが、今回のところは約定と友情を信じることにしたらしい。
「じゃあ、決まりだね! ぼ、僕がんばるからね! 期待してて!」
「お、おう」
期待って何にと聞く暇もなく、凜はゲームを起動して熱中し始める。
……まあ、楽しみにしていろと言うならそうさせてもらうか。やるべきことは山積しているが、楽しみの一つや二つは誰の人生にもあるべきだ。
――――――――
あとがき
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