第112話 共闘

 オレとアルマロスは殺人鬼が潜む森をまっすぐに押し進んだ。


 当然、凶刃は四方八方から振り下ろされ、殺人鬼たちは数を増やしていくが、今のオレには『山本五郎左衛門の影』とそれによって強化された『鎧武者』たちが付いている。

 殺人鬼たちの『倒せない』という特性は厄介ではあるものの、所詮は低級の怪異だ。無限に耐久戦をするのでもない限り物の数じゃない。


 事実、鎧武者たちと自動反応する影の触手は殺人鬼を寄せ付けていない。おかげでオレは余裕をもって森を進むことができた。


 だが、それより凄まじいのはやはり、アルマロスだ。

 恐ろしく強い。オレのように軍勢を率いているわけでもなく、独力で絶え間なく襲い来る殺人鬼たちを蹴散らしている。

 というか、拳を振るい、蹴りを放つたびに大木が吹き飛び、へし折れている。人力ブルドーザー、いや、爆撃機か? ともかく、環境保護団体が見たら卒倒しそうなまでの破壊っぷりだった。


 それにありがたくもある。殺人鬼たちの数に上限はないだろうが、こちらに少しでも多く引き付けていれば要救助者たちを守っているリーズたちの方も楽になるはずだ。実はこの作戦、本当にしんどいのはこうして森を進んでいるオレたちじゃなくて、一か所に留まっていなければならない彼女たちの方だ。心配だが、だからこそ、一刻も早くオレはオレの役目を果たさねばならない。


「――見えた!」


 三分もかからずに森を抜ける。目の前にあるのは、こちら側の異界の異界因である『グランベリ伯爵邸』だ。

 前回、ゴマさんと二人で調査に訪れた時とはまるで違う。館全体からまがまがしいまでの霊気が立ち昇っていた。


 亡霊共が活発になっている証拠だ。と異界は解体できない。

 数にして数百体の亡霊。いつもであれば正面から相手取るのは避けたい相手だが、今は恐れる必要はない。


 それに、

 目指すは館の中心にある中庭、オレたちが崩壊させた礼拝堂、その下にある地下墓地だ。そここそがこの異界の異界因であり、異界全体の魔力の流れの大本『霊脈点』でもある。


「中庭だ! オレがアンタを落とした地下墓に霊脈がある!」


「承知!」


 アルマロスは15メートルはあろうかという館の壁を一息に跳び越して、屋根の上へ。

 すでに館のタネが割れている以上、律儀に屋敷の中を抜ける必要はないが、改めて大した身体能力だ。一般人に毛が生えた程度のオレとは比較にもならない。


 だが、今のオレならこの壁を駆け上がれる。


「フっ!」


 オレの背後の影が膨れ上がり、足元に広がる。それは這いよるようにして壁に接触すると、そのまま壁面を昇り始めた。

 まるで影でできた巨大な蜥蜴カナヘビだ。


 伝承において『山本五郎左衛門』は正体不明の存在、正体不明ということはどんな存在にもなりうるということでもある。この影は実体であると同時に幽体でもあり、変幻自在に姿を変えることができるのだ。


 そんな影に引きずられるようにして、オレもまた一瞬で屋根に上る。

 そこには背筋の凍るおぞましい光景が広がっていた。


「――あれは」


 ――黒い蛇が月を呑み込むように首をもたげている。血走った両目がオレとアルマロスを見据えていた。


 その正体は数えるのがバカらしくなるほどの亡霊と殺人鬼の群れ。2つの怪異が夜の闇の中で吹き溜まり、混然一体となった姿は地の底で溶け落ちたマグマが意志を持ったかのようだった。


 怪異としての等級はBクラス『禁域』程度だろうが、殺人鬼の特性を保っている以上、厄介さはAクラス『神域』相当か。もし、誰かが複合異界の仕組みに気付き、異界因の排除に動いた場合の保険だろう。


 実体と霊体の狭間……ある意味では『山本五郎左衛門』と同じだが、あちらからは人為的なものを感じる。


 おそらくオレが使う『式神』や魔術師たちの使用する『使い魔』のように怪異に手を加えて造られた存在だ。『混成怪異』とでも呼ぶべきか。

 

 原作『BABEL』においてこんな怪異は登場しないが、発想としては理解できる。2つの異なる異界を接続できるのなら、怪異を混ぜ合わせることもできる。

 だが、全く別の怪異2つをここまで混ぜ合わせるのは生半にできることじゃない。すでに異界法則によって両者が混同されていたとはいえ、やはり、相当の術者の手によるものだ。


 それに……この感じは、。陰陽道か、あるいはその大本でもある大陸の道術……どちらにせよ、どうやら裏切り者は思ったより近いところにいるらしい。


「――潰して進むぞ。足手まといにはなるなよ」


「こっちのセリフだな、異端者」


 あえて強気なセリフを吐いて、震える膝を隠す。どれだけ強くなっても恐怖心は消えてくれない。できることは覚悟を決めて、虚勢を張って戦うことぐらいだ。


「『真影・餓者髑髏がしゃどくろ』」


 オレの命に従って、背後の影が姿を変える。その質量を増大させ、巨人の如き偉容が立ち上がった。


 此度象るのは怪異『餓者髑髏』。妖怪にカテゴライズされる怪異の中でも歴史こそ浅いが、名の知れた怪異で、その巨体と破壊力から個体名を持たないにもかかわらずBクラスの怪異の中でも上位に位置している。


 だが、この『真影・餓者髑髏』はそれだけじゃない。こいつを形作っているのは魔王『山本五郎左衛門』の影だ。変幻自在の影によってつくられている以上、その大きさや機能に制限はない。


 餓者髑髏の大きさはすでに50メートル以上。ここまで大きくなればもはや、怪異と言うより怪獣だ。


「『怒涛』」


 右の拳を『混成怪異』に向けて思い切り振りぬく。オレの動作に合わせて、餓者髑髏がその巨腕を振るった。


 瞬間、凄まじい衝撃に異界全体が揺れる。餓者髑髏の拳が混成怪異を打ち据え、そのままグランべリ伯爵邸を半壊させた。

 我ながらすさまじい破壊力だ。『黄幡神』を呼び出した時は感慨を抱いている暇もなかったが、さすがは『神域』の怪異。単純な破壊力だけでも他の式神とは比較にならない。


 しかし、それだけの破壊力をもってしても異界法則に守られた混成怪異を滅することはできない。

 蛇のような姿をしていたそれらは再び個体に分れ、軍勢としてこちらに向かってくる。


 その数にして、数百体。狭い屋根の上で四方八方を囲まれ、オレに逃げ場はない。まあ、こちらには逃げるつもりなど毛頭ないわけだが。

 餓者髑髏が左腕を持ち上げる。そのまま敵勢の上に叩きつようとして、アルマロスに先を越された。


「『主よ、我が不浄を裁きたまえ』!」


 祈りの言葉と共に、跳躍したアルマロスの全身から雷が放たれる。まさしく神の裁きの如きそれは殺人鬼と亡霊の群れを吹き飛ばし、前へと続く道を拓いた。

 彼女の背中にはリーズの呪いの炎から再生した時に見せた『骨の翼』があった。


 ……やっぱり、奥の手を隠していたか。

 今みせた雷はおそらくかつてアルマロスの身を焼いたもの。傷は癒えても傷の記憶は残る。その記憶をもとに魔力吸収の異能を逆に作用させて、過去に受けたダメージを攻撃として再現する、原理としてはそんなところだろう。


 つまり、アルマロスはこれまでに受けた攻撃、呪詛、霊障をそのまま相手に帰すことができるというわけだ。リーズの呪いの炎も、その気になれば使える。

 …………とんだバケモノだ。アルマロスを殺そうと強力な攻撃をすればするほどそれをそのまま返されるなんてやってられない。


「足が止まっているぞ、異端者。それとも腰が引けたか?」


「――冗談じゃない。そっちこそ、随分とのんびりしてるじゃないか」


 オレの返しににやりと笑って、アルマロスは自ら切り拓いた道を進む。オレも彼女に続いて走り、そうして、目的地にたどり着いた。

 

 館の中心部にある吹き抜け。そこからは中庭の礼拝堂であった瓦礫とその下にあう空洞、地下墓地が見えた。


 地下墓地の暗闇ではこれまた膨大な数の亡霊が蠢いている。今、背後で餓者髑髏が吹き飛ばしている軍勢でさえあの穴の中の亡霊どもの一部に過ぎない。

 まるで地獄の窯の底だ。黒く淀んだ死者の魔力はまるで死臭のようにこちらまで漂ってきていて、胸に詰まる。


 そんな淀みのさらに下にこの異界全体を満たす魔力その流れの源を確かに感じる。だから、どれだけ嫌でもオレたちは今からこの穴に飛び込まなきゃいけない。


「……あそこだ。あの中心部でアンタが『聖域』を展開すればあとはオレがそいつを異界全体に拡張する」


「――よい試練だ、身共には相応しい」


 だっていうのに、隣に立つアルマロスの瞳は期待に爛々と輝いている。どうやら苦痛やら強敵やらはアルマロスには己に課せられた試練であり、喜びらしい。

 ……なんというか、ある種のマゾヒストだな。でもまあ、ドン引きはしてるけど、オレもあまり人のことは言えないかもしれない。結局、オレも心のどこかこの状況を楽しんでいるんだから。


「では、征くぞ。役目を果たせよ、!」


「――っ言われずとも!」


 突然、名を呼ばれて一瞬だけ出遅れる。

 この異界を解体できれば、あとは殺し合うだけの間柄ではあるが、今この瞬間は悪くない。


 原作の世界に存在しながらも語られなかった誰かと共に戦う。思えば、こんな試練でさえ、オレにとっては幸福の一部なのかもしれない。


 ――――――――


 あとがき

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