第111話 右の頬を打たれたのならば

 交渉において、一番大事なのは相手と対等な立場になることだとオレは思う。

 力、地位、状況、なんであれ、相手と並び立つことができなければどんな交渉もうまくはいかない。


 まあ、優位に立てるならそれに越したことはないのだろうが、たいていの場合、優位に立っている時点で交渉をする必要はないし、場合によってはこちらが優位に立ちすぎることで相手がやけくそになることもある。

 逆に下手に出すぎるのもよくない。相手に舐められるなんてのはそれこそ論外だ。


 というわけで。オレは今から、目の前の森で100体近い『殺人鬼』をちぎっては投げている異界無双高身長パワー系美女堕天使と対等にならなければならない。


 こういうとできる気がしないが、安心要素も一つある。なにせ、今オレの背中には魔王様がついてるんだからな。


「――蹴散らせ」


 オレの命を受けて、平家の『鎧武者』たちが突撃を開始する。

 彼らが向かう先には雲霞のごとき群れを組んだ。地響きのごとき鬨の声と共に彼らは切り込んだ。


 アルマロスを無視して『鎧武者』は瞬く間に不死身の殺人鬼の軍勢を押し返していく。

 数だけ見れば『鎧武者』は十騎。対する亡霊の特性を得た『殺人鬼』どもは見えているだけでも百体以上。これだけ見れば圧倒的な差があるが、実際には完全にこちらが圧している。


 『山本五郎左衛門』さまさまだ。もとの『骸武者』も相伝の式神だけあって優秀だが、今の彼らはまさしく無双だ。Bクラスの怪異だって簡単に倒してしまえる。戦力を集中すればAクラス、つまり、『神域』の怪異にだって匹敵する。


 つまり、アルマロスが相手でも


「――どういうつもりだ、異端者」


 殺人鬼たちを抑え込んだ後に残るのは、血まみれのアルマロスだ。

 無論、傷はすべて完治しており、瞳には変わらず煌々と戦意が燃えている。幾度となく切り付けられ、血こそ流したものの、それだけだ。


 しかし、彼女とて状況は理解しているようで、すぐさまオレに襲い掛かってくることはない。

 助かった。想定していたよりは少しだけマシな状況かもしれない。


 『鎧武者』たちが殺人鬼たちを抑えておけるのは長くて数分。その数分が勝負だ。


「アンタに提案がある。怪異を排除したのは、邪魔されたなくないからで、アンタを助けたわけじゃない。まあ、こんぐらいなら平気だったろうけどな」


「提案? 懺悔ならば聞くが、身共は司祭ではないのでな。赦しは与えられんぞ?」


 皮肉気な物言いをしながらアルマロスは拳を握る。相変わらずすさまじい威圧感だが、ここで怯んではいられない。

 こっちの力はアルマロスも理解しているはず。ならば――、


「アンタも状況は分かっているはずだ。ハメられたのはオレ達だけじゃない、アンタもだ。今回の一件を仕込んだ黒幕はついでにアンタのことも消そうとしている」


「……それで? 敵の敵は味方、とでも言うつもりか? そんな安い言葉で身共が異端者におもねるとでも?」


 アルマロスの殺気が一気に膨れ上がる。こちらとしても簡単に説得できるとは思ってないが、それにしても、逆鱗に触れたらしい。

 

 だが、これでいい。彼女は誇り高く、また信仰に対して誠実だ。

 振り切っている分、交渉相手としては悪くない。少なくとも、自分の利益最優先な奴の次くらいにはやりやすい。


「おもねるとは思ってない。だが、アンタ、それでいいのか? 


「……何が言いたい」


 アルマロスの殺気は緩まない。緩まないが、言葉選びは間違えずに済んだらしい。

 アルマロスの信徒としての信仰と矜持。それが鍵だ。こういうある種の人物キャラ理解はオレよりは朽上さんことゴマさんが得意なんだが、今はオレの役目。ゴマさんになったつもりでやってみせる。


「アンタを殺そうとしているのは、裏切り者だ。その裏切り者がはてして解体局オレたちの中にいるのか、それとも殉教騎士団アンタたちの中にいるのか。そいつはわからない。だが、いいのか? そんな腐ったやつに好き放題にやらせておいて。かの『監視者グリゴリ』の一角である君が」


 アルマロスは無言でこちらを睨んでいる。

 考えている、と思いたい。少なくともこっちの話を聞く気くらいはあるのだと。


「このままアンタがオレたちを殺したとして、それで得をするのはアンタをはめたやつらだけだ。アンタの受けたオレたちを捕らえるって任務は果たされないし、アンタもここで死ぬ。殉教騎士団そっちの身内なら背教者が幅を利かせることになるし、解体局こっちの身内なら異端者が得をするだけで、あんたらには何の得もない」


「身共がこの程度の怪異に後れを取るとでも? 侮辱には死をもって応じるぞ」


「いいや、事実だ。裏切者はオレたちのことも、アンタのこともよく知っている。断言できる、この異界からはアンタ一人では絶対に脱出できない。そう創られている」


 相手は異界と異界を接続し、法則を歪めるほどの実力者だ。それぐらいのことはできて当然。オレたちとアルマロス、どちらか片方だけでは絶対に詰むように設定されている。


「……それで?」


「そこで提案だ。この異界を解体するまでは協力する。アンタはその後、オレを捕らえるなりなんなり好きにすればいい。だが、それまでは停戦だ」


「お前に何の得がある?」


「あるさ。このままだと100%死ぬことになるが、アンタと協力すれば生き残る可能性が1%でも生まれる。なら、賭けてみる価値はある」


「つまり、身共が相手ならばどうにかできる、そう思っているわけか」


 瞬間、アルマロスの姿が消える。

 オレの動体視力では彼女の動きは捉えられない。いくら今のオレが『魔王の狩衣』とでも呼べるものを着ているとしても、アルマロスの攻撃が直撃すればオレは即死だ。


 もちろん、防衛手段はいくつも用意しているが、今回に限っては

 

「――っ」


 オレの右頬をアルマロスの拳が掠める。それだけですぐそこをロケット弾が通過したかのような威圧感があるが、オレに向けられたものではないと信じていた。


 事実、アルマロスの拳が打ち据えたのはオレの背後にいた『殺人鬼』だ。

 つまり、アルマロスがオレを守った。何のつもりで、という問いはわざわざする必要はないだろう。


「――それで? どうやって異界を解体するのだ?」


 アルマロスが言った。相変わらず不機嫌そうではあるが、少し口角が上がっているのは見間違いじゃないだろう。


 とりあえずアルマロスはオレたちとの一時停戦に乗り気だ。読み通り、オレたちへの敵意を裏切者への怒りが上回っている。あとは具体的な策さえ提示できれば――、


「アンタとオレでこの異界の法則を書き換える。ここを『聖域』にしちまえば、亡霊は消える」


 『聖域』もしくは『教会化』とは『殉教騎士団』の関係者が共通して用いる結界術の総称だ。

 まあ、騎士団関係者はこの術を『奇跡』と呼び、決して『異能』の一種とは認めないのだが、ともかくこの『聖域』は結界の一種であり、極めて有用な術として知られている。


 なにせ、この『聖域』、範囲内にある殉教騎士団の教理が認めない存在を問答無用で排除し、侵入も阻止する。亡霊や知性を持たない妖精のような低級の怪異であれば、この聖域に触れるだけで消滅するほどの強度がある。


 だが、今回重要なのはこの聖域が持つ『聖域の中では教理に反するものは存在しえない』という特性だ。

 この特性を今オレたちがいる複合異界に組み込む。そうすることで、『殺人鬼』どもと混じり合っているグランべリ邸の異界因である『亡霊の群れ』どもを消滅させる。それができれば、すでに消滅しつつある『鏡月館』に引きずられて異界全体が解体される。


 原作『BABEL』においても同じようなことをやっていたから効果は実証済み。その時の術者はオレより数段上の実力者、かの『99事変』を生き延びた人物だったが、アルマロスの協力があれば十分に可能だ。


 ……リーズには向こう見ずもいいところだと言われた作戦だが、現状をどうにかするにはこの作戦しかない。なにより、今回の一件を仕組んだ黒幕もオレたちとアルマロスが手を組むのは想定外のはずだ。


「……身共の聖域はそこまで広くはない。ああ、そうか。お前がその範囲を広めるのか。平素であれば、問題外だが、いいだろう。我慢してやる」


「そいつはどうも。まずは向こうの館まで進む。アンタはどうやってこっちにきた?」


「森を抜けた。先行する。遅れても助けんから、そのつもりでついてこい!」


 アルマロスは牙をむいて哂い、夜の森へと吶喊する。その背中に続いて、オレもまた闇の中に身を躍らせる。

 ここから先は、殺人鬼どもの領域ホームグランド。いつものオレなら相手に有利な場所での戦いは避ける。


 けれど、今のオレには魔王と堕天使が付いている。黒幕気取りのくそ野郎にほえ面をかかせるためにも、やってみせるさ。



 ――――――――


 あとがき

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