第113話 ここは神の家なり

 中庭にある空洞、地下墓地へと続く暗い穴に、オレとアルマロスは共に飛び込んだ。

 目的は、穴の底にある魔力の流れの根源『霊脈』。その座標に至らなければ、ここでオレたちは全滅だ。


「来るぞ!」


 すぐさま穴の底の『亡霊』と屋根の上の『混成怪異』に挟撃される。

 今なら回避は容易いが……それでは目的が果たせない。


 それにオレたちの意図に怪異どもも気付いたはずだ。

 ここで退けば地下墓地の周囲に戦力を固められて、今以上に大量の怪異を相手にするしなきゃいけなくなる。ほとんど永久機関みたいなアルマロスはともかく、オレには今の状態を長時間維持する余力はない。『真影魔王』の顕現はもってあと数分。それが過ぎればもうチャンスはない。


「『御名をみだりに唱えること、能わず』」


 。魔力を帯びた風は嵐となって、下から迫ってくる亡霊共を蹴散らした。

 屋根の上で見せた『記憶再現』だ。発現する部位については操作が可能らしい。


 アルマロスが下なら、オレは上だ。今のオレなら津波のような混成怪異にも対抗できる。


 屋根の上にいた『餓者髑髏』が一瞬でオレの背後に顕れる。なにせ、本来はオレの影なのだ。戻すも出すのも自由自在だ。


「『頭蓋しゃこうべ砲雷春光ほうらいしゅんこう』」


 そうして放つのは、最大出力の大魔力砲。

 影の髑髏の巨大なあぎとに蒼白い閃光があふれ、奔流となって解き放たれた。


 高密度に圧縮された魔力砲はさながらだ。物理的、霊的衝撃を伴うそれは無数の混成怪異を薙ぎ払った。


 これで敵の挟撃は失敗だ。あとは地下墓地に無事降り立てるかだが……、


「――っ!」


 影をクッション代わりにして、無事に着地する。しかし、それと同時に無数の亡霊がオレたちの周囲で渦巻いた。


 すぐさま影を使って、オレとアルマロスを囲むように影の防壁を立てる。相手は実体の亡霊だが、この影ならばしばらくの間、せき止めることができる。


 やはり、大本であるこの地下墓地こと『異界因』をどうにかしなければ亡霊たちは無限に沸いて出てくる。彼らが実際の死者の霊魂ではなく、人々の認識の歪みによって生み出された怪異である以上、祓っても祓いきれない。

 根本的な対処をしようにも、別の異界と交わり、混同されてしまった以上、異界因を排除することも難しい。


 だが、オレたちはもう目的地に到達している。今オレたちのいるこの場所こそが、地下墓地の中心部であり、魔力の集積点でもある霊脈の直上だ。


 その中でも、もっとも干渉のために適した場所は、地下墓地の床に描かれた、そのど真ん中だ。


「アルマロス! ここだ!」


「『――ここは、神の家である』」


 オレが座標ポイントを指し示すと、アルマロスはそこにゆっくりと跪く。

 派手な魔力の起こりもなければ、複雑な術式の発露も見えない。


 だが、祈りの姿勢をとるアルマロスの動作は洗練されていて、なぜか涙が出そうなほどに自然で、貴いものだ。

 ただ跪いて、祈る。それだけの動作が彼女の信仰の強さ、気高さを証明していた。


「『祈りは聞き届けられ、救いは与えられ、罪は許される。今この場所こそが御国の来る場所』」


 アルマロスの声は亡霊共の嵐のような怨嗟の中でも、清澄に響く。

 その声に導かれるようにオレも歯を食いしばって魔力を絞り出す。亡霊共の声は聞くものの精神をむしばみ、錯乱させる効果があるはずだが、今のオレには効いていない。アルマロスの祈りが聖域を形成しつつあるのだ。


「『ここに入ることができるのは、貴方のしもべのみ。あらゆる邪悪を退け、お守りください』」

 

 そうして重要な一節が紡がれ、影の防壁に代わって聖なる黄金の輝きがオレたちの周囲を満たしていく。


 亡霊共が慄くのがわかる。本能で理解しているのだ、この光に触れれば自分たちを消滅してしまう、と。

 そう、殉教騎士団の扱う『聖域』はただの結界とは違う。用途と範囲を限定しての『異界法則』の塗り替え、それがこの『聖域』の本質だ。


 亡霊共や混成怪異は異界法則に守られているが、だからこそ、その異界法則そのものを書き換えてしまえば対抗できる。

 『この光の内側は聖域であり、そこではあらゆる邪悪が存在しえない』という法則が怪異どもを消滅させるのだ。


 なので、当然、オレも聖域の中では式神を維持できない。

 

 だが、これでオレの役割が終わったわけじゃない。むしろ、大変なのはここからだ。


「『我は貴方のしもべ、迷える羊。されど、我に救いは不要。ただ今、ここに御国の来るを願うのみ』」


「『――初めに、太極あり』」


 アルマロスの詠唱に合わせて、オレもまた意識を深みに落としていく。


 ある種の『潜行トランス状態』だが、自意識の手綱はきちんと握ってないといけない。もし、一瞬でも自分を見失えばそのまま情報の濁流に流されて戻ってこれなくなる。


「『ここは神の家。主のおわすところなり』」


 アルマロスの祈りが完結し、聖域が輝きを増す。完成まではあとコンマ一秒あるか、ないか、この刹那の一瞬がオレに与えられた猶予だ。


 呪言と魔力により脳内麻薬がスパークし、意識が引き伸ばされる。あとに待つ頭痛を考えて憂鬱になっているいとまはない。


「――っ!」


 一瞬、自我が飛びかける。凄まじい情報の濁流に果てもなく流されそうになり、どうにか踏みとどまった。


 オレの意識が接続されたのは、アルマロスの展開した聖域とこの異界を構成する魔力そのもの。


 いわば、二つの世界の狭間にオレの意識はある。世界とただ1人の人間、大きさも重さも比較にならない。僅かな間にオレの意識はすり潰されるだろう。


 それでも、すべきことは変わらない。オレがここで役目を放り出せば、死ぬのはオレだけじゃない。オタクとして、男として、それは容認できない。


『分かれて両儀となり、四象を生じ、八卦となる。吉兆定さだむるは八卦の業なり』 


 頭の中に響く声は自分のもの、


 それを縁に自我を引き寄せ、術理を編む。

 理論は知っている。実際にその術理も目にしている。ならば、可能だ。畏れはない。あるのはただ、感覚だけだ。


 それで十分。曖昧なイメージを明確化し、術を完成させられる。

 

 異界を流れる魔力の流れ、大河のごときそれにアルマロスの聖域という別の河を合流させる。

 すでに、この異界には様々な要素が交わっているが、そこにアルマロスの聖域を流し込むのだ。


 そうすることで、この異界そのものに『亡霊を存在できない』という特性を付与し、亡霊共を一掃。そのまま、複合された二つの異界を解き、別々の異界として解体するのだ。


『――我は八卦を回し、四象を辿り、両儀を識り、太極へと至るもの。すなわち、陰陽道者なり』


 声はいつの間にか近くなり、完全にオレ自身のものとなった。


 オレの中で、が繋がる。

 オレの中に確かに存在し、しかして、今まで見えていなかった『何か』、その何かを知覚した。


 瞬間、なにもかもが解ける。二つの世界の狭間にあるということも、脳が破裂しそうな膨大な情報も、今は何もかもが気にならない。

 

 むしろ、何もかもが容易く認識できる。まるでこの異界が、この小さな世界が直接掌に収まってしまったかのように、全てが明確になり、支配できる。


 ……おそらくこの万能感こそが『魔人』や『語り部』たち感じている世界。すなわち、『異界創造』その初歩の初歩をオレは会得してしまったのだ。

 くそったれめ、おかげさまで人間卒業検定第一級取得だ。


 だが、今はこいつを使うしかない。感覚に導かれるままに、


 仕込んだのは作戦通りの効果と、そして、

 これで、この異界は。問題はアルマロスからどう逃れるかだが、それに関しては、この万能感が錯覚でないことを祈るのみだ。


 ――――――――


 あとがき

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